6 魔王軍が来た
「ところで、美羽殿」
『ん?』
「以前から気になっていたのですが」
『なに?』
「美羽殿は、本当に勇者ではないのですよね?」
『まだ言ってんの、それ』
スマホの向こうで美羽が笑った。
『違うって。普通の高校生』
『あたしもね』
瑠奈の声も続く。
「ですが、勇者召喚の儀式で、美羽殿のスマホがこちらへ来たわけですから」
『スマホだけね』
「ヒグモン殿も」
『ヒグモンも』
アルトは机の上に座っているヒグモンを見た。
相変わらず、何も言わない。
「では、なぜスマホとヒグモン殿だけが召喚されたのでしょう」
『知らん』
『知らんね』
「…………」
アルトは最近、この二人の「知らん」にも慣れてきた。
『ていうかさ』
美羽が言った。
『そもそも、なんで勇者なんか召喚したんだっけ?』
「え?」
『なんか最初に聞いた気がするけど、いろいろありすぎて忘れた』
『あたしも』
「それは……
魔王軍です」
『ああ』
『そうだった』
『魔王っちね』
「魔王っち……」
『魔王がいて、そいつ倒すために勇者呼ぼうとしたんだっけ?』
「おおむね、その通りです」
『で、来たのがスマホ』
「はい」
『でも、意外と役に立ってんじゃん』
「それは、まあ……」
否定はできない。
少なくとも今、こうして異世界の二人と話している。
勇者本人ではなかったとしても、召喚が完全な失敗だったとは、アルトには思えなくなっていた。
『でさ』
美羽が言った。
『その魔王軍って今どうしてんの?』
「今、ですか?」
『うん』
「北方におります。ここしばらく、大きな動きは――」
激しい足音が聞こえた。
アルトが振り返る。
廊下の向こうから、一人の兵士が走ってくる。
鎧を着たまま。
顔色を変え。
息を切らせて。
「アルト!」
「どうしました?」
「陛下は!?」
「謁見の間におられるはずですが」
「そうか!」
兵士は大きく息を吸うと、謁見の間へ向かおうとする。
それをアルトが呼び止めた。
「一体なにがあったのですか?」
「北方砦が、魔王軍の猛攻を受けている!
砦が落ちるかもしれん」
アルトの顔から表情が消えた。
『えー、なんて?』
「……今、伝令が来ました。北の砦が陥落の恐れありとのことです」
スマホの向こうも静かになった。
つい先ほどまで聞こえていた、美羽と瑠奈の笑い声はもうなかった。
◇
「陥落の恐れがあるだと!?」
国王の声が謁見の間に響いた。
「はい!」
北方から馬を乗り継いできた伝令が、床に膝をついている。
顔は泥と汗にまみれていた。
「敵の攻勢は激しく、このままでは三日ともちません!」
「三日……」
居並ぶ大臣たちがざわめいた。
アルトも末席に立っていた。
手にはスマホを持っている。
通話は切っていない。
美羽と瑠奈にも、ここで交わされている話は聞こえている。
「敵の数は?」
将軍が尋ねた。
「正確には分かりません。少なくとも一万以上。現在も北より増援が続いております」
「砦の兵は?」
「およそ三千」
「三千で一万か……」
「敵はオーガ族を前面に。その後方に歩兵。上空には飛行種も確認しております」
「飛行種まで?」
「はい。夜間には小型の魔族が崖を登り、城壁への侵入を試みています」
「同時にか?」
「はい」
将軍が眉をひそめた。
「橋は?」
「上げてあります」
「それでもオーガが?」
「はい。橋の手前まで押し寄せ、岩や倒木を投げ入れています。足場を作るつもりかと」
「城壁上から撃てばよいではないか」
「しております。しかし――」
伝令が言葉を詰まらせた。
「弓兵や魔法使いを正面へ集めると、上空から飛行種が襲ってきます」
謁見の間が静かになった。
「飛行種へ対応すれば、今度はオーガが前へ出て川を埋めてきます」
「……連動しているのか」
「そのように思われます」
「夜に、闇に乗じて川の瓦礫をどかすことはできぬのか」
「身の軽い小型種が川を渡り、警戒しております。
このままだと、三日もすれば川は埋まり、オーガたち大身の魔物が城に取りつき、城門を破壊するかと」
アルトは息を呑んだ。
これまでとは違う。
魔族は一種類ではない。
オーガもいる。
空を飛ぶものもいる。
小柄なものもいる。
暮らす場所も、戦い方も違う。
これまで北方で起きた戦いでは、それぞれが別々に攻めてくることがほとんどだった。
オーガなら、橋を上げ、城壁上から弓矢と投石、魔法を集中させる。
飛行種なら、弓兵と魔法使いを空へ向ける。
小型種なら、城を出て蹴散らす。
それで守れていた。
だが今回は。
どれか一つに対応すると、別のどれかが動く。
「北方軍へ援軍を送る」
国王が立ち上がった。
「王都守備隊より二千。東部軍にも出兵を命じよ。宮廷魔法使いからも――」
『ねえ』
少女の声が響いた。
全員がアルトを見た。
正確には、アルトが持っているスマホを。
『それ、ヤバいやつ?』
「美羽殿……」
『砦が落ちそうってこと?』
「はい」
『落ちたらどうなるの?』
「北方砦は、北の山脈を越える街道を守る砦です。そこを突破されれば、その先には大軍を阻む場所がほとんどありません」
『じゃあ、そこ抜かれたら王都まで来る?』
「……可能性はあります」
『マジか』
美羽の声から、いつもの軽さが消えた。
『アルト君も戦うの?』
「宮廷魔法使いに出陣命令が下れば」
『行くんだ』
「はい」
『…………』
美羽が黙った。
瑠奈も何も言わない。
しばらくして、美羽が口を開いた。
『ごめん』
「え?」
『ウチ、分かんない』
「何がです?」
『戦争』
あまりにもあっさりとした言葉だった。
『スッパシーならさ、失敗しても「ダメだったね」で済むじゃん』
「はい」
『でも、これ失敗したら人死ぬんでしょ?』
「……はい」
『だったら、適当なこと言えない』
アルトは何も言えなかった。
美羽は軽い。
分からなければ調べる。
できそうなら、とりあえずやってみる。
そういう人なのだと思っていた。
だが、どうやら少し違うらしい。
『瑠奈、どうする?』
『いや、あたしも戦争なんか知らんし』
『だよね』
少し間があった。
『……あ』
『何?』
『田中』
『あー、田中か』
「タナカ?」
『クラスのやつ』
『こういうの好きじゃん、田中』
『ゲームとか歴史とかね』
「戦争に詳しい方なのですか?」
『詳しいっていうか……』
美羽が少し考えた。
『ウチらよりは絶対詳しい』
『それは間違いない』
「軍人の方ですか?」
『いや』
「騎士では?」
『違う違う』
「では、何をされている方なのですか?」
『高校生』




