5 城いっぱいのスッパシー
王命が下り、兵士たちが王都へ散った。
王都中の市場からスッパシーが集められた。
「二百個、到着しました!」
「こちらにも三百個!」
「西の村より、さらに三百!」
スッパシー。
スッパシー。
スッパシー。
黄色い果物が、次々と王城へ運び込まれてくる。
そして、次々とスッパシーがつながれていく。
五個一組にして、頭と頭、お尻とお尻をつなげていく。
そんな中。
アルトは椅子に座り、じっと待っていた。
机にはスマホが置かれている。
美羽が通話を切ってからずっと、待っていた。
と。
突然、スマホがぶるぶると震え出した。
「!」
来た!
アルトの心臓が早鐘のように鳴り始めた。
最初のときと同じように、赤と緑の四角が画面に現れている。
震える手で、緑を押す。
『ちーす、アルト君、いる?』
美羽の声だった。
アルトの全身から力が抜けた。
椅子に座っていなかったら、その場にへたり込んでいたかもしれない。
「はい、はい、います」
『よかった。で、アルト君、今どんな感じ?』
「廊下が通れなくなりました」
『なんで?』
「スッパシーがありますので」
『そんなに!?』
「いっぱい必要だとおっしゃったではありませんか!」
『いや、そこまでとは言ってないし』
『でも、いっぱいではあるよね』
『うん』
「…………」
『それじゃ、続き始めようか』
充電作戦が再開した。
まず、準備した二百個分をスマホにつないでみる。
問題は、これをどうスマホにつなぐかだった。
スマホのお尻にある小さな穴へ差し込めと言われても、そんな形の金具など王城にはない。
結局、城の金細工師に無理を言って、それらしいものを作ってもらった。
アルトはそれを使い、スッパシー電池をスマホへつなぐ。
しかし、変化は起きなかった。
「何も起きません」
アルトは落胆して報告した。
『……まだ足りないのかな』
『やっぱ、無理があるのかぁ』
『いや、まだたくさんあるし、せっかく集めたんだから、やるだけやるっしょ』
『やろう。どんどんつけてみよう』
「つけるって、全部ですか?」
『そう、全部!』
「これを全部やるのか……?」
職人の一人が、積み上げられたスッパシーを見上げた。
一個ずつ銅貨と鉄釘を刺す。
五個ずつ線でつなぐ。
これを全部。
「何日かかるんだ」
誰も答えられなかった。
『ねえ』
瑠奈の声がした。
『これってさ、スッパシーそのものがいるの?』
「どういう意味でしょう?」
『だってレモン電池って、中の汁で電気出してんじゃないの?』
『あ』
美羽が声を上げた。
『じゃあ、絞ればよくね?』
「絞る?」
『うん。全部』
アルトは積み上がったスッパシーを見た。
「全部ですか」
『全部』
厨房が戦場になった。
「もっと持ってこい!」
「桶が足りない!」
「絞ったものからこっちへ!」
「種が入ってるぞ!」
「そんなもの後だ!」
料理人。
使用人。
兵士。
果ては、手の空いた宮廷魔法使いまで動員され、ひたすらスッパシーを切っては絞った。
酸っぱい匂いが王城中に充満した。
「目が痛い!」
「傷口に染みる!」
「口に入った!」
「すっぱ!」
次々と果汁が桶へ注がれていく。
『なんか楽しそう』
「どこがですか!」
アルトは叫んだ。
美羽たちには見えていない。
見えていたら、そんなことは言えないはずだ。
たぶん。
やがて、職人の一人が果汁の入った桶を見ながら言った。
「待て」
「なんです?」
「果実一つに銅貨と釘を刺していたのは、この汁を挟むためなのだろう?」
「……おそらく」
「ならば、桶に銅板と鉄板を入れればよいのではないか?」
アルトはスマホを見た。
「美羽殿」
『なに?』
「桶に果汁を入れて、そこへ銅板と鉄板を入れてもよいのでしょうか」
『ちょっと待って』
しばらくして。
『いいっぽい』
『むしろそっちの方が楽じゃん』
「最初に教えてください!」
『ウチらも今知ったんだって!』
桶が五つ用意された。
そこへスッパシーの果汁を注ぎ、大きな銅板と鉄板を入れる。
五つの桶を順番につなぐ。
「これで五個分と同じでしょうか」
『たぶん』
「たぶん」
『で、それを何セットも作るんだって』
「またですか」
『いっぱい』
「…………」
職人たちは、もう何も聞かなかった。
桶を用意する。
果汁を入れる。
銅板。
鉄板。
五つ一組。
それを何組も作る。
二百個分。
四百個分。
六百個分。
「八百個分、入りました!」
アルトはスマホをつないだ。
『どう?』
「何も起きません!」
『うーん』
『足りないんじゃない?』
『だよね』
「では?」
『もっといこ』
「はい!」
もう誰も数えなかった。
スッパシーが来る。
絞る。
桶へ入れる。
銅板と鉄板を入れる。
つなぐ。
まだ足りない。
「桶が足りません!」
「もっと持ってこい!」
「厨房の桶は全部使いました!」
「倉庫を探せ!」
大きな桶が運ばれてきた。
それもいっぱいになった。
「これも満杯です!」
「もっと大きいものはないのか!」
「酒蔵に大樽があります!」
「持ってこい!」
「大樽をですか!?」
「早くしろ!」
大樽が運ばれてきた。
スッパシーが絞られる。
果汁が注がれる。
銅板。
鉄板。
つなぐ。
「まだです!」
『もっと!』
「もっと絞れ!」
誰が言ったのか、もう分からなかった。
次々とスッパシーが運び込まれる。
城の中庭は、桶と大樽と金属線で埋まっていった。
もはや、最初に作った五個のスッパシー電池とは似ても似つかない。
巨大な何かが出来上がりつつあった。
「つなぎます!」
『やって!』
アルトがスマホへ線をつなぐ。
全員が画面を見つめた。
一秒。
二秒。
三秒。
何も起きない。
「…………」
『…………』
「…………」
『ダメ?』
「いえ、まだ――」
ピコン。
小さな音がした。
「!」
画面が変わった。
数字の横に、小さな印が現れている。
「美羽殿!」
『なに!?』
「出ました!」
『何が!?』
「二十七という数字の横に、稲妻のような印が!」
一瞬。
スマホの向こうが静かになった。
そして。
『充電してる!』
『マジ!?』
『やったああああ!』
「成功です!」
アルトも叫んだ。
「成功したぞ!」
「おおおおおおおおおっ!」
歓声が上がった。
職人が叫ぶ。
兵士が拳を突き上げる。
料理人たちが抱き合う。
「やった!」
「スッパシーがやったぞ!」
「勇者様がお救いくださった!」
『だから勇者じゃないって!』
誰も聞いていなかった。
しばらくして、ようやく騒ぎが収まった。
『ねえ、アルト君』
「はい?」
『結局、スッパシー何個使ったの?』
「…………」
アルトは振り返った。
「誰か数えている者は?」
誰も答えなかった。
「八百までは数えていたんですが」
一人の兵士が言った。
「その後、東門から荷車が三台来ました」
「西の村からも来たぞ」
「近隣の村から来た分は?」
「途中から籠の数しか見ていない」
「酒蔵へ運んだ分もある」
「厨房にもまだ山ほどあったぞ」
「…………」
『で、何個?』
アルトはしばらく考えた。
中庭を見渡す。
空になった籠。
果汁まみれの桶。
並んだ大樽。
積み上げられたスッパシーの皮。
「……一万個くらいではないでしょうか」
『一万!?』
『使いすぎじゃね?』
「あなたがもっとと言ったんでしょう!」
やってみたら、できた。
それだけだった。
◇
「ところで」
国王が言った。
「はい」
「残ったスッパシーと、この果汁はどうするのだ?」
「…………」
誰も考えていなかった。
『飲めば?』
美羽が言った。
「飲む?」
『砂糖入れたらジュースになるんじゃない?』
近くにいた料理長が顎に手を当てた。
「なるほど。水で割り、蜂蜜か砂糖を加えれば……」
料理長は、まだ電池に使っていない果汁を少し舐めた。
「すっぱ!」
『でしょ?』
「なぜ美羽殿が得意げなのですか」
翌日。
王都の広場では、スッパシーのジュースが無料で振る舞われた。
王都中からスッパシーを集めた詫びなのか。
勇者召喚の祝いなのか。
異世界との連絡が守られた祝いなのか。
そのあたりは、誰にもよく分からなかった。
ただ。
冷たい水で割り、たっぷりと砂糖を加えたスッパシージュースは、王都の人々にはなかなか好評だったという。
砂糖は、かなり多めに必要だった。




