3 『あと何パー?』
『ねえ、アルト君』
「はい?」
『そっちって何食べてんの?』
「食事ですか?」
『うん。異世界のご飯、知りたい』
『私も!』
「はあ……」
何を食べている、と言われても。
「まだ夕食をいただいておりませんので」
『じゃ、これから?』
「はい」
『何食べんの?』
「食堂へ行かなければ分かりません」
『じゃあ行こうよ』
「どこへですか?」
『食堂』
「私が?」
『だってスマホそっちにあるじゃん』
「…………」
なるほど。
言われてみれば、その通りだった。
アルトはスマホを手に取った。
その下から紐でつながったヒグモンがぶら下がる。
「では、参りましょう」
『おー』
『異世界の食堂だー』
なぜか二人とも楽しそうだった。
アルトは召喚の間を出た。
『ね、アルト君』
「はい」
『魔法使いなんだよね?』
「宮廷魔法使いです」
『何できんの?』
「火、水、風、土の四属性魔術を少々」
『すごっ』
「いえ。私などまだ未熟です」
『でも出せるんでしょ?』
「出せますが」
『じゃあ、すごいじゃん』
「……はあ」
どうにも調子が狂う。
宮廷魔法使いになって半年。
先輩たちと比べれば、自分などまだまだ未熟者だ。
それを顔も知らない異世界の少女に褒められるとは思わなかった。
『学校とかある?』
「あります」
『魔法学校?』
「王立魔法学院を卒業しました」
『宿題あった?』
「もちろん」
『うわ、異世界行く意味ないじゃん』
「異世界に何を期待しているのですか」
笑い声が聞こえた。
アルトも少しだけ笑った。
そのときだった。
『あ』
美羽が声を上げた。
「どうされました?」
『いや……ちょっと待って』
少し間があった。
『アルト君』
「はい」
『スマホの右上に数字出てない?』
「数字?」
アルトは足を止めた。
『%ってついてるやつ』
「ぱーせんと?」
『丸二つに斜め線みたいな記号』
「ああ……あります」
『いくつ?』
アルトは読み上げた。
「二十七です」
『…………』
返事がなくなった。
「美羽殿?」
『…………』
「瑠奈殿?」
『二十七?』
「はい」
『マジ?』
「はい」
再び沈黙。
『美羽』
『うん』
『ヤバくない?』
『ヤバい』
「何がでしょうか」
『それ、バッテリー』
「ばってりー?」
『スマホ動かすための電気。百で満タン』
「では、二十七というのは」
『あと二十七パーしかないってこと』
「…………」
アルトは手の中のスマホを見る。
先ほどまで何の意味も持たなかった二十七という数字が、突然恐ろしいものに見えてきた。
「ゼロになると?」
『動かなくなる』
「では、その後は?」
『充電しないと使えない』
「どのように充電を?」
『電気入れる』
「電気……」
アルトは考えた。
「風と土の属性を複合させた応用魔法に、雷撃魔法がありますが」
『え、マジ?』
美羽の声が明るくなった。
『それ使えるんじゃない?』
『いけるかも!』
「スマホに雷の魔法を使うのですか?」
『電気なんでしょ?』
『たぶん一緒じゃん』
「なるほど」
アルトも納得しかけた。
『ちなみに、どんな魔法?』
「第一位階雷撃魔法ですと、中型魔獣を麻痺させる程度です」
『…………』
「第二位階なら大型魔獣を麻痺させることができます」
『…………』
「第三位階になりますと、広範囲の魔獣を一度に――」
『ああ、もういいや。やめよう』
『うん。やめよ』
「そうですか?」
『スマホ死ぬ気がする』
『絶対死ぬ』
アルトもそんな気がしてきた。
『じゃあ、どうすんの?』
『ちょっと待って。調べる』
「調べる?」
『こっちにはネットあるから』
また知らない言葉が出てきた。
しばらく二人の声が遠くなる。
『スマホ、電気、作る……』
『手作りとかでいいんじゃない?』
『あ、これ』
『なに?』
『レモン電池』
『あー! やったことある!』
『ウチもある!』
声が戻ってきた。
『アルト君』
「はい」
『レモンある?』
「れもん?」
『黄色くて、こう……丸っこくて』
『食べるとめっちゃ酸っぱいやつ』
『そのままかじったら「すっぱ!」ってなるやつ』
「……ああ」
アルトにも心当たりがあった。
「スッパシーのことでしょうか」
『スッパシー?』
「黄色い果実です。非常に酸味が強く、そのまま食べる者はあまりおりません」
『それっぽい』
『うん。それでいこう』
「よろしいのですか?」
『とりま、それでやってみよ』
『金属の板とかある?』
「金属ですか?」
『違う種類のやつ二つ』
「それなら、いくらでも」
『じゃ、いけるんじゃね?』
『いけそう』
あまりにも軽い。
アルトは不安になった。
「本当に、それでスマホを動かすことができるのですか?」
『ネットに書いてあるし』
『レモンで電気作れるって』
『スッパシーも酸っぱいんでしょ?』
「非常に」
『じゃあ、たぶん一緒っしょ』
「たぶん……」
『まずやってみようよ』
アルトはスマホを見る。
二十七。
ヒグモンを見る。
相変わらず何も答えてくれない。
「分かりました。スッパシーを用意します」
『いっぱいね』
「どのくらいでしょう?」
『えーっと……』
向こうで何やら相談する声がした。
『いっぱい』
『うん。いっぱい』
「…………」
アルトは嫌な予感がした。
残り二十七パーセント。
勇者召喚によって異世界から現れた、唯一のスマホ。
その命運は今。
アルセリア王国では誰も見向きもしなかった酸っぱい果物――
スッパシーに託された。




