2 「勇者さま?」
『何それ?』
黒い板から返ってきた言葉に、アルトは困った。
「何それ、と申されましても……」
『勇者って何?』
「勇者は……勇者ですが」
『いや、それは分かるけど』
分かっているのだろうか。
アルトには分からない。
『なんでウチが勇者なの?』
「我々が勇者召喚の儀式を行ったところ、あなた様の所有物が召喚されましたので」
『勇者召喚?』
「はい」
『…………』
少し沈黙した。
『瑠奈』
『なに?』
『なんか勇者召喚したら、ウチのスマホが出てきたんだって』
『何それ』
『分かんない』
別の女性の声がする。
アルトは目を見開いた。
「お二人いらっしゃるのですか?」
『いるよ。友達』
「ご友人……」
『相沢瑠奈でーす』
さっきとは別の声がした。
少し戸惑ったが、アルトはすぐに気を取り直す。
「これはご丁寧に。アルト・フェルナーと申します」
『……ちょ、美羽! 外国の人っぽいよ。ええっと、なんていうの。はう・あー・ゆー、だっけ?』
『日本語喋ってんじゃん。ちょっと瑠奈、落ち着けって! 変な英語使うな、ウケる』
「…………」
何を話しているのか、よく分からない。
『あー、アルト君?』
声がまた変わった。
最初に聞こえてきた声だと、アルトは思った。
「はい……」
『そこどこ?』
「アルセリア王国の王城でございます」
『…………』
声が返ってこなくなった。
沈黙が苦痛になる。
アルトは後ろを向いたが、誰もが自分を遠巻きにしている。
近寄ってくる者は一人もいなかった。
『どこ?』
「アルセリア王国です」
『えっと、どこかのお店の名前とか?』
「店? いえ、アルセリアは私たちの国の名前です」
『日本じゃないの?』
「ニホン?」
アルトは周囲を見た。
「どなたか、ニホンという名に心当たりがある方はおられませんか?」
いたら、その人に代わってもらいたい。
しかし、王も大臣も魔法使いたちも首を横に振った。
アルトは心の中で小さくため息をつく。
「申し訳ありません。その名を存じません」
『…………』
『美羽』
『うん』
『これ、ヤバいやつじゃない?』
『え、振り込み詐欺的なやつ?』
振り込み詐欺。
また知らない言葉が出てきた。
『ね、アルト君って、そういう類の人?』
「そういう類とは……」
『半グレみたいなー』
「半グレ?」
『黒じゃなくて半分グレーな人のこと』
グレー……。
アルトは自分の服を見る。
新人の自分が許されているのは白い服のみだ。
「いえ、この間ようやく宮廷魔法使いになりましたので、白です」
『きゅーてーまほーつかいって!』
笑い声が聞こえた。
『しかも白いって。おもろい』
『この人、ヤバくないよ。きっと普通の生真面目な人』
何を根拠にそう判断されたのか、アルトには分からなかった。
「あの、勇者様?」
『美羽でいいよ』
「は?」
『宮前美羽。ウチの名前』
「ミヤマエ……ミウ様」
『様いらないって』
「ですが、勇者様にそのような――」
『勇者じゃないし』
「しかし、勇者召喚によって――」
『スマホしか行ってないじゃん』
「…………」
アルトは反論できなかった。
その通りだった。
勇者召喚をした。
現れたのはヒグモンと呼ばれる小さな獣と、スマホと呼ばれる黒い板。
本人はいない。
「では……美羽様」
『様ついてるし』
「美羽……殿」
『まあ、いっか』
許された。
「美羽殿は、今どちらに?」
『駅の近く』
「えき?」
『駅って分かんない?』
「申し訳ありません」
『電車は?』
「でんしゃ?」
『…………』
また沈黙。
『アルト君』
「はい」
『そっち、ほんとに日本じゃないんだ』
「先ほどから申し上げておりますが……」
『うん。分かった』
「……信じていただけるのですか?」
『だってアルト君、嘘ついてなさそうだし』
「…………」
そんな理由でいいのだろうか。
アルトには分からなかった。
「アルト。その方々が勇者殿なのか?」
背後から声をかけられ、アルトは慌てて振り返った。
『誰?』
「国王陛下です」
『王様!?』
美羽の声が少し上ずった。
『マジで王様いるんだ』
「はい。おります」
『すご』
王がアルトの手にあるスマホへ近づいた。
「異界の勇者殿」
『あ、どうも』
「我らが呼びかけに応じてくださったこと、心より感謝する」
『いや、呼ばれてないんだけど』
「…………」
『スマホ取られただけだし』
「…………」
王がアルトを見る。
アルトも王を見る。
どちらも何も言えなかった。
『でさ』
美羽が言った。
『なんで勇者なんか呼んだの?』
王の表情が変わった。
「それは――」
アルトが代わって答えた。
「魔王軍です」
『魔王?』
「はい」
『マジで魔王いるんだ』
「おります」
『どんなの?』
「どんなの、と申されましても……魔王は魔王ですが」
『またそれ』
美羽が笑った。
アルトには何がおかしいのか分からない。
「現在、北方では魔族の軍勢が集結しています。国境ではすでに幾度も戦闘が起きております。このままでは、大きな戦になるかもしれません」
スマホの向こうが静かになった。
『……そっか』
先ほどまでとは違う声だった。
「そこで王国は、異世界より強大な力を持つ勇者を召喚し、その力をお借りしようとしたのです」
『それでウチのスマホが来ちゃったんだ』
「……はい」
『ウチは?』
「はい?」
『ウチ本人は呼べないの?』
アルトは答えられなかった。
代わりに、宮廷魔法使い長が口を開いた。
「すぐには無理だ」
『誰?』
「宮廷魔法使い長です」
アルトが答える。
「先ほどの儀式で召喚陣はほとんど焼き切れた。魔力も使い果たしている。少なくとも、すぐにもう一度というわけにはいかん」
『だって』
『じゃあスマホだけ異世界旅行中?』
『そうみたい』
美羽は少し考えたようだった。
『まあ、しょうがないか』
「しょうがない……のですか?」
『だって今どうしようもないんでしょ?』
「それは……はい」
『じゃあ、どうしようもないじゃん』
アルトは返す言葉を失った。
しばらくして、美羽が思い出したように言った。
『あ、でも』
「はい」
『ヒグモンはちゃんと大事にしてね』
「…………」
アルトは床を見る。
そこには、国の命運を背負って召喚されたと思われていた茶色い獣が、相変わらず仰向けに転がっている。
「承知しました」
『よろしく』
「責任をもってお預かりします」
『そんな固くならなくていいって』
美羽が笑った。
もう一人の笑い声も聞こえる。
アルトはどう反応すればいいのか分からなかった。
勇者召喚は失敗した。おそらく。
勇者は来なかった。
代わりに来たのは、スマホとヒグモン。
そして、そのスマホを通して異世界の少女二人と話ができる。
これを成功と呼んでいいのか。
失敗と呼ぶべきなのか。
アルトにはまだ分からなかった。
ただ。
『ねえ、アルト君』
「はい?」
『そっちって何食べてんの?』
「食事ですか?」
『うん。異世界のご飯、知りたい』
『私も!』
「はあ……」
少なくとも。
異世界の勇者たちは、しばらく電話を切るつもりはないらしい。




