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1 勇者召喚

「異界の勇者よ! 今ここに!」


 閃光が召喚の間を白く染めた。


 そして――


 ぽふっ。


 魔法陣の中央に、茶色い何かが落ちた。


「…………」


 国王も、大臣も、将軍も、宮廷魔法使いたちも、言葉を失った。


 茶色い毛。

 丸い耳。

 ずんぐりとした身体。

 短い手足。


 大きさは人間の頭より少し小さい。


 そいつは仰向けに転がったまま、ピクリとも動かなかった。


「……勇者様?」


 誰かが呟いた。


「これが?」

「獣人……なのでしょうか」

「いや、小さすぎるだろう」

「異世界の勇者だ。我々の常識で判断してはならん」

「なるほど」


 異世界の勇者が人間の姿をしているなどと、誰が決めたのか。

 小さな身体に恐るべき力を秘めているのかもしれない。

 戦いとなれば巨大化する可能性だってある。

 王が一歩前へ出た。


「異界より来たりし勇者殿。我らが願いに応え、この地へ参られたこと、心より感謝――」


 返事はない。


「…………」


 勇者は仰向けのままだ。


「勇者殿?」


 返事はない。


「お休みなのでは?」

「召喚でお疲れなのかもしれません」


 そのときだった。


「あの……」


 若い宮廷魔法使いが、おずおずと手を上げた。


 アルト・フェルナー。


 宮廷魔法使いとなって、まだ半年の新人である。


「何だ、アルト」

「勇者様の、その……下に、何かあるようなのですが」

「下?」


 よく見ると、勇者の身体から細い紐が伸び、その先が身体の下へ潜り込んでいる。


「武器か?」

「魔道具では?」

「調べてみよ」

「……私がですか?」

「最初に見つけたのはお前だ」


 そんな理由で。


 アルトは心の中だけで抗議した。


「……失礼いたします」


 何に対して謝っているのか自分でも分からない。

 恐る恐る勇者を持ち上げる。

 軽い。

 そして。


 ぶらーん。


 勇者の下から、黒く平たい板が現れた。


「…………」

「…………」

「何だ、それは」

「分かりません」

「勇者様の武器か?」

「盾ではないでしょうか」

「小さすぎる」

「魔道具か?」


 アルトは右手に小さな獣。

 左手に紐でつながった黒い板。

 どうしていいのか分からず立ち尽くした。

 勇者召喚は成功した。

 おそらく。

 問題は。

 どちらが勇者なのだろう。



     ◇



「あれ?」


 宮前美羽は立ち止まった。


「どしたん?」


 隣を歩いていた相沢瑠奈も足を止める。

 放課後。

 二人は駅へ向かって歩いていた。

 美羽は制服のスカートのポケットに手を突っ込む。


 ない。


 反対側。


 ない。


 鞄を開けた。


「……ない」

「何が?」

「スマホ」

「マジ?」


 美羽は鞄の中をかき回す。


「ない。スマホない」

「学校じゃない?」

「さっきまで持ってたんだけど」

「落とした?」

「かなぁ」

「ヒグモンも?」

「ヒグモンもいない」

「じゃあ、絶対気づくじゃん。あんなでかいの」

「だよねー」


 ヒグモン。


 美羽のスマートフォンについているヒグマのぬいぐるみマスコットである。


 茶色くて丸くて、やたら大きい。


 スマートフォンのアクセサリーとして適切な大きさかと問われれば、たぶん適切ではない。


 だが、美羽は気に入っていた。


「鳴らしてみれば?」

「あ、それだ。瑠奈、貸して」

「はいよ」


 瑠奈からスマートフォンを受け取る。

 美羽は自分の番号を入力した。


「その辺に落としてたら聞こえるっしょ」

「誰か拾ってたら出るかも」

「それならラッキー」


 美羽は通話ボタンを押した。



     ◇



 ブブブブブブブッ。


「うわっ!」


 アルトは黒い板を取り落としかけた。


「動いたぞ!」

「勇者様が!?」

「違います! 黒い方です!」

「では、そちらが勇者か!?」

「分かりません!」


 ブブブブブブブッ。


 黒い板は震え続けている。


 しかも表面が突然光り、見たこともない文字や記号が浮かび上がった。


「魔法陣か?」

「このような術式は見たことがありません!」

「アルト、離れろ!」

「は、はい!」


 アルトは慌てて黒い板を床へ置いた。


 全員が距離を取る。


 先ほどまで勇者として国王から挨拶を受けていた小さな獣だけが、黒い板の横に転がっていた。


 ブブブブブブブッ。


「…………」


 誰も動かない。


 ブブブブブブブッ。


「…………」


 まだ鳴っている。


「止められんのか?」

「方法が分かりません」

「攻撃してみるか?」

「勇者様をですか!?」

「ではどうする!」


 アルトは黒い板を見つめた。


 表面には二つの印がある。


 一つは緑。


 一つは赤。


 何かを求められているのだろうか。

 赤は炎や血を連想させる。

 危険そうだ。

 ならば緑。

 いや、異世界でも同じ意味とは限らない。


 そもそも触れていいのか。


 ブブブブブブブッ。


 アルトは周囲を見る。


 王。


 大臣。


 将軍。


 先輩の魔法使いたち。


 誰も動かない。


「……私が」

「アルト?」

「私が調べます」


 言った瞬間、後悔した。


 それでもアルトは黒い板へ近づいた。


 しゃがみ込む。


 指を伸ばす。


「……えい」


 緑色の印に触れた。


 震動が止まった。


「止まった!」

「成功か!?」


 アルトは大きく息を吐いた。


 何も起こらない。


 助かった。


 そう思った、その瞬間。


『もしもし?』

「うわあっ!」


 アルトは尻餅をついた。


「喋った!」

「黒い板が喋ったぞ!」

「勇者様か!?」

「静まれ!」

『もしもーし』

「…………」

『聞こえてる?』


 若い女の声だった。


 アルトは黒い板を凝視する。


 この中に人がいる?


 いや、そんなはずは。


『もしもし?』

「あ……」


 答えなければ。


 なぜか、そう思った。


 アルトは黒い板へ恐る恐る顔を近づけた。


「……もしもし?」


 一瞬の沈黙。


『あ、出た』


 明るい声が返ってきた。


『それ、ウチのスマホじゃない?』

「…………すまほ?」

『うん。スマホ。なんかクマついてない?

茶色いの』


 アルトは隣を見る。

 茶色い獣が転がっている。


「……おります」

『おります?』

「小さな茶色い毛むくじゃらな生物が」

『あ、それヒグモン』

「ひぐもん」

『うん。ウチの』

「…………」


 アルトは黒い板を見る。


 ヒグモンを見る。


 もう一度、黒い板を見る。


「あの……」

『ん?』

「あなたが、勇者様なのでしょうか?」

『…………』


 今度は、向こうが黙った。


『え?』


 少し間があった。


『何それ?』


 アルト・フェルナーと宮前(みやまえ)美羽(みう)。

 二つの世界をつなぐ、最初の電話だった。

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