第4章 敗者の疑念1
訓練場を離れても、背中に集まる視線は減らなかった。渡り廊下へ入れば、先を歩いていた生徒達が左右へ寄る。昨日の祝賀会でも同じように道を空けられたけれど、あの時とは目の色が違った。今は私を避ける者より、お兄様の手元や腰の剣を盗み見る者の方が多い。
「三年最強を、あんなに簡単に……」
「魔力量は平均だったはずだろう。いや、魔力量で勝ったのではない、技術だ」
「技量を、今まで隠していたのか?」
囁きは石壁に反射し、聞きたくなくても耳に入った。
お兄様は歩調を変えない。私より半歩前を歩きながら、廊下の角や開いた窓へ目を配っている。決闘の後とは思えないほど呼吸も静かだった。
「お兄様。先ほどの魔力は、本当に水だけだったのですよね」
声を落として尋ねる。
「もちろん。霧と水の帯を作った。あとは身体の使い方だけだ」
「本当に、それだけでレオポルド様を倒せる方が、ほかにいらっしゃると思いますか」
お兄様は平然と答えた。
「同じだけ鍛えれば、理屈の上では誰にでもできるよ」
理屈の上では。
それは嘘ではない。霧で視界を遮ることも、水で手首を拘束することも、足と肩を押して重心を崩すことも、学園で教わる技術の範囲に入る。だが、学園最強の剣士が振り下ろす重い一撃へ踏み込み、その全てを続けて成功させるところまで「誰にでもできる」で済ませるのは、さすがに無理がある。
もっとも、お兄様は決して分かりやすい嘘をつかない。本当のことを、必要な分だけ答えるのだ。
「ハワード先輩も、同じことを考えるでしょうか」
「どうだろう。負けた直後は、自分の技量の方が気になるものだよ」
その答えを最後に、私達は一年生と二年生の教室へ分かれた。扉を開けると、教室にいた生徒達の会話が一斉に止まった。
昨日は、私が入っただけで席を離れた者もいた。今朝は全員がこちらを見ているものの、声をかけてくる者はいない。
私は背筋を伸ばし、自分の席へ向かった。
今日示されたのは、私への信頼ではなく、お兄様が強いという事実だけだ。それを自分の名誉まで戻ったように勘違いしてはいけない。
椅子を引き、バッグから教科書とペンを出す。
授業開始の鐘が鳴った。
2026年08月30日 20時00分 次話アップロード予定。
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