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第3章 最初の反撃2

 訓練場の砂地には、朝の光が差していた。周囲を剣術用の柵が囲み、端には水桶と救護用の布が用意されている。


 レオポルド様は、剣帯から刃を潰した訓練剣を抜いた。重さは本物とほとんど変わらない。地属性の魔力が刀身を薄く包み、灰色に光る。


 お兄様も訓練剣を取った。派手さのない、ごく普通の構えだ。右手に剣を持ち、左手は空ける。足幅にも目立つところはない。


 教官が二人の間に立つ。


「始め」


 レオポルド様が先に踏み込んだ。

 速い。


 大きな体が砂を蹴り、重い剣がお兄様の肩へ真っすぐ迫った。土の魔力が足元へ沈み、レオポルド様の体を地面に固定している。


 周囲から歓声が上がる。


 お兄様は退かなかった。

 剣がぶつかる直前、お兄様の足元から細い水が走った。砂の表面を濡らすだけの、ごく薄い流れだ。

 レオポルド様の踏み込みが、わずかにずれた。重い剣がお兄様の肩を外れ、柵の方へ流れる。


 剣と剣が、ぶつかる音が響く。

 音が消えるより先に、お兄様は前へ出た。

 私と廊下を歩く時の、ゆっくりした足取りではない。水の膜をまとわせた剣で重い一撃を受け流し、そのままレオポルド様の懐へ入る。


「小細工を」


 レオポルド様はすぐ体勢を戻した。地属性の固定で足を止め、剣を横へ払う。

 お兄様の足元で水が弾けた。跳ぶのではなく、半歩だけ横へずれる。剣の風が制服の裾を揺らしたが、体には触れない。


「水で逃げるだけか」

「逃げません」


 お兄様の声は乱れない。


 レオポルド様は剣を両手で握り直す。足元の砂が盛り上がり、防壁が連続して生まれた。


「フォートレス・ライン」


 砂と土の壁が、お兄様の進路を塞いでいく。

 見ていた生徒達が沸いた。これで逃げ道がなくなった――彼らには、そう見えたのだろう。


 けれど、お兄様は壁を壊さなかった。足元から薄い霧が立ち上る。朝の光で白く輝き、ほんの一瞬だけレオポルド様の視界を奪った。


 ミスト・スクリーン。


 剣が霧を切り裂いて振り下ろされる。お兄様は外へ逃げず、剣の根元へ飛び込んだ。


 お兄様は水をまとわせた左手で、レオポルド様の手首に触れる。

 剣の軌道が下へ逸れる。お兄様はレオポルド様の足の外側へ膝を入れ、肩と肘を同時に押さえる。


 大柄な体が、砂地へ崩れた。

 受け身を取れる角度ではあった。それでも、学園最強の剣士が砂の上へ倒された。


 レオポルド様がすぐに立とうとする。だが、お兄様は待たない。足元の水が細い帯になり、剣の鍔と手首を包んだ。呼吸は奪わず、動きだけを止める。


 ウォーター・プリズン。


 お兄様の剣先が、レオポルド様の喉元へ届く寸前で止まった。


「そこまで」


 トバイアス教官の声が響いた。

 誰もすぐには歓声を上げなかった。


 平均の二年生だと思われていたお兄様が、学園最強の剣士をほとんど寄せつけずに倒した。目の前で決着を見届けたはずなのに、誰もすぐにはその結果を理解できずにいた。


 レオポルド様は砂地に片膝をついたまま、お兄様を見上げた。鋼色の目には悔しさが浮かんでいる。それでも、言い訳を探す様子はなかった。


「……見事だ」


 その一言を聞いて、ようやく息ができた。お兄様はすぐ剣を下ろし、水の帯をほどいた。


「ありがとうございます。ハワード先輩の初撃は、私が受け損ねれば肩を持っていかれていました」

「慰めは要らん」

「慰めではありません。正面から来ると分かっていても、速かった」


 レオポルド様は黙って立ち上がり、革手袋のストラップを締め直した。柵の外では、門前で私を避けた一年生も、王太子派らしい二年生も、お兄様とレオポルド様を交互に見ている。


「アシュフォード先輩、今まで実力を隠していたのか」

「三年最強を、あんな短時間で」


 お兄様は、平均なのではない。平均に見えるよう生きてきただけだ。

 もちろん、それを言うことはできない。勅命騎士の名も、レグナ平原の夜も、ここで口にしてよい秘密ではなかった。

 だから、お兄様がこちらを振り向いた時、私は背筋を伸ばして頷いた。


「お兄様」

「怪我はしていないよ」

「はい。拝見しておりました」


 声が少し震えた。けれど、怖かったからではない。朝、学園門を見上げた時とは、まるで違う。

 お兄様は、本当に約束を守ってくれる。

 ただ隣で慰めるだけではない。私が自分で立とうとする時には待ち、挑まれれば正面から勝つ。それがお兄様の守り方なのだ。


 トバイアス教官が二人の間へ戻り、短く告げた。


「勝者、アーサー・アシュフォード。結果は俺が学園長へ伝える。観戦者は講義へ戻れ」


 その声で、ようやく生徒達が動き出した。レオポルド様も、この敗北をどう受け止めるのか、まだ口にしていない。


 これで全部が解決したわけではない。それでも、昨日よりは確かに前へ進んでいる。

 お兄様が私の隣へ戻る。


「校舎へ行こうか。講義の鐘が近い」

「はい」


 頷き、訓練場の柵を離れた。


 誰かの囁きが背中へ届いたが、昨日ほど痛くはなかった。今日取り戻せたものは、校舎へ向かう足取りだけかもしれない。

 それでも、私の足はもう止まらなかった。


2026年08月30日 12時00分 次話アップロード予定。

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