第21章 最後の警告と父の継承2
「逃げてばかりですか」
「ちょっと押したくらいで、調子に乗らないで!」
リゼリアが踏み込み、マーガレットの剣を横から強く打った。マーガレットは腕を押し開かれ、よろめきながら左手を前へ出す。
黒い雲が二人の間に湧いた。
リゼリアは、顔を背ける間に頭から足元まで黒い雲に覆われた。私には、もう彼女の姿が見えなかった。
「闇魔法で目隠しをしたのですね」
「闇魔法は、ブラウン家の血統の得意魔法だからね。あれは、ダーククラウド。よくある闇魔法だけど、かなり暗雲が濃い。さすがね」
アリス様が、そう答えた。マーガレットが闇魔法を使えることは、私も知っている。
お兄様は、その魔法を見て、少し顔を曇らせた。口を開きかけたけれど、何も言わず、二人の方へ一歩近づく。
試合は止まらなかった。
「リゼリア、動かないで! 相手がどこにいるか分かるまで!」
「どこなの! 出てきなさいよ!」
リゼリアは、アリス様の声を聞く余裕もないのか、叫び続けた。雲の中で地面を蹴る音がする。こちらへ出てくる気配はなく、私には彼女が剣を構えているのかさえ分からなかった。
「リゼリア!」
私が呼んでも、返事はなかった。
「こんなもの、すぐに……!」
雲の内側で白い光がまたたいた。けれど、私が目を凝らす間に消えてしまう。リゼリアの姿は隠れたままだった。
「どうして……っ!」
先ほどの強気な声が、少しだけ震えていた。
マーガレットは剣を持ち直し、黒い雲へ歩み寄った。
「消えなさい!」
リゼリアの叫びとともに、再び白い光が膨れ上がった。今度は消えず、雲の外まで光があふれてくる。
「眩し……!」
私は顔の前に手を上げた。指の隙間から見ている間にも光は強まり、黒い雲が端から消えていく。
リゼリアが見えた。
「死んで!」
マーガレットはリゼリアの喉へ切っ先を向け、後ろの足で砂を蹴って体ごと倒れ込むように前へ突っ込んだ。
剣が届く前に、横から太い水流がぶつかった。
マーガレットの手から剣が飛び、誰もいない側の地面へ落ちる。マーガレットは数歩よろめき、なんとか倒れず踏みとどまった。
水流を放ったお兄様が、二人の間に入る。
「そこまでだ。マーガレット、反則負けだ」
「まだ、終わっていません!」
「終わりだ。今の突きは殺すためのものだった」
マーガレットが落ちた剣の方へ動こうとした。お兄様がその前を塞ぐ。
私はリゼリアの喉を見た。傷も血もない。けれど、もう少しでそこに剣が突き刺さっていたのだと思うと、冷や汗がしたたる。
「お兄様が止めていなければ……」
「刃を潰しても、あの突きなら喉を貫く。倒れ込むように体重をかけていた。寸止めする気がないのは明らかだ」
レオポルド様が言った。以前、お兄様は彼の喉元で剣を止めていた。今のマーガレットは、止めるつもりなどなかったのだ。
「殺すつもりだったのね。当然か…」
マーガレットはリゼリアの言葉に答えなかった。お兄様を挟んで相手を睨み、空の手を握り締めている。
「二人とも、もう剣には触れるな。リゼリア、その剣を下に置け」
リゼリアはお兄様を見た後、屈んで剣を地面の上に置いた。
お兄様がそれを拾い、飛ばした方の剣も取り上げる。二本ともバケツの脇へ運んでから、柵の外にいる私達へ顔を向けた。
「学園長へ報告する。見たことを尋ねられたら、そのまま話してほしい」
「分かりました」
ジュリアン会長が答えた。
私はリゼリアを呼ぼうとして、口を閉じた。彼女はマーガレットから目を離さず、剣を握っていた右手を左手で押さえていた。
マーガレットは学園長室で退学を告げられたが、ベアトリスの顔から目をそらさなかった。
ベアトリスは銀縁の眼鏡越しに見つめ返した。机を挟んで立つマーガレットには、弁解を待たれているとは思えなかった。
「本日をもって、あなたを退学処分とします。決闘の規則を破り、相手を殺害しようとしたためです。しかも、その相手は国賓としてお迎えしたリゼリア王女です」
「あの方は、傷一つ負っていません」
「殿下が止めたからです。見逃すわけにはいきません」
その通りだった。
マーガレットは、リゼリアの喉に剣を突き立てるつもりだった。
「あなたは決闘の前に規則を告げられ、承知した上であの突きを放ちました」
「国賓でなければ?」
「相手の身分にかかわらず、学園で殺人を認めることはありません」
マーガレットは、何か言おうとしてやめた。
涙を見せても意味は無い。あの女を殺そうとしたことを、後悔していると口にしたくはなかった。
父は殺され、復讐は果たせなかった。それだけのこと。後悔も反省も無い。
「……分かりました。お世話になりました」
マーガレットは一礼し、扉へ向かった。
取っ手を握り、力を込めた。手は動く。傷もない。それなのに、あの女の喉へは届かない。
扉を開け、学園長室を出た。




