第21章 最後の警告と父の継承1
マーガレットは廊下の曲がり角で、向こうから歩いてくるリゼリアを見て足を止めた。
アーサーはリゼリアの進む先に立っていた。王女が近づいても道を譲らず、正面から見据えている。マーガレットは壁に身を隠し、二人が見えるように少しだけ顔を出した。
「リゼリア。これ以上、俺の国への攻撃は許さない。今すぐやめて、国へ帰れ」
国への攻撃。
マーガレットは壁についた手を動かせなくなった。父が殺された。誰が、なぜ。答えのなかった問いを抱えたまま、アーサーの次の言葉を待った。
「帰国のための交渉は俺がやる。お前は送り込んだ連中を引かせろ」
「何のことかしら?」
リゼリアは首をかしげた。
その瞬間、右手から炎が噴き出し、アーサーの胸へ襲いかかった。
マーガレットは悲鳴を飲み込んだ。廊下を赤く染める炎の前に、水の壁が立ち上がる。激しい音とともに白い蒸気が広がり、熱いしぶきが床へ落ちた。
アーサーは退かなかった。水の向こうでリゼリアを睨んだまま、伸ばした手を下ろす。炎も水も消え、二人の間には濡れた床だけが残った。
「無駄だ。とぼけるのもいい加減にしろ。これが最後の警告だ」
リゼリアは答えなかった。
アーサーの横を通り過ぎ、そのまま廊下を進もうとする。
マーガレットは思った。
リゼリアは、アーサーを殺すつもりだった。あの炎を浴びて、無事でいられるはずがない。
父も、この女に殺されたのか?
誰に命じたのかなどは分からない。ただ、襲撃者は竜人である可能性が高いと聞かされている。そうなれば、今の二人の話にも合点がいく。
「待ちなさい!」
マーガレットは廊下の曲がり角から飛び出した。
リゼリアが足を止め、こちらを見る。マーガレットはその落ち着いた顔を見た途端、相手の身分を考えて言葉を選べなくなった。
「あなたに学園の正式決闘を申し込みます」
「私に? どうして?」
「私が何も知らずにいると思ったら、大間違いよ」
アーサーが二人の間へ視線を移した。
「マーガレット。何をするつもりだ」
「私は、あなたと争う理由がないのだけれど」
「勝つ自信が無いのでしょう? 私が怖いとおっしゃれば、それで」
マーガレットは、実際にはリゼリアを殺すつもりだった。学園で定められた正式決闘では、それは出来ない。しかし、試合になってしまえば、どうとでもなろう。
リゼリアの赤い目が細くなった。
「言ったわね。いいわ、受けてあげる」
アーサーはマーガレットの顔を見た。彼は、彼女が父親の仇を察したのだと理解した。そして、頷ずく。
「審判は俺がやる。二人とも、規則には従ってもらうぞ」
マーガレットはアーサーへ頭を下げた。
顔を上げると、リゼリアだけを見据える。
私は訓練場の柵の外から、砂地で向かい合う二人を見ていた。
隣にはアリス様とジュリアン会長、少し先にレオポルド様がいる。端の水の入ったバケツと救護用の包帯も、お兄様がここでレオポルド様と戦った時と同じだ。
ただ、今日はお兄様が審判として二人の間に立ち、マーガレットとリゼリアが、それぞれ訓練剣を握っている。
「リゼリア、何があったのですか。マーガレット様と決闘だなんて」
「申し込まれたから受けたのよ」
「それは分かっています。そうなる前に、何か……」
「マチルダ、心配しなくていいわ」
リゼリアは剣を持っていない方の手を振った。私に話すより、早く始めたいらしい。マーガレットは私の方を見ず、相手へ切っ先を向けている。
「始める前に確認する」
お兄様の声に、リゼリアが手を下ろした。
「相手を殺害したり、故意に負傷させたりする魔法は決して使うな。剣も同じだ。俺が止めたら、必ず止めろ」
「当ててはいけないの?」
「そうではないが、故意に殺したり傷をおわさない程度に留めろ。ダメージを与えずとも明らかな有効打は、勝利とする」
リゼリアは剣の刃を確かめた。刃は潰してあるけれど、重さのある剣だ。お兄様は二人の手元を見てから続けた。
「訓練剣だから何をしてもいい、とは思うな。急所へ本気で打ち込めば人は死ぬ」
「……火傷も駄目なの? 私の火炎魔法は、どれで攻撃しても相手を焼くわよ」
「なら攻撃には使うな。防御や牽制のみだ。相手を殺さなくても、故意に傷つければ反則」
「得意な魔法を使うなってことじゃない。ずいぶん面倒な決闘ね」
「上手く自分の魔法を使えないだけじゃない。いくらでも熱の利用方法はあるわ」
マーガレットが言うと、リゼリアは唇を曲げた。
「分かった。それでいいわ」
お兄様が二人から離れ、横へ立った。
「始め!」
先に踏み込んだのはマーガレットだった。リゼリアは振り下ろされた剣を自分の剣で弾き、空いている手を相手へ向ける。
リゼリアは歯を食いしばり、炎を放たずに手を引いた。マーガレットはその隙に、もう一度剣を打ち込んだ。
「どうしました。ご自慢の魔法は?」
「ルールを守っていることを感謝しなさい!」
「では、使えませんね」
剣のぶつかる音が続いた。リゼリアは相手の剣を外へ払ったものの、すぐには追わず、マーガレットが距離を詰め直すと砂を蹴って後ろへ下がった。
「火を出しかけて、やめましたね」
ジュリアン会長が二人を見たまま言った。
「ああ。火系の攻撃魔法が得意でも、この規則では使えない。彼女は、補助で利用するのは不得意なようだ」
「剣で勝てばいいんです。焦って相手を焼いたら、それこそ反則だわ」
私は、レオポルド様に続くアリス様の言葉を聞いて、柵を握った。リゼリアが炎を使うところを、ここで見たいわけではない。けれど、いつでも言い返す彼女が、剣を防ぐたびに顔を険しくしていく。




