第21章 最後の警告と父の継承3
マーガレットはその夜、アーサーに呼び出され、王宮の一室で彼と向かい合っていた。
扉は閉じられ、他に誰もいない。マーガレットは椅子に座るよう勧められても立ったまま、先に尋ねた。
「退学だけでは足りませんでしたか」
「その処分を変えるために呼んだのではない。お前の魔法のことだ」
「闇魔法は反則だと、おっしゃいませんでしたよね」
「ダークプリズン。お前まで使えるとはな」
マーガレットは、組んでいた両手をほどいた。
アーサーには見抜かれていた。
「ご存じだったのですか」
「お前の父が、あの術の使い手だったことは知っている」
「ただの目隠しだと思われたのでは?」
「見くびるな。ダークプリズンは視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――五感を全て奪う、闇の上位魔法だ」
「申し訳ありません。あれは、確かにダークプリズン。剣を握っている感触も、地面を踏んでいる感触もなくなります。あの女には、自分の声さえ聞こえていなかったはずです」
マーガレットは、雲の中から聞こえた叫びを思い出した。リゼリアは何も見えず、何も聞こえず、剣を握る手の感触さえ失ったまま、相手がどこにいるのかを探していた。
マーガレットはあの時、剣を握り直して近づいた。リゼリアがどれほど取り乱しても、助けるつもりなどなかった。
「最初の光では、破れなかったのです。あそこまで追い詰めたのに、なぜ……」
「五感を奪っても、意識や魔力を封じたわけではない。彼女は光魔法で、お前の魔法を打ち破った」
「あの魔法を破るとは……やはり、父を殺したのは、あの女。」
「ああ。光を強めて、お前の術を破ったのだ。しかし、直接手を下したのは彼女ではない。お前が察した通り主犯は彼女だが、その時、彼女は出かけていなかった。実行犯は部下だろう。それほどの手練れが揃っているということだ」
マーガレットは、復讐を果たせなかった自分の手を見た。
「ダークプリズンは、国命なく使ってはならない魔法だ。父親から聞いているな?」
「では、なぜ止めなかったのです? 剣は止めたのに」
「あの術そのものに殺傷能力はない。観客には、黒い雲で視界を奪っただけに見えていた。そこで私が使用をとがめれば、何が違うのかを問われる」
「秘密にするため、ですか」
「皆の前で、その正体と制限を明かすわけにはいかなかった」
誰もあの魔法をとがめなかった。だからマーガレットは、剣さえ届けばよかったのだとまだ考えてしまう。
「だが、学園の決闘では、魔法でも剣でも相手を殺傷してはならない。あの突きを止めなければ、リゼリアの喉を貫いていた。だから剣は止めた」
「それを望んでいました」
顔を上げ、今度ははっきりと言った。
「父が殺されたのです。国に帰すだけなんて、逃がしてどうするのですか」
「人質同然とはいえ、王女だ。グランデル帝国との国交回復が台無しになる可能性があった」
「父の無念を晴らすことは出来ないと?」
アーサーは目をそらさなかった。マーガレットも目をそらさず、唇を噛んだ。
父の話をしているのに、今ここで父に何かしてやれる者は誰もいない。
「お前の父、オズモンド・ブラウン公爵は勅命騎士だった。国王から直接命令を受け、王国のために働く騎士だ。表に出せない任務も引き受けていた。知っているな?」
「その父を、私は失ったのです」
「父の後を継げ、マーガレット。お前を勅命騎士に任じる」
マーガレットは、アーサーの顔を見つめた。
「私を?」
「そうだ。勅命騎士は、家の爵位とは別に任命される。平時は貴族として暮らしていても、王命が下れば任務に当たる。有事には将軍に並ぶ権限で軍を動かすこともある」
「私に、父と同じ働きをしろと?」
「ダークプリズンは、数段格上の相手も倒すことが出来る必殺の魔法だ。その力を活かせ。お前の父親も、それを望むだろう。無念を晴らす機会があれば、お前にも命じる」
マーガレットは言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。
自分も父と同じく、王命を受けて働くのだ。
自分が父の後を継ぐ。追い出された学園に戻してほしいと、誰かに泣きつくよりはずっといい。
「承知いたしました。父の後を継ぎ、勅命騎士としてお仕えします」
マーガレットが膝をつくと、アーサーは頷いた。
「ブラウン家の公爵位についても、特別にお前が継ぐことを認める」
「私が、公爵に?」
「女公爵としてだ。公爵夫人という呼び名ではない。お前自身が爵位を持つ。学園に戻すことは出来ないが、公爵家の表向きの立場も守る。私の力不足だった。すまない」
誰かの妻になって得る身分ではない。
これからは自分が、父の名とともに呼ばれていた爵位を名乗る。マーガレットは床へついた膝を動かさず、アーサーを見上げた。
「ブラウンの名を、私が継いでよいのですね」
「ああ。公爵位と勅命騎士の任務、どちらも引き受ける以上、果たしてもらう」
「はい」
あの女を憎む気持ちは消えなかった。
だが、王太子殿下が自ら、事情を話し、謝罪までした。そして、公爵家の立場も守られる。
マーガレットは背筋を伸ばし、アーサーに頭を下げた。
「マーガレット・ブラウン、拝命いたします」




