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婚約破棄されましたが、最強のお兄様がただでは済ませません  作者: 百鬼清風
第一部 王太子の婚約者

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第17章 最初のダンスは、これからも2

 そう思った時、令嬢達の向こうからお兄様が私を見つけた。


「申し訳ありません。最初に踊りたい相手がいますので」


 お兄様の声が聞こえた。

 何人もの方が、自分が呼ばれるのかと姿勢を正した。けれど、お兄様は誰にも手を差し出さず、こちらへ歩いてくる。

 途中でも話しかけられたが、お辞儀を返すだけで立ち止まらなかった。


「ほらね」


 アリス様が微笑んだ。

 ジュリアン会長は私の前から退き、隣のレオポルド様にも合図した。


「僕達は後で挨拶しよう」

「ああ。今は邪魔になる」


 二人が道を空けた先に、お兄様が立った。


「マチルダ。ファーストダンスを、俺と踊ってくれるか」


 白い手袋をしたお兄様が、私に手を差し出す。

 周囲の方達が見ていた。さっきまでお兄様を囲んでいた姫君達も、息を飲んで私の返事を待っている。


「私で、よろしいのですか」

「お前を誘いに来たんだ」


 お兄様は迷わず答えた。

 私はその手を取った。アリス様に見送られ、広間の中央へ進む。もう、誰かの後に誘っていただくのを待たなくていい。

 今夜、最初にお兄様と踊るのは私だ。


 曲が始まった。

 お兄様は私の腰へ手を添え、慣れた歩幅で踊り始めた。私も足を運ぶ。金糸の刺繍は間近で見ると思ったより繊細で美しい。白い上着は馴染んでおらず、いつもの制服より少し硬く感じる。

 でも、つないだ手の温かさは変わらなかった。


「元気がなかったな」

「見ていらしたのですか」

「ずっと探していた。近くに来ると思ったら、ずっと来ないから」

「ご挨拶のお邪魔になってはいけないと思って」


 お兄様と向かい合ったまま、私は答えた。

 近くにいられるだけで嬉しいのに、それだけで満足するのは、もう出来なかった。


「お兄様が、遠くへ行ってしまわれたようで」

「ここにいるだろう」

「今は、私と踊ってくださっています。でも、これからはお忙しくなりますし、どなたかとご結婚なさるのでしょう」


 言ってから、後悔した。

 お祝いの夜に、こんな話をしてどうするのだろう。お兄様を困らせたいわけではない。

 私は次のステップに集中しようとしたが、お兄様は私を見たままだった。


「その話を、お前にしたかった」


 足を止めそうになった。

 誰か、決まった方がいるのだろうか。先ほどの姫君の中に、それとも私の会ったこともない方が。


「俺は、お前と結婚したい」


 私はお兄様を見上げた。

 聞き間違いかと思った。けれど、お兄様は困ったようにごまかすことも、冗談だと言うこともしない。


「マチルダを愛している。誰かに任せて、兄として見送るなんてできない」

「お兄様……」

「お前を守りたいと思うのは、今も同じだ。でも、それだけじゃない。これから一緒に生きる相手に、俺を選んでほしい」


 私はつないだ手を強く握った。

 ずっと聞きたかった言葉だった。聞いてはいけないと思い、欲しがっていることさえ隠してきた言葉を、お兄様が口にしている。


「同じ家で育ったお前に、こんなことを言っていいのかと考えていた。だが、そんなことを言っているうちに、お前が離れていくのは嫌だ」


 お兄様は一度言葉を切った。

 私達は踊っていた。周りにも人がいる。それでも、今聞こえる声にだけ答えたかった。


「俺と結婚してくれ、マチルダ」


 堪えていた涙がこぼれた。

 お兄様が足を緩めたので、私は下を向いた。踊るのをやめたいのではない。答えたいのに、すぐには声が出なかった。


「私も、お兄様を愛しています」


 やっと言えた。

 お兄様が私の返事を聞いている。それが嬉しくて、恥ずかしくて、今まで隠していたことまで言いたくなった。


「ずっと前からです。お兄様が誰かと踊られるのも、私の知らない方のお話をなさるのも嫌でした。でも、私は妹だから。妹なのに、こんなふうに好きになってはいけないと思って」


 家族なら、抱きついても許される。お兄様と呼べば、近くにいても誰にも咎められない。その優しさに甘えながら、本当に欲しい返事を聞くのが怖かった。

 妹として大切だと言われてしまったら、もう何も望めなくなる。


「ずっと、我慢していました。お兄様のおそばにいられるなら、それ以上は望まないようにしようと。でも、できませんでした」

「もう、我慢しなくていい」


 お兄様は私の涙を見て、優しく言った。

 私は泣きながら笑った。今夜は笑ってお祝いしなければと思っていたのに、ちっともうまくいかない。


「はい。私を、お兄様のお嫁さんにしてください」


 お兄様が嬉しそうに笑った。

 その顔を、誰よりも近くで見ていた。私を選んでくれたことも、私が選んだことも、もう間違えようがなかった。


「ありがとう、マチルダ」

「こちらこそ。でも、今夜だけでは嫌ですよ」

「何がだ?」

「最初に誘ってくださることです」


 お兄様は、私を見て微笑んだ。


「これからも、最初にお前を誘う」


 私は頷き、最後のステップを踏んだ。

 曲が終わるまで、お兄様は私の手を離さなかった。

2026年09月20日 20時00分 次話アップロード予定です。

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