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婚約破棄されましたが、最強のお兄様がただでは済ませません  作者: 百鬼清風
第一部 王太子の婚約者

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第17章 最初のダンスは、これからも1

 王宮の広間で、私はヘンリー国王の隣に立つお兄様を見つめていた。

 白い上着の襟と袖には金糸の刺繍、肩から濃紺のマントを掛けている。お兄様の為に用意された、王太子としての衣装だ。黒髪にも、青灰色の瞳にもよく似合っていた。私が選んだ服ではないことが、少し寂しかった。


「アーサーを、我が国の新たな王太子とする」


 ヘンリーの宣言に、広間中から拍手が起こった。

 お兄様が一礼する。すぐ前では宰相のリチャード・ヨーク公爵が拍手を送り、その近くに近衛騎士団長のガレス・ヘイルと、レオポルド様の父であるヴィクター・ハワード侯爵がいた。

 私も手を叩いた。お祝いするために来たのだから、笑っていなければ。


 お兄様が立つ壇の前には、大勢の貴族が並んでいる。これから一人ずつ挨拶をするのだ。家で顔を合わせる時なら、私がお兄様と呼べばすぐに振り向いてくれる。けれど、今ここで呼びかけることはできなかった。

 私以外にも、お兄様と話したい方が大勢いる。

 これからは、そういう人がもっと増えるのだろう。


「マチルダ。苦しくはない?」


 隣のマリアンヌが尋ねた。私を養女として迎え、育ててくれた母だ。ドレスの腰を気にしているらしく、私は白いスカートに触れてから首を横に振った。


「大丈夫です、お母様。少し、緊張してしまって」

「無理をして笑わなくてもいいのよ」


 そう言われると、かえってうまく笑えなくなった。

 マリアンヌの向こうでは、セドリックが訪れた貴族へ挨拶を返していた。アシュフォード男爵として、お兄様を育てた父として、今夜は何度も祝いを述べられている。


 私はお兄様を見た。

 国王の横にいるお兄様は、私が誇りに思ってきたとおりの方だった。それなのに、遠い。近づこうとすればすぐに行ける距離なのに、いつものように隣へ立ってはいけない気がした。


「お嬢様、リボンが少し」


 入口近くに控えていたクララが来て、私の髪の淡青色のリボンを結び直してくれた。

 いつの間にか、自分で触って緩めてしまっていたらしい。


「ありがとう、クララ」

「皆様へのご挨拶が終われば、アーサー様もこちらへいらっしゃいます」

「ええ。分かっています」


 分かっているのに、待つのがつらい。

 お兄様は、もう私だけのお兄様ではなくなった。国中の人に求められて、やがてはふさわしい姫君を妻に迎えるのかもしれない。そうなっても私は妹なのだから、祝福しなければならない。

 妹なら、それができるはずだった。


 私はクララに礼を言って、広間の端へ歩いた。

 途中で、学園長のベアトリス・ウィクリフに会った。銀縁の眼鏡も、はっきりとした話し方も、学園でお会いする時と変わらない。隣には剣術教官のトバイアス・グラントもいた。


「マチルダさん。よい夜になりましたね」

「ありがとうございます、学園長」

「今日のお祝いは、遠慮せず楽しんでください」


 トバイアスも頷いた。いつもの木剣を持っていない教官を見るのは、不思議な感じがした。

 二人にお辞儀をして先へ進むと、窓の近くにマーガレットがいた。父のオズモンド・ブラウン公爵の隣で、こちらを見ている。少し離れたところには、同じ一年生のドロシー・ムーアもいた。

 マーガレットと目が合い、私は会釈した。彼女もお辞儀を返したが、お互いに近寄ることはなかった。


 挨拶を終えたお兄様が、国王の横を離れた。

 楽団がダンスのための曲を奏でる準備を始める。私は踊る人達の邪魔にならないよう、壁際へ寄った。



 私が壁際で待っている間に、お兄様の姿は集まった令嬢達に隠れてしまった。

 国内の貴族の娘だけではない。遠方の国から祝いに訪れた姫君達もいる。長い裾を引くドレスや宝石の髪飾りが重なり、誰もが少しでも近くでお兄様と話そうとしていた。


「殿下は、どのような曲がお好きですか?」

「我が国では、今夜のような宴には必ずこのダンスを踊りますの」


 返事が終わるのを待たずに、別の方が話しかける。

 まだ誰も誘われていない。だから、皆様が待っているのだ。新しい王太子が最初に誰と踊るのか、私も気になって仕方がなかった。


「そんな端にいたら、見つけにくいでしょ」


 アリス様が私の横へ来た。ジュリアン会長とレオポルド様も一緒だ。生徒会の皆と会えたことにほっとしたのに、お兄様を見ていたのが分かったと思うと、少し恥ずかしい。


「アリス様。皆様が踊られるので、私は」

「あなたも踊るでしょう?」

「お相手がいれば」

「いるじゃない」


 アリス様は、令嬢達に囲まれたお兄様を見た。

 簡単に言わないでほしい。今夜からお兄様は王太子なのだ。私が妹だからと近づいていったら、あの方達はどう思うだろう。


「皆様、お兄様からのお誘いをお待ちですから」

「マチルダは待っていないの?」


 返事ができなかった。

 誘ってほしい。ここへ来てほしい。どうして私だけは、何も望んでいないようにしていなければならないのだろう。

2026年09月20日 12時00分 次話アップロード予定です。

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