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婚約破棄されましたが、最強のお兄様がただでは済ませません  作者: 百鬼清風
第一部 王太子の婚約者

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第9章 妹を狙った代償1

 夜も更けようとする頃、アーサーは自室の机で本を閉じた。


 扉を叩く音は二度。家人が私室を訪ねる時のものではない。アーサーが入室を許すと、廊下から入ってきたクララは扉を閉め、鍵を掛けた。

 マチルダ付き侍女のクララには、主人の身の回りの世話以外にも任務がある。アシュフォード家の諜報網を取り仕切るのも、彼女の役目だった。


「ご報告いたします。王太子派に潜入させたアシュフォード家の諜報部員から、先ほど連絡が入りました。殿下の側近が灰狼傭兵団へ、アーサー様とマチルダ様の殺害を命じています」


 アーサーは椅子の背へ体を預けたまま、考えた。彼に驚きはない。トリスタンの退学を、自分の権威に対する侮辱と受け取る人物である。側近達が次に何をするかは、いくつか想定していた。


「方法は?」

「実行は次の登校日。場所は王都と学園を結ぶ街道のうち、林に挟まれた区間です。《グランド・デトネーション》で馬車ごと破壊し、闇系のステルス魔法《サイレント・ヴェール》で姿と物音を隠して撤退する計画です」

「依頼を手配した者は」

「ナイジェル・フェアファクスです。現在、王都北区の夜会へ出席中。帰路も確認済みです」


 フェアファクス伯爵家の次男であり、王太子派の裏の手配を担う二年生。アーサーは学園で何度か姿を見ていたが、言葉を交わしたことはない。


「殿下にも困ったものだ」


 アーサーは溜息をつき、本を机の端へ寄せた。


「馬を。俺の強化鎧も頼む」

「準備済みです」


 クララはそれだけ答えた。ナイジェルの外出を報告する以上、アーサーが何を選ぶかまで見越していたのだろう。


 屋敷の奥にある、窓のない部屋へ移る。クララが壁際の収納を開けると、黒と赤、二領のフルプレート型の強化鎧が並んでいた。どちらも兜から足先まで肌を隠し、体格も判別しにくいよう作られている。


 アーサーは鎧下へ着替えた。黒い胸当てを留め、腕と脚を覆い、最後に面頬付きの兜をかぶる。クララも赤いフルプレートを装着し、三つ編みを兜の内側へ収めた。

 身支度を終えたアーサーは、何もない空間へ右手を差し入れた。水面に触れたような波紋が広がり、その奥から剣を引き出す。


 聖剣ソードウルフ。アーサーが自らの魔法で作った、全力を振るう時にだけ手にする切り札である。白銀の細身の刀身を持ち、普段はアーサーだけが開閉できる異空間に収められていた。

 アーサー自身が使えるのは水と国秘である系統外魔法だが、ソードウルフには長年蓄えた魔力と六基本属性の術式が保存されている。剣を装備すれば、本人にない火、風、土、光、闇も補われ、六基本属性の全てを実戦で扱える。


 今夜の行動は勅命を受けた任務ではない。マチルダを狙った者を排除すると、アーサー自身が決めたことだった。


 アーサーはソードウルフを腰へ下げた。


 厩舎では、真っ黒な青毛と鹿毛の二頭が、鞍を着けて待っていた。アーサーは青毛の馬に、クララは鹿毛の馬にまたがり、裏門から屋敷を出た。


「出るぞ」

「承知」


 二騎は屋敷を離れ、夜の王都へ駆け出した。



 眠る前にカーテンを閉めようとした私は、裏庭を進む二頭の馬に気づいた。

 先を行くのは青毛の馬。乗っている人は、顔まで隠れる黒い鎧を身に着けている。その後ろには、赤い鎧の人を乗せた鹿毛の馬が続いていた。


 顔は見えない。それでも、黒い鎧の腰にある剣と、二人の乗り方を見間違えるはずがなかった。

 お兄様とクララだ。


 こんな時刻に、素性を隠す鎧で出かける。二人が私に告げずに動くのなら、きっと私に関わる何かが起きたのだろう。

 窓を開けて呼び止めることはできた。けれど、私は窓枠に触れたまま、二人が裏門を抜けるのを見送った。


 お兄様が誰かに害されるとは思っていない。私が知る限り、この国でお兄様を力ずくで止められる人はいないからだ。クララも、何の備えもなく危険な場所へ同行する人ではない。

 それでも、万が一という言葉だけは消えてくれなかった。


 馬蹄の音が聞こえなくなってから、私はカーテンを閉めた。ベッドへ入る気にはなれず、燭台の灯りを残したまま椅子に座った。


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