第5章 敗者の昼食2
短いやり取りの後、私達はそろって配膳口へ向かった。私は白パンと鶏肉のクリーム煮を少なめで頼んだ。お兄様は同じ煮込みを普通盛りで頼み、蜂蜜入りの小さなパイも一つ加えた。それぞれ料理の皿を載せたトレーを受け取る。
王太子派から離れたテーブルへ並んで座る。ただ同じ卓に着いただけなのに、今朝の決闘より珍しい出来事を見たような顔をされている。
レオポルド様の皿には、黒パンと厚切りのステーキが盛られていた。丸ごとの林檎は別の小皿に載っている。
「先に申し上げますが」
私は膝の上で指をそろえた。
「決闘の続きをテーブルでするつもりはありません」
「では、何を話す」
「何がお好きですか」
レオポルド様が固まった。
今朝、訓練剣を喉元へ止められた時でさえ、これほど驚かなかったのではないだろうか。
「食べ物の話か」
私はテーブルの上を示した。
「せっかく昼食をご一緒するのですから」
「昼食にしては、ずいぶん肉が多いね」
お兄様が、レオポルド様の皿を見て平然と答えた。
「そうだな、確かに多い」
レオポルド様は自分の皿を見下ろし、初めて少しだけ気まずそうな顔をした。
「辺境の訓練へ同行することが多い。腹にたまる物を選ぶ癖がある」
「レオポルド様は辺境へも行かれるのですね」
「父の隊に加わることがある。見習いとしてだが」
誇るような言い方ではなかった。できることと、まだ任されていないことをきちんと分けている。決闘の敗北を認めた時と同じだ。
私が林檎を見ると、レオポルド様が小皿をテーブルの中央へ押し出した。
「食べるか」
「よろしいのですか」
「三人で分けるつもりだった」
お兄様が食事用のナイフを手に取った。
「切り分けても?」
「頼む」
お兄様は林檎を四つに分けた。
「マチルダは半分でいい?」
「はい。ありがとうございます」
お兄様は二つを私の皿へ置いた。種はきれいに取り除かれている。
「先輩の分は?」
「俺は一つでいい」
お兄様は一つをレオポルド様の皿へ置き、残りを自分の皿へ置いた。
私は、お兄様が私のために追加してくれたパイの小皿を、レオポルド様へ差し出した。
お兄様がそのパイを見た。
「それはマチルダの分だよ」
「でも、林檎をいただきました」
「分けるために取ったと言っただろう。礼は要らん」
レオポルド様が、そう言ったので、私はパイを自分の前へ戻した。
それから三人で昼食を食べ始めた。私は林檎を一口かじる。甘かった。
「今日は煮込みを少なめにしたんだから、そのパイも残さず食べること」
「はい」
会話はそこで途切れたけれど、先ほどまでの沈黙とは違う。もう互いの言葉を警戒して黙っているわけではない。三人でそれぞれの昼食を食べる時間だった。
やがてレオポルド様が、私の前にあるパイへ顎を向ける。
「兄君の命令を忘れているぞ」
お兄様はすぐに訂正した。
「命令ではありません。お願いです」
「どちらでもいい。残すなと言われたのだろう」
「いただきます」
パイを二つに割ると、中から蜂蜜の香りが広がった。半分を手に取ったところで、つい隣へ差し出しかける。
「お兄様も――」
「今日は全部、マチルダが食べなさい」
「……はい」
私は手にしていた半分を口へ運んだ。
レオポルド様が低く含み笑いを漏らした。
笑われた理由が分かるまで、少しかかった。
「何がおかしいのですか」
私が尋ねると、レオポルド様はお兄様を見た。
「決闘では一歩も譲らなかった男が、妹の食事には細かいと思っただけだ」
お兄様は笑わずに答える。
「妹の体調は勝負より大切です」
レオポルド様が苦笑した。
「真顔で言うな。反論しにくい」
お兄様は不思議そうに私を見る。けれど、私にもどこが笑うところなのか分からない。
話している間に、私は残りのパイも食べきった。
予鈴が鳴り、食堂の生徒達がトレーを持って立ち始める。
レオポルド様は空になった皿を重ねてトレーへ載せ、椅子を戻した。私も食器を重ねながら、次の言葉を迷う。今日の昼食だけで終わりにしたくはなかった。
「レオポルド様」
「何だ」
「明日も、お一人でしたら」
私は空いた椅子へ触れた。
「また、ご一緒してください」
レオポルド様はすぐには答えず、王太子派のテーブルを見た。そこではもう誰も彼を見ていない。やがてこちらへ目を戻すと、右手のストラップを一度だけ確かめた。
「一人ならな」
「はい」
私が頷くと、レオポルド様は革手袋から手を離した。
「それと、兄君。俺に様は要らない。決闘をした相手に付けられると落ち着かん」
「では、レオポルドで」
「急に近いな」
「妹君も、同じで構わん」
「お気遣いありがとうございます。ですが、レオポルド様は三年生ですから」
レオポルド様は少し意外そうにした。
「昼食をご一緒した相手ですから」
「お前達の距離の決め方は、どうなっている」
今度こそ、彼ははっきり笑った。
敵意のない笑い声を残し、レオポルド様は返却口へ向かっていく。
友人になった、と呼ぶにはまだ早い。けれど、明日も一人なら同じ卓へ来てくれる。
一人ならな、と答えたレオポルド様の声を、私はもう一度思い返した。
2026年09月01日 07時00分 次話アップロード予定。
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