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アウストロメリアの炎  作者: 白月一
第四幕:虚空の英雄

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第六十四話:対価

 カランたちは、延焼する森の縁に沿って西へ駆けていた。

 先頭は、斥候能力に優れたルナリ。その後ろを進むナリヤを中央に置き、まだ火の回っていない森側を、防御力に優れるダーバルが固める。反対の炎側にはカランがつき、絶えず熱と火勢を抑えていた。

 四人で組める、最大限の警戒陣形だった。


「残った三人は……」


 戦場から離れ、いくらか気力を取り戻したのか、ナリヤが遠慮がちに口を開いた。


「分かりません」


 カランは周囲への警戒を続けたまま答えた。


「無事、でしょうか」


「分かりません」


 分かるはずがない。

 別れてから、どれほどの敵がミラリたちへ向かったのか。それどころか、三人が今も共に行動しているのかさえ確認する術はなかった。


「本当に、これでよかったのでしょうか」


「ナリヤ殿下」


「は、はい」


「今は森を抜けることに集中してください」


「……申し訳ありません」


 叱責されたと思ったのか、ナリヤの声が沈む。


「良いか悪いかではありません。あれが最善だった。それだけです」


「ですが……」


「すでに決断したことです。今戻れば、残った三人の覚悟を無駄にします」


 カランたちを逃がすために、ミラリはその場へ残った。

 ここで引き返せば、彼女が作った時間を自分たちの手で投げ捨てることになる。合流できたとしても、分断した敵を再び一か所へ集めるだけだ。


「はい」


 ナリヤは俯きかけた顔を上げ、懸命に前を向いた。


「カラン」


 先頭を走るルナリが、振り向かずに名を呼んだ。


「どうした」


 何かに気づいたのか。あるいは、近づく敵の気配を捉えたのか。研ぎ澄まされたルナリの感覚には、残る三人を束にしても到底及ばない。


「よかったの?」


「……お前もか」


 何事かと思えばナリヤと同じ問いだった。カランはわずかに目を細める。


「班長はミラリ先輩だ。その指示に従うのが——」


「よかったの?」


 カランの説明を、ルナリはまったく同じ言葉で遮った。


「……」


 ルナリが尋ねているのは、命令の正当性でも、選択の合理性でもない。

 カランがどう思っているのか。ただ、それだけだった。


「よかったの?」


 三度目の問いにも、ルナリは振り向かなかった。


「……ああ」


 カランは短く答えた。


「そう」


 ルナリは、それ以上何も聞かなかった。

 ダーバルは何か言いたげにカランを見た。だが、今は警戒を優先すべきだと判断したのか、それとも珍しく空気を読んだのか、結局口を開かなかった。

 それからしばらく、四人が地面を蹴る音と、炎の弾ける音だけが続いた。

 行く手の木々は次第にまばらになり、枝葉の隙間から差し込む光が少しずつ強くなっていく。

 再び一行が口を開いたのは、森を抜ける直前だった。


「もうすぐ」


「森の外か」


 ダーバルが、詰めていた息を吐き出すように顔を上げた。


「うん」


 ルナリはそこで足を緩め、初めて振り返った。


「カラン」


「なんだ」


 その表情はいつもと変わらない。桃色の偽瞳孔は真っ直ぐカランを捉えていた。


「後ろ、誰もいない」


「ならいい」


 追手がかからなかったのなら好都合だ。


「でも、前にいる」


「え……?」


 ナリヤが不安げにルナリとカランを見比べた。


「数は?」


「さっきより、ずっと少ない」


 カランの判断は早かった。


「突破する」


 ここまで進んでしまった以上、引き返すのは論外だ。

 仮に進路を変えたところで、一度先回りされた相手に再び回り込まれない保証もない。敵の数が先ほどより少ないのなら、包囲が完成する前に正面を破るべきだった。


「殿下は後ろに」


「は、はい」


 ナリヤは緊張した面持ちで頷き、走る速度を緩める。


「ダーバルは前に」


「おう」


 ダーバルは迷うことなく前へ出る。

 左右の鋏を開き、森の出口へ深青の巨体を向けた。


「ルナリも後ろに」


 ルナリは自分で自分の配置を決めた。


「好きにしろ」


 今さらだった。

 カランは燃え盛る森から熱を集めるように左手を握った。

 先頭を走るダーバルが、一足早く森から飛び出し、勢いそのまま森の出口で仁王立ちしていた”ツノ持ち”に躍りかかった。

 遅れて森の縁で足を止めたカランは、即座に戦況を分析する。

 ダーバルが攻撃を仕掛けた”ツノ持ち”は二又角の赤背。さらに周囲には複数の毒尾の姿。

 異形の民の連合も、こちらを追って戦力を分散させたのか、デカポダの姿はない。川を下り、海に近い東へ迂回したとみていいだろう。五本角の黄白もいない。おそらくはデカポダとともに東側へ。

 そして、長角の薄青も確認できない。海側にはミャンジンの援軍がいる可能性が高い。それを警戒して東へ向かったのかもしれない。西へ抜けた判断が功を奏したか。

 なんにせよ、この規模なら突破は可能だ。

 カランは思考を止めぬまま、左手を前方へ振り抜いた。


「「ギャアアア!!」」


 それだけの動作で火炎は渦を巻き、毒尾を飲み込んだ。

 火炎から逃れた毒尾は四方八方へ散り、岩陰から岩陰へと姿をくらます。


「よっと」


 ダーバルが後ろ跳びでカランに合流した。


「あいつ強いぞ」


 赤背はダーバルの一撃を弾き返し、こちらへ距離を詰めようと腰を落としていた。


「そうか」


 カランは指先を赤背に向ける。

 五本角もそうだったが、今まで見たことのない形状の角だ。人類圏と接触しない空白地帯からわざわざ出てきたか。

 再び火炎は渦を巻き、赤背に迫ったが、地を蹴って軽く躱された。

 それを想定していたカランは次々に炎の渦を放つ。背後には燃える森がある。そこから熱を調達すれば、消耗は少なくなる。カランは次々に炎の渦を呼び出した。


「化け物め」


 巌のような低い声。赤背の声だった。

 カランの連続攻撃を躱すたびに、どんどん森から距離をとる。


「KISYAAAA !!!!!」


 攻撃を背赤に集中させるカランを、格好の的だと思ったのか、一体の毒尾が岩陰から飛び上がった。


「……」


 カランは見向きもしない。

 新たな炎の渦が、宙を舞う毒尾を消し炭にした。


「オレ必要?」


 その様子を見たダーバルは、肩をすくめた。


「接近されたら迎撃しろ」


「そりゃ、するけどさ」


 ダーバルは情けない声でそう言った。


「このままならそれでいい」


 カランは静かに告げる。


「あの”ツノ持ち”が、距離を取り続け、最終的に逃げ出したとしても、それでいい」


「倒さなくていいのか?」


「突破できれば構わない。脱出が最優先だ」


「おお、了解」


 そのとき、背後で炎が爆ぜる音がした。


「カラン」


 樹上からルナリの声が降ってくる。ルナリは、後ろどころか枝葉の中にしっかり身を隠していた。


「何かくる」


 炎が爆ぜたのは、カランの術ではない。


「ダーバル」


「まかせ——」


 言い終わる前にダーバルの巨躯が弾き飛んだ。着地もままならず、荒野に砂塵を巻き上げながら転がる。

 地鳴りと共に森から飛び出した、もう一つの青い巨躯が荒野に着地した。


「……」


 おそらく、先ほど散った毒尾が森の外縁に待機する仲間を経由し、薄青へこちらの位置を伝えたのだろう。長角の薄青は、その報せを受けて燃える森を一直線に駆け抜けてきた。

 カランは樹木を背にして、森からの視線を遮るようにして立っていた。だが、ダーバルは巨体ゆえに視界にすぐ入ったのだろう。そうでなければ、カランは死んでいた。

 ダーバルの安否は——。


「またお前かよ……イテテ、背中で助かったぜ」


 無事だった。

 今度は森を全速力で駆け抜け、その勢いを乗せた一撃だ。だがダーバルは立ち上がる。最も分厚い背甲で受けたからこそ、凌ぐことができた。


「おい、薄青の」


 二又の赤背が、焼けた肩の煤を払った。


「……なんだ」


 呼びかけられた薄青の”ツノ持ち”は、静かに応じた。


「話が違う。クルクリオ一群では割に合わぬ」


 カランは有無を言わせず炎の渦を放ったが、薄青は一飛びで躱し、赤背の隣に降り立った。


「ここで降りるのは許さぬぞ」


 薄青としても、一人ではカランを狩りきれない。どうしてもダーバルの存在が邪魔をする。


「わかっている。だが、もう一群よこせ」


「よかろう」


 薄青は迷いなく承諾した。


「グンダではないぞ。ボルナの一群をよこせ」


「……掛け合おう」


 ボルナとグンダが何を指すのかカランにはわからなかったが、薄青は渋々とそれも引き受けた。


「違えるなよ」


「二言はない」


 謎の交渉は手短に終わった。


「して、どうする」


「先にデカポダを狩る。その間、術使いを抑えろ」


 赤背はカランの連撃をかいくぐって距離を詰めることができなかった。倒すのではなく抑えるだけなら、それで充分なのだろう。


「抑えるだけでいいんだな?」


「構わん」


 二体が短い言葉を交わす間に、ダーバルも復帰した。


「オレの相手はお前か」


「…………そうだ」


 薄青は静かに答えた。


「お前も話すんだな。あの爺さんはもっとおしゃべりだったぞ」


 ダーバルはクツクツと笑った。


「やはり、お前が老将の”角折り”をしたデカポダの戦士か」


「お?やっぱり知り合い?」


「……知己ではない」


 やはり、単純な同盟ではないのか。


「あっそ」


 しかし、ダーバルはそんなことには露ほどの興味もなかった。


「決闘を申し込む」


 薄青が声を大にした。


「ほう」


「お?」


 その言葉に、背赤は感心したように声を上げた。対してダーバルは困惑の声で返した。


「我ら戦士が一対一で勝負をするときは必ず決闘を申し込む。互いの誇りを賭けた戦いだ。無論その間、他の者の手出しは無用。返答や如何に」


 決闘は、戦う者の“ツノ”が折れるか、どちらかが命を落とすまで終わらない。彼らからすると、どちらにせよ全てを賭けた戦いだ。

 もっとも、ダーバルの額角は、その”ツノ”に相当しない。つまり、敗北条件は命を落とすことだけだ。


「だってよカラン。どうする?」


 ダーバルは、どこ吹く風といった顔でカランに聞いた。


「好きにしろ」


 カランもなんでもないように返した。カランからすると好都合だ。背赤の反応からしても、薄青の言葉に嘘はないだろう。だが、カランが彼らの流儀に則る必要はない。赤背を討伐しきれば、その後は決着を待たずに高火力で薄青を焼けばいい。


「おー。じゃ、やるか。決闘」


 こともなげにダーバルは決闘の申し出を受けた。


「いざ尋常に」


 薄青が腰を落とす。


「おう」


 ダーバルも鋏を構えた。


 決闘が始まる。

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