番外編:器用術士の午後
私はその日、いつものように暇を持て余し、兵舎をあてもなく歩いていた。
仕事がないわけではない。
ただ、手際が良いだけだ。部下の個性を把握し、各々に合った仕事を割り振る。そうすると自然と私の手元には仕事が残らなくなるだけ。
べつに他者に押し付けているわけでも、サボろうとしているわけでもない。むしろ私が隊長になってからの方が楽になったと、第二連隊の面々は口を揃えて言う。
「おっ」
兵舎の二階に上がったところであてを見つけ、思わず目を輝かせた。
「カランくんはっけ〜ん!」
口を開くと同時に颯爽と目的の人物の背後に回り込む。
「何してるの?」
手元を覗き込んでみると、私のあてこと第一戦団第一連隊付き独立遊兵のカランくんは、事務机に向かって書類仕事をしていた。
「見ての通りです」
「珍しいね」
カランくんが書類と向き合っている姿はなかなか拝めない。だがそれは、彼に書類仕事が割り振られていないからではない。独立遊兵は戦闘時に自由行動を許される代わりに、その行動理由や結果の報告を求められる。それだけの報告義務があるにもかかわらず、彼が書類仕事をしているところを滅多に見かけない。理由は私と同じ。ただ、手際が良いだけだ。
「邪魔しないでください」
なんてことを言うやつだ。
「手伝ってあげようか?」
どうだ、優しい先輩だろう。
「必要ありません」
新入隊時に教育係を務めてあげた私相手にこの態度だ。教育に失敗したなと同僚にはからかわれたけど、それは絶対違う。こいつがこうなのは私のせいじゃない。
「ねえねえ」
後ろから頬をツンツンとつついてみる。
「……なんですか」
彼は煩わしそうにしながらもこちらを振り向いた。声色こそ億劫な響きだったが、その顔には感情らしい色が何一つ浮かんでいない。
本当に愛想がない。それでも昔と比べれば随分と人間らしくなったのだ。
彼の新人時代など、こんなものではなかった。
そう、あれは確か——
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これは私がまだ、第四連隊第三分隊長だった頃の話。
「今日からお前の分隊に入るカランだ」
そう言ってカランくんを連れてきたのは、当時まだ第一戦団第三連隊長だったダルミンだ。あれ?この頃からダルミン戦団長の顔変わってなくない……?まぁいいか。ともかく、それが私とカランくんの初対面だった。
「カランです。よろしくお願いします」
血が乾いたような色の瞳をした少年だった。その眼差しは、人というより獲物を見定める猛禽さながら。
目つき悪すぎ。値踏みするように見るのを隠そうともしないし。これから上司になる相手をどんな目で見てるんだこいつは。だが、大人のお姉さんな私は、彼のそんな態度を華麗に受け流した。
「うん、よろしくね。私がミラリ。困ったことがあれば何でも——」
「ありません」
「まだ最後まで言ってないんだけど?」
まだ最後まで言ってないんだけど!信じられる!?先輩に対して!
「ま、まあいいや、うん。せっかくだし、ご飯でも食べながら話そっか」
さすがの私もびっくりしたよね〜。なんて生意気なやつだって。でも、本当に驚いたのはこの後。
「必要ありません」
「え?」
「失礼します」
そう言い残して彼は本当に帰った。
「……は?」
「……ああいう、やつらしい」
ダルミンは片手で顔を覆いながら言った。
「はあぁぁ!??何あれ!?信じられない!」
「そう言うな、お前だけが頼りだ」
「ダルミン連隊長の誘いならともかく私が誘ったのに断るってどういうこと!!?」
「そこかよっ!?てか、ともかくってなんだ!俺の方が先輩だぞ!」
こんな童顔でちっさ……少し背が低い男は舐められても当然だろう。だが私は大人のお姉さんなのだ。あの年頃の少年なら喜んで食事についてくるはずだ。むしろ誘え。
「てゆーかウチの連隊長は?新人が第四に配属されるのは慣例だけど、なんで第三連隊長が連れてきたの?」
第四連隊は守りの戦いを得意とする。第一戦団に配属された新人は、まず守る戦い方を覚えさせられる。
「……英気を養っているそうだ」
「サボりか」
「そうともいう」
「後でしばく」
「そうだな、そうしろ」
実際、しばいた。
「それよりあの新人だが」
「あの生意気くん?すぐ死にそう」
「いや、それが歴代最高成績で入団試験を突破したらしい」
「……まじ?」
「ああ。院長の肝煎りだ。あの人があんな素直に賞賛してるのは初めて見たよ」
アリンタ院長に逆らえる術士はいない。長らく王国最強の術士と名高かった女傑だ。自分に厳しく他者にも厳しい彼女からまともに褒められた術士なんて私以来だったと思う。でも、私だって難癖も一緒につけられた……まぁその難癖のおかげでちょっと術の理解は深まったけど。
「期待の新人ってやつか……」
「それは俺もお前も同じこと言われたけどな。おそらくあいつは格が違うぞ。生意気さもな」
ちなみに、ダルミンも私も、新入隊時は生意気だった。え?私は今も生意気?あーあ言っちゃった〜謝っても許さないよ?
そんなことよりカランくんは、生意気以上に優秀だった。それもとんでもなく超優秀。もちろん生意気さも負けてなかったけど。
いざ戦場に出れば——
「右から”平鎧”の集団!くるよ!」
「倒しました」
「え!?」
「正面、”ツノ持ち”きます」
「うあ!?迎撃体制!」
「必要ありません」
「はあ!?」
「倒しました」
「はああぁぁ!!?」
初めての壁外任務、想定外の戦闘だったのに、軽々”ツノ持ち”を焼いちゃったもんだから、このときはむしろ戦闘後に盛り上がる団員を鎮める方が大変だった。
急に単独行動を取るものだから——
「何で勝手に配置を変えたの?」
「合理的だったからです」
「だからってね」
「結果はご覧の通りです」
「先に言えって話をしてるの」
「説明している時間が無駄でした」
「ああもう!正論っぽく言えば何でも通ると思うな!」
「正論です」
「始末書」
「……」
ちなみに、提出された始末書には、自分の行動がいかに効率的で正しかったか、理路整然と書き連ねられていた。連隊長に見せたら声をあげて笑ってた。こっちの気も知らないで……。
書類仕事をさせても——
「ええっと、この書類はね」
「必要ありません」
「は?」
「この項目は無駄です。こちらは別の報告書と内容が重複します」
「そ、そうだね」
「先日の戦闘報告書です」
「あ、うん……もう終わったの?!」
「では失礼します」
「え、ちょっと!?」
このあと追いかけてご飯に誘ったんだけど、また断られた。ほんと腹立つよね。
でも、そんなカランくんが私に少し興味を持ったことがあった。
「風術の貴族家出身と聞きました」
「そうだよ」
そう、私は風術最大派閥の貴族家、それも本家筋の出身だった。本当ならお姫様ともいえる……いや、今さら恥ずかしいけどね、姫様、お嬢様とか、そんなの。
「戦闘では、あまり使っているのを見かけませんが」
「まーね。使い勝手悪いし」
最大派閥なんて言っても、風術は凋落して久しい。火、土、水よりも使いどころが難しいのだ。
「そうですか」
「うん。今は水術の門下だし。一応」
一般に術士の才能が開花するのは五歳から七歳と言われている。けど、私の術の発現は早かった。三歳になったときには風術が使えた。
「ですが、土術も使いますよね」
さらに五歳で土術。この時点で神童って呼ばれてた。そして七歳になったら水術も使えるようになった。没落気味だった実家は、それはもう喜んだ。複数の術を使える術士は珍しくないけど、それを七歳で三種類ともなると、前代未聞だったらしい。どう?すごいでしょ。
八歳になったころには婚約の打診やお見合いの申し込みが、毎日のように舞い込んだ。これが第一のモテ期かな。私の両親は婚約なんて簡単には許さなかった。もしこのまま火術まで発現したら、それは四系統を合わせた術って言われてる炉術を扱える可能性を秘めていて、初代王の再来とか言ってた。
お前は王家に連なるんだってのが父の口癖だった。
「まあね。一時期は土術の門下にいたし」
そして私は、九歳になったとき、本当に火術を発現させた。でもそれは誰にも言わなかった。初代王の再来も、王家との婚約も、私はごめんだった。それから数年、火術だけは隠し通した。けれど、年齢を重ねるほど持ち込まれる縁談は増えていった。とうとう我慢できなくなった私は、家から逃げるように飛び出し、土術の門下へ転がり込んだ。そしてすぐに生産術士として名を馳せた。まあ楽勝だよね。
「その流派には何か問題でも?」
でも実力を発揮し始めてすぐに、その流派の家に入れって言われたから、また飛び出した。
「いや?そんなことないよ。自分の可能性を模索しただけ」
そうして、水術の名門に辿り着いた。その時できた友達に無理に結婚なんてしたくないと相談したら、「術士兵団なら実力次第で我を通せる」って言われて……多分そう言ってた。そして入団試験を受けた。さすが私、一発合格。ちなみに第一戦団に配属されたときの教育係は、その時から同じ顔のダルミンだった。
「なるほど」
「そ、だから私は、風術最大派閥の家を飛び出して、土術の流派を蹴り飛ばして、水術の門下でふんぞり返ってる女ってわけ」
「火術は使えないのですか?」
す、鋭い。内心ドキッとしたよね。
「使えるわけないじゃん」
「……」
多分、うまくごまかせたと思う。
「……なにさ?」
「いえ、何も」
多分ね。あれ?大丈夫だよね?
「というか、もうちょっと驚かない?」
「珍しいことと驚くことは同義ではありません」
「君ねぇ……あ、そうだ、話するならご飯——」
「用事があります」
「じゃあ明日でも」
「用事ができます」
「つ、く、る、な!」
確かに優秀。でも無愛想。おまけに生意気。仕事はできる。それなのに、なぜか手がかかる。
私はムキになってしょっちゅう食事に誘って、カランくんは何かにつけて断った。失礼なやつだよね。おかげで変な噂まで流れた。そもそも、私はそういった話が面倒で第一戦団を選んだというのに。
いや、何の話だ。
年下だし、話は通じないし、可愛げもないし。顔は……まぁいいかもしれないけど。そもそも向こうが私をそういう目で見るはずがない。私自身は大人の魅力むんむんのお姉さんだけどね?
いや、だから何の話だ。
手がかかる後輩ほど可愛いということ。
そういうことにしておいた。
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「それで、何か用ですか」
カランくんの声で、私は意識が引き戻された。
そうだった。私は昔のことを思い出すために頬をつついていたわけではない……意外と柔らかいな。
「あ、もう終わる?」
「はい。今終わりました」
相変わらずはっや。
「じゃあさ、この後一緒にご飯いかない?」
どうせ断られるけど。なんて文句言ってやろうか。
「いいですよ」
「はいはい。そうだよね知ってまし…………え?」
もはや、断られた後に何を言ってやるかの方が本題に…………今なんて?
「夕食ですね」
「……は?」
私は、断られたときの返事しか考えていなかった。
この後、今所属する水術の名門、さらにかつて門下だった土術流派、しまいには実家の風術派閥までにも手を広げて、縁故と人脈を最大限活用。私に用意できる最高の食事の席を整えた。
その後、また一つの噂が再燃したが——何の話かはわからない。
近頃は我が家の小さなガルンの民の世話に時間を取られて執筆がギリギリです。
番外編は私の気分転換にもなって楽しいです。案自体はたくさん残っています。いつ読んでも大丈夫な単話になるように意識していますが、極力本編のタイミングに合ったものを選ぶようにしています。
他の番外編もいつか出せたらいいな。




