第四十八話:知られざる意図
鎧人はなぜ王国へ侵攻し、都市を陥落させるのか。
「直近の作戦目標は、ワラネの攻略でしょう」
「それは先ほど聞いた」
「はい。ですが、ワラネの攻略によって何を得ようとしているのかは、わかりません」
カランは言葉を切った。
「都市を落とすこと自体が目的なのか、それとも別の目的を果たすために都市が障害となっているのか。それも不明です」
鎧人が農村や商隊を襲撃することがあれば、人類の遠征隊が遭遇した鎧人の群れを殲滅することもあった。これまで一切、言葉を交わすことなく、鎧人と人類は争ってきたのだ。だが、鎧人の群れの規模は数百から千ほどで、二千を超えることさえ稀だった。今になって大挙して侵攻してきた明確な理由はわからない。
「確実に言えるのは、敵の行動が略奪や一時的な襲撃ではないということです。二都市を陥落させ、キャンベラへ攻勢を仕掛け、今度は王都近郊へ進出した。王国の都市機能と軍事拠点を順番に排除しています」
「落とした都市を支配している可能性は?」
「低いと考えます」
「……聞こう」
「鎧人が人類の建物や制度を必要としている証拠はありません。都市を支配すれば、守備や住民の監視に戦力を割き続ける必要があります。それよりも、都市機能を破壊し、残った住民を排除して先へ進む方が容易です」
「皆殺しにしたと?」
その言葉にヤラミラは顔色を悪くした。想像するだけでも、あまりに凄惨な話だった。
「陥落前に逃げた者はいるでしょう。ですが、都市に残った者が組織的に生かされている可能性は低いかと。鎧人に利はありませんから」
カランの結論は冷たい。
「現在のタルナとナールムは、占領都市ではなく、都市として存在しなくなっている可能性があります」
「あくまで可能性、だ。目的次第では都市機能を利用し、住民を管理している場合も考えられる」
「はい」
カランの話を聞いてすっかり青い顔をしているヤラミラを慮ってか、ガルンダはそう付け加えた。ガルンダが言うように、この話はあくまで可能性の話である。カランは手に持ったままだった茶を飲み干した。
「では、改めて目的について聞こう。憶測で構わん」
ガルンダも残った茶を一息に飲み干して話の続きを促した。
「最も単純なのは、生息圏の拡大です。食糧不足や資源の枯渇など、現在の生息域が限界に達したため、人類の生存圏へ進出した」
「それは、軍でも真っ先に出た意見だ。海岸を目指している可能性はどう見る?」
河川と海路か、沿岸部にしかない資源か、あるいは海そのものを求めている説だ。
「あまり高くないかと」
「根拠は」
「海そのものが目的なら、わざわざ王国の沿岸を求める必要はありません。都市を攻略する必要はないでしょう。仮に王国の沿岸に特別求める理由があったとして、沿岸部に生息するデカポダとの衝突が確認されても良いはずです。しかし、デカポダからは救援要請の類は届いていません」
「ナールム市民が海路で避難できた理由も頷けるな」
「はい」
もし鎧人の目的が王国沿岸なら、避難するナールム市民が攻撃を受けていた可能性は高い。だが、避難民はそういった襲撃なく逃げおおせている。
「次に考えられるのは、さらに西方から別の勢力に押し出されている可能性です」
「あの鎧人がか」
人類は今まで鎧人に対して大きな打撃を与えたことがあるとは言い難い。どちらかといえば、人類は抗う側だった。鎧人に対しては嫌悪が先に立つ。だが、その奥にある種の畏怖がないとも言い切れない。
「生物として考えると、生息圏を変える理由としては珍しくありません。環境の変化、さらに強い集団、天敵の出現、原因はわかりませんが、鎧人が望んで東へ進んでいるとは限りません」
「確か、異種対策局も似たようなことを言っていたな。単に環境が合わなくなったか、さらに大規模な鎧人の群れか、それとも未知の存在か、山脈の先も生息圏であるなら何も断言はできんな」
ヤラミラは話に耳を傾けながらも、静かに茶を注いだ。招いたのはガルンダで、招かれたのはカランだ。ヤラミラも軍人として会談に加わっているが、ここでは客人を迎える家の者でもある。こういうときは、客人の会話を妨げず、必要なところへ手を行き届かせるのが良い女主人なのだと、母が言っていたのをヤラミラは思い出していた。
「三つ目は、人類そのものの排除です」
「理由は」
茶器の注ぎ口から流れる茶がわずかに乱れ、器の縁を不揃いに叩いた。さらに物騒なカランの推測に驚いたのか、単に不慣れだったのか、茶を注ぐヤラミラの手がかすかに震えたのだ。幸い、茶は一滴も器の外へこぼれなかった。ヤラミラは小さく安堵の息をつく。
しかし顔を上げたところでカランと視線が合った。ヤラミラはびくりと肩を揺らし、恥ずかしそうに身を縮めた。それから照れ隠しのように、無言でカランへ茶を差し出す。カランも無言で受け取り、話を続けた。
「それはわかりません。過去の怨恨か、なにか信仰でもあるのか、あるいは我々には理解できない事情かもしれません」
カランは手に持つ茶に映る自らの瞳と目を合わせながら、さらに続けた。
「もしくは、彼らの真の目的はワラネでもミャンジンでもない可能性もあります」
「王国の都市は、さらに進むための障壁に過ぎないと?」
「完全な憶測です。否定はできませんが、採用する証拠もありません」
茶をじっと見下ろすカランを見て、何か粗相があったのかとヤラミラは固唾を飲んだ。
「現時点の防衛計画に組み込む価値はありません。ただし、ワラネを守ればすべて終わると考えるのは危険です」
「それはその通りだな。落ちた都市を取り戻す前に、敵勢力が当分は立ち直れない程度には打撃を与える必要もある」
「はい」
カランは頷いてから茶に口をつけた。ヤラミラは再び小さく安堵の息をついた。
「生息圏の拡大、西方からの圧迫、人類の排除、大きく分ければその三つか」
「はい。互いに両立する可能性もあります」
「しかし、最も注意すべきは、奴らの目的が、ワラネの先にあるという場合だな」
「おっしゃる通りかと」
ここでいうワラネの先とは、さらに北にあるミャンジンだけのことを指すのではない。鎧人が人類圏を踏み越えた先に、何を求めているかという話だ。
敵がさらに先の何かを目指しているのであれば、目の前の軍勢を退けるだけでは終わらないかもしれない。
「もう一つ考慮する点があります」
「何だ」
「我々は先ほどから、鎧人の目的として論じています」
「それがどうした」
「鎧人全体が、ひとつの目的を共有しているとは限りません」
「確かに、”平鎧”はほとんど盲目的に”ツノ持ち”の指示に従うとされるな」
「はい。末端の”平鎧”に至るまで侵攻の理由を理解している必要はありません。”ツノ持ち”の命令にただ従っているだけでしょう」
「では、王国侵攻は”ツノ持ち”の目的だと?」
「その”ツノ持ち”さえ、さらに上位の命令に従っている可能性があります」
「……先ほどの、より強大な存在の出現というやつか」
「複数の仮説を組み合わせれば、考えられない話ではありません」
「数百の”ツノ持ち”を動かすともなれば、一考の余地があるか……ふぅむ」
ガルンダは腕を組んで背もたれに身を預けた。
「軍勢が行動する目的と、それを構成する者たちの望みは別ということでしょうか」
ガルンダの一瞬の沈黙を縫うようにヤラミラが口を開いた。会話を途切れさせないようにするのも女主人の役目だとヤラミラの母は言っていた。
「はい。我々も、兵士全員が国王陛下や軍務省と同じ判断をして戦っているわけではありません」
「それは……」
その例えに、ガルンダはわずかに眉を動かした。不敬とも取られかねない例えにヤラミラは早くも次の言葉を失った。
「不敬な例えですが、構造としては同じです。軍勢という手足は、命令を発する頭があって初めて動きます」
カランは少し率直すぎるところがある。その手足と頭の例えだけで良かったのではないかとヤラミラは内心で少しいじけた。もちろん表情には出さない。出ていないはずだ。
「鎧人の目的と、鎧人を動かしている者の目的が同じとは限りません」
「つまり、奴らの意図を知るには、誰が命令を発しているのかを知る必要がある」
「そうなります」
ガルンダは黙考する。
その沈黙を埋めるべきかとヤラミラは口を開きかけた。しかし声を発するより早くガルンダが身を起こした。
その間、カランは黙って茶を飲んでいた。
「ならば、次は指揮系統だ」
ガルンダは組んでいた腕を解き、そのまま両手を膝へ置く。
「数百の”ツノ持ち”を誰が動かしている?」
サブタイ:ヤラミラの女主人修行!




