第四十九話:測れざる統率
「キャンベラに攻勢を仕掛けた軍勢の比率をもとにすると、鎧人の総数を十万と想定した場合、”ツノ持ち”の数は三百ほどとなるでしょう」
術士兵団の最小単位である分隊は四名から六名で構成される。単体の”ツノ持ち”を正面から討伐するには、五名前後の術士が必要とされるためだ。
その基準に照らし合わせると、三百体の”ツノ持ち”を術士だけで正面から討伐するには単純計算で、千五百名の術士が必要となる。
術士院に登記された現役の戦闘術士の人数は、王国軍や都市軍に配属された士官術士がおよそ七百名。術士兵団におよそ八百名。合わせて千五百名だ。
つまり、三百体の”ツノ持ち”とは、王国中の戦闘術士を全て集めて、ようやく匹敵する戦力ということになる。
しかも、千五百名の戦闘術士を一か所へ集めることなど、現実には不可能だった。各都市、各要塞、各部隊には、それぞれ術士を残さなければならない。負傷者や任務中の者を除けば、王都防衛へ投入できる数はさらに減る。
対して、三百体という数字は、あくまで敵兵力を十万と仮定した場合の推計でしかない。実数が十万を超えれば、”ツノ持ち”も比例して増える可能性がある。
もちろん、実戦がそのような単純計算通りに進むわけではない。王国軍では一般兵も壁外の戦場に立つ。それに鎧人には”平鎧”がいる。”ツノ持ち”とも愚直に正面から戦う必要はなく、防衛時には城壁や塹壕といった設備がある。
それらを考慮しても、”ツノ持ち”三百体という数字だけで、王国の存亡を脅かす存在なのだ。
「鎧人の王国侵攻以前では、同時に出現した”ツノ持ち”は最大でも七体です」
「そうだな」
その七体の”ツノ持ち”が率いる鎧人の群れを相手取ったのが、ほかならぬ現役時代のガルンダの大隊だった。軍では今でも語り草らしい。
「記録板で拝見しました」
カランも当時の戦況を記した記録板を目にしたことがある。凄まじい激戦だったことが一目でわかる内容だった。
「概ね、その記録の通りだ」
ガルンダは当時を思い出すように目を細めた。
「最も古傷の多い一体が、ほかの”ツノ持ち”へ指示を出していた。そいつが動けば群れ全体が進み、止まれば”平鎧”も足を止めた。少なくとも、戦いの始めはな」
「途中で変化があったのですね」
「ああ。我々がその歴戦個体へ攻撃を集中させ、戦闘から離脱させた。だが、群れは崩れなかった」
その口調に軍功を誇るような色はなかった。昨日の出来事を確認するように、ただ淡々としている。
カランが読んだ記録板には、討伐数や部隊の動きだけでなく、死傷者の名も残されていた。ガルンダにとっては自らの武勲よりも、そちらの方が強く記憶に刻まれているのかもしれない。
「次に大きな”ツノ”を持つ個体が、すぐさま指揮を引き継いだ。最初の個体ほど統率は取れていなかったが、”平鎧”はそいつの指示にも従った」
「指揮官を失った場合に備え、序列が決まっていたということでしょうか」
「そう考えるのが妥当だ。二体目を退けた後にも、また別の一体が前へ出た。我々が群れを撤退させるまでに、指揮官は三度入れ替わった」
七体の”ツノ持ち”を相手取ったガルンダの大隊は、指揮官が入れ替わるたびに攻撃の組み立てを変え、次の個体を探し出さなければならなかったのだろう。指揮官と思われる個体を見つけ、そこへ戦力を集中させる。ようやく退けたところで、別の”ツノ持ち”が群れを立て直す。味方は消耗する一方で、敵の指揮だけが次々と引き継がれていく。一体を討ち取れば終わる戦いではなかった。記録板に残された被害の大きさも頷ける。
「では、”ツノ持ち”の間に上下関係があるだけでなく、上位個体を失った際に指揮を継承する仕組みもあるのですね」
ヤラミラの声には、軍人としての感心と、祖父への誇らしさが半ばずつ混じっていた。
「組織として見るなら、我々の指揮系統と大きくは変わりません」
人類が鎧人を獣に近い存在と見なしていた頃なら、考えもしなかった結論だろう。だが、”平鎧”は命令に従い、”ツノ持ち”は役割を分担し、上位個体が倒れれば別の個体が指揮を引き継ぐ。
言葉も姿も人類とは異なるが、軍勢として備える機能に大差はなかった。そして、それは過去の一例だけではない。
「キャンベラでは、指揮官と思われる歴戦個体を撃退したところで撤退が始まったのだったか。報告には、指示を出している個体は複数確認されたものの、大元の指揮はその歴戦個体が出しているとあったな」
「はい。それにキャンベラでの撤退は潰走ではありませんでした」
「統率を保っていたのか」
指揮官の撃退によって攻撃から撤退へ方針が変わっても、その命令を実行するための下位組織は残っていた
「歴戦個体が退いた直後には混乱が見られましたが、複数の”ツノ持ち”が周囲の”平鎧”をまとめ、順次後退させています」
「大元の指揮官を失っても、下位の指揮官は機能していたということですね」
それは、鎧人の軍勢が一体の強大な個体だけに依存した集団ではないことを意味する。頭を失えば手足が動かなくなるような、単純な構造ではなかった。
「少なくとも、戦場単位ではそう考えられます。一体の歴戦個体を撃退したことで攻勢は止まりました。しかし、その一体を失っただけで、軍勢そのものが戦えなくなったわけではありません」
「以前の七体出現時とキャンベラでの動向から”ツノ持ち”の内部に上下関係が存在することは確実でしょうか」
ヤラミラの確認にカランは頷く。
「しかし、そこで確認されたのは、一つの戦場における指揮官です。タルナ、ナールム、キャンベラ、そして青き森。各地の軍勢を動かした個体が、同じ歴戦個体であるという証拠はありません」
「戦場ごとに、別の歴戦個体が指揮している可能性があるということか」
「はい。であれば、複数の歴戦個体がそれぞれの群れを率い、共通の目的のために同盟を結んだと考えるのが自然です」
「その同盟を結ばせた理由が、今回の侵攻目的にも関わってくるわけだな」
「同盟であれば、ですが」
「さらなる上位個体が出現した可能性か」
「ええ。同盟を結んだと見る方が現実的だとは思います。ですが、”ツノ持ち”と”平鎧”の関係のように、”ツノ持ち”さえ従属させる支配関係が形成された可能性もあります」
「歴戦個体を超える鎧人の出現か。考えたくはないな」
「いえ。鎧人とも限りません」
「なに?」
「全く違う種族が共生することもあれば、一方が他方を支配することもあります。体内へ寄生し、宿主の行動や思考に影響を与える生物も存在します。その対象は主に小型の生物ですが、鎧人への寄生に適応した種が現れた可能性も、完全には否定できません」
「そんな生物がいるのか……」
「私も詳しいわけではありません。食物などに付着した卵や幼体を経口摂取することにより、体内への侵入を許すとか」
焼き菓子を口に運ぼうとしたヤラミラの手が止まった。
「加熱処理が不十分な食材などを口にすると、体調不良を起こすことがあるのも、この類の生物が原因の場合があるそうです」
取り皿の上で焼き菓子を半ばで割り、ヤラミラはその断面をじっと見つめた。
「人類や大型生物に寄生し、思考まで支配するような種は聞いたことがありません。ただ、全軍を動かしているのが単純に強力な個体とも限らない、ということです」
「ふむ……」
少ししてヤラミラは焼き菓子を頬張った。
「とはいえ、そのような生物が鎧人に適応したとして、なぜ王国を侵略したのかはさっぱりわかりません。本来、そのような寄生生物が宿主の行動を操るのは、自らの繁殖に適した環境へ宿主を誘導するためだそうです」
「推論の域を出んか」
「はい。もっとも現実的なのはやはり同盟説です。次に可能性が高いのは、人類にとっての王に相当する、特殊な上位個体が出現したという説でしょう」
「結局、全軍を束ねる一体の指揮官がいるかどうかは不明だな」
「はい。ですから、一体を討ち取れば全軍が崩れるとは想定すべきではありません」
「指揮官となる歴戦個体を討伐することは有効だが、それだけで決定打になるとは考えない方がいいな」
「その方が安全です」
「最終的な軍務省の見解も同じような結果に落ち着くだろう。これ以上は敵の動きを直接確かめなければ進まんな」
ガルンダは報告板にいくつかの覚書を書きつける。硬い筆先が報告板の表面を引っかく音が、しばらく応接室に響いた。
「カラン殿」
ヤラミラが焼き菓子を小皿に取り分け勧めてくる。
「ありがとうございます」
カランは大人しく受け取って頬張った。甘い。
「外は香ばしく焼き上げられていますが、中はしっとりしていますね」
「火入れ加減はどうでしょうか?」
「素晴らしいと思います」
ヤラミラは本日三度目の小さい安堵の息をついた。
「敵情については充分だ」
報告板を脇に退けたガルンダが口を開いた。
「次の話に移ろう」
そして、新たな報告板を卓上へ置くと、手を添えたままカランの方へ滑らせた。
「これをどう見る」
その報告板には、ワラン王が発した国家勅令の写しが記されていた。
カランは一度だけ文面へ視線を落とした。
「内容は妥当です」
そこで言葉を切り、文面から視線をガルンダへ向ける。
「しかし、出すのが遅すぎました」
生食には充分気をつけましょう。




