第四十話:貴族院議会・焦点
その後の決定は早かった。
「では、避難民の身分についてはナールム市民としての身分を維持させる。そのうえで、王都に滞在する間は仮滞在民として登録し、仮の身分証を発行する。異論は?」
法務卿ミラングが議場を見回す。
「その者たちにはワラネの法が適用されるのだな?」
「もちろん。ナールム市民だからといって、王都の法に従わなくてよいわけではないよ。配給を受けるにも、仕事に就くにも、まずはその身分証を提示してもらう」
異論は上がらなかった。身元の確認には避難民本人の申告だけでなく、同郷者による相互の証言も用いる。完全な照合はナールムの住民台帳を取り戻すまで不可能だが、今できる限りの確認は行うことになった。
続いて決められたのは、避難民を市内へ入れるまでの手順だった。
「着の身着のままで逃げてきた者も多い。汚れた衣服や荷物を、そのまま市内へ持ち込ませるわけにはいきません」
衛生管理局を管轄する官吏が発言する。局長は現場を走り回っており議場にはいない。
「衣服は一律に捨てさせるのかね?」
「汚損の著しいものに限ります。荷物についても、廃棄するのではなく、害虫や汚物が付着していないかを検分します」
「代わりの衣服が必要になるな」
「市民に古着の供出を募りましょう。強制では反発を招きますから、商業庁を中心に組合と各街区の代表を通じて集めます」
交易卿ブールナンの提案に、財務卿バルナムがすぐさま口を挟んだ。
「買い取るのか?」
「寄付を募ります。足りない分だけ王国が買い上げる。最初からすべて買い取っていては、財務卿がお困りでしょう?」
「当然だ」
バルナムは短く答えた。冗談として受け取った様子はなかった。
古着の収集と支給は交易省が取りまとめ、洗浄と仕分けについては衛生管理局が監督することになった。
「治療を要する者については、港の倉庫を一棟空け仮設の病棟とします」
「先ほど空き倉庫も避難民の住居に使うと言っていなかったか?」
「すべてを居住用に回すわけにはまいりません。負傷者と病人を市内各所へ分散させる方がよほど多くの場所と人手を必要とします」
その説明にも反対は出なかった。負傷者や衰弱した者は港の倉庫区画に設ける仮設病棟へ収容する。発熱、嘔吐、発疹などの症状が見られる者は、さらに別棟へ移して一時的に隔離する。
「重篤な者はどうする?」
「仮設病棟では手に負えず一刻を争う者に限り、市内の衛生管理局へ搬送します。ただし、感染性の病が疑われる者は別です。市内へ入れる前に医師の判断を仰ぎます」
「妥当だろう」
次いで、軍務卿ガルンダが口を開いた。
「ナールム都市軍の将兵は一般の避難民とは分けろ。指揮官、所属部隊、階級を確認し、名簿を作成させる」
「敗走してきた兵を、すぐ王都軍へ組み込むのかね?」
「いや。まずは負傷の有無を確かめ、事情を聴取する。部隊としての指揮系統が残っているかも分からん」
ガルンダは卓上の報告版へと視線を落とした
「武器と術の触媒は、すべて一時的に預かる。敵前逃亡を疑うためではない。混乱した港に指揮系統を失った武装兵を置いてはおけんからな」
将兵の武装解除については、わずかに議場がざわついた。だが、当の軍務卿が断言したことで、それ以上の異論は続かなかった。
「避難民の区分を終えたら、軍関係者の確認は軍務省が請け負おう」
武具と触媒は所有者、所属、数量を記録したうえで回収し、軍務省の管理下に置く。身元と事情の確認が終わり次第、返却または再配備を判断することになった。
最後に問題となったのは、健常な避難民の行き先だった。
「全員をワラネへ抱え込む必要はあるまい」
財務卿バルナムが言った。
「第二都市ミャンジンにも受け入れを要請するべきだ。働ける者から順次移せば王都の負担を軽減できる。ミャンジンにも悪い話というほどではないだろう」
「移送手段は?」
「船だ。ナールムから来た船をただ浮かばせておく理由はない。後続の邪魔にもなる」
「船員は疲弊しています。船体の損傷も確認せず、すぐに折り返させることはできません。それに、ミャンジンが何人まで受け入れられるかも分かっていない」
ブールナンの指摘を受け、バルナムは不満げに鼻を鳴らした。
「ならば確認させろ」
結局、健常者の即時移送は見送られた。まずミャンジンへ使者を送り、受け入れ可能な人数を照会する。同時に、交易省が使用可能な船と船員を調査し、水路の安全が確認でき次第、希望者を中心に移送する方針となった。
身分、検疫、治療、軍関係者の処遇、そして他都市への分散について、当面の方針が定められた。
こうして、避難民の受け入れについては、ひとまずの目処が立った。
しかし、課題はそれだけでは終わらない。
「ナールム陥落については聞き取りは進んでいるのか?」
ガルンダの関心はもっともだった。ナールムを落とした敵勢力の詳細が分かれば、これから相手する敵の想定の一助になる。
「ええ、まあ。もちろん、その点も聞き取りはさせているけどね。証言が皆バラバラでまとまっていないんだ」
ミラングは片肘を付いて頭を支えながら、報告書をパラパラとめくった。
「…軍関係者に絞ってもか?」
ナールムの一般市民からすると、此度の出来事はまさに未曾有の大災害だったであろう。正確な証言が取れないのは頷ける。
しかし、軍関係者であれば、戦時の情報がどれだけ重要なのか理解しているはずだ。
「それなんだけど…」
ミラングは姿勢を起こすと、彼の後ろに控えていた文官を手招きした。茶色い髪をシニヨンにまとめたミラングの女秘書である。いかにも仕事ができそうな鉄面皮は、いつも軽薄そうなミラングとは対照的な印象だった。
「…イッ!」
不意にミラングが背筋を伸ばした。
女秘書が周囲の目の届かない卓の下でミラングの足を踵で踏みつけたからである。
「僕何か悪いことしたぁ…?」
ボソボソとつぶやくミラングの隣で、女秘書は淡々と書類をめくりながら、報告を始めた。
「ナールム陥落についての証言ですが、襲撃が始まったと認識した時刻、ならびに敵の侵入地点について、複数の異なる供述があります」
女秘書は手元の書類を一枚めくった。
「主要な供述をまとめましたので順に読み上げます。まずは一般市民からの証言です」
女秘書の目が整然と並べられた文字の上を滑っていく。
「西区では夜明け前に警鐘が鳴り、戦闘が始まってから少し時間を置いて、西門方面から凄まじい破砕音が聞こえたとの供述が得られています。西区出身者の供述はおおむね一致しているため、これはまず間違いないものと思われます」
「西門が最初に破られた、ということか」
ガルンダが確認すると、女秘書はすぐには頷かなかった。
「市民が最初に異変を認識したのは西門です。しかし、襲撃そのものが西門から始まったとは断定できません」
「どういう意味だ?」
「東区では、それ以前。まだ夜が明ける前から異変が起きていたとの証言があります」
彼女は次の書類へ移った。
「ただし、東区出身者の供述には大きなばらつきがあります。主だったものは、路地裏から聞き慣れない足音が聞こえた。隣家から何かが暴れるような音がした。方々から悲鳴が上がっていた。といったものです。何者かの姿を直接確認した者は、今のところ見つかっておりません」
「酔漢か、夜盗という可能性は?」
「同様の供述が東区の複数箇所から得られています。発生した場所も一か所に集中しておりません。加えてナールムは都市勅令下でしたので、その可能性は低いかと。」
議場にわずかなざわめきが広がった。
「北区出身者から得られた証言は多くありません。西門方面で警鐘が鳴ったのち、何が起きたか分からないまま北門が破られ、多数の鎧人が雪崩れ込んできた。というものです」
「北門も破られたのか」
「はい。ただし、西門と北門のどちらが先に突破されたのか、一般市民の供述からは判断できません」
女秘書は淡々と続けた。
「南区からは、さらに情報が少なくなります。南区は港に隣接しているため他区よりも避難者の割合は多いのですが、その大半は警鐘と騒乱を受けて状況を把握する前に港へ向かっています。敵を目撃したという供述も現時点では得られておりません」
「つまり、南区が安全だったとは限らない。ただ、敵を確認するより先に逃げ出せた者が多かっただけか」
「そのように考えられます」
女秘書は市民からの証言をまとめた書類を閉じた。
「続いて、軍関係者からの証言です。こちらも要点をまとめ順に読み上げます」
最初の書類と新たな書類を入れ替え、報告を続ける。
「まず、西門で指揮を執っていた中級術士官の証言です。敵影を確認したのは夜明け前。警鐘が鳴ったのは、その直前だったとのことです。敵は十万を超える鎧人の軍勢。特別な攻城方法は確認されず、“平鎧”の大群と、それを率いる多数の“ツノ持ち”が城門へ殺到し、正面から突破したと供述しています」
「十万だと?」
誰かが信じ難いものを聞いたように声を上げた。
「目算かね?」
「はい。正確に数えたものではありません。本人も敵陣の後方は暗闇に沈み、終端を確認できなかったと述べています」
「ならば、十万という数そのものは当てにならん」
ガルンダは即座に切り捨てた。
「だが、城壁上から見ても果てを捉えられぬほどの軍勢だった、という点は無視できん。続けろ」
女秘書は眉ひとつ動かすことなく書類をめくる。
「次に、東門の守衛の証言。襲撃時は夜間。警鐘はなっていない。敵の詳細は不明。夜明けには城門は突破されていた。攻城方法は不明。この供述をした男性は精神的に不安定な状況でしたが、東門で襲撃当時に当直だった唯一の避難民となります」
報告を聞く貴族たちは揃って難しい顔をした。証言としては頼りない。しかし、無視できることではない。
「続きまして、中央予備隊を指揮していた大隊長の証言。襲撃時は不明。警鐘が鳴り始めたときには、すでに前線からの伝令が途絶えていた。何が起きたかわからないまま市内に”平鎧”の大群がなだれ込んできた。総数は不明。直ちに市民には避難を指示したとのことです」
続く報告に、さらに表情を険しくする。中央を指揮する大隊長の証言ともなれば、確度は高い。外から攻撃され、内の伝令が途切れる。この事実は軍にとって大きな脅威だった。
「最後に、術士兵団ナールム支部、第三戦団第四連隊所属術士の証言です。西門で警鐘が鳴らされたのち、第一、第二連隊は西門へ急行。第三連隊は中央で待機し、第四連隊は別方向からの攻撃に備え、北門へ配置されました」
鎧人の軍勢は数が多くなると横に膨れ上がる事が多い。それを危惧して北門に配置されたのだ。なお、南は海岸線となる。
「北門の城壁上から西門方面に異変を認めたものの、新たな命令は届かず、そのまま現場で待機。ほどなくして、北門に正体不明の攻撃が加えられ、城門ではなく、その周囲の城壁ごと崩壊したとのことです」
「城壁ごと?」
「はい。どのような攻城方法によるものかは確認できておりません。崩壊直後、開いた箇所から百体を超える“ツノ持ち”が市内へ侵入したと供述しています」
女秘書はそこで報告を終え、手元の書類を静かに閉じた。
議場に声を発する者はいなかった。
西門を埋め尽くした数え切れぬほどの平鎧。夜の東区で姿を見せずに蠢いていた何か。そして、正体不明の攻撃によって崩壊した北門。
逃げ延びた者たちの証言は、あまりにも食い違っていた。だからこそ、そのどれか一つだけが誤りだとは誰にも言い切れなかった。
シニヨンってなんだか「できる女性」ってイメージがあります。




