第二十九話:戦果報告
戦いから一夜が明けたキャンベラ要塞では、あちこちで掛け声や報告の声が上がっていた。
損傷した防衛施設は迅速に修繕する必要がある。あれだけの大軍勢を退けたのだから、すぐさま第二波が来るというのは考えにくかったが、何事も油断はできない。土術士と工兵が大急ぎで資材をこねくり回している。
要塞の周囲では死屍累々の鎧人の山を崩し、資源利用できるものと、そうでないものを選り分けている。あまりの数に検分係はまいってしまっていた。
水術士と風術士は総動員で術を行使している。死骸が放つ異臭を飛ばし、肉片を大河に流す。大ぶりなものは火術士が炭になるまで焼いた。
要塞の内では医務室は寝台の数に限界が訪れ、比較的軽症の者は訓練広場に天幕を張り、その中で治療を受けている。医療班は額に汗を浮かべながらも懸命に役割を全うした。
文官は忙しなく書類に報告を書き込んでは伝令の兵に新たな報告を伝えられ目を回している。管理職の面々はひたすらに指示を飛ばしながら自らも報告書をしたためた。
「集計終わりました」
「そこに置いておいてくれ」
そんな中、術士兵団にあてがわれた事務用の一室では、第一戦団の若き第三連隊長であるタルガンも報告をまとめていた。
部下から差し出された分厚い紙束を受け取り、タルガンは一枚ずつ目を通す。死者、負傷者、行方不明者。消費した触媒、破損した防具、紛失した装備。そして討伐した鎧人の数。
「”平鎧”は?」
報告書には”平鎧”の数は記載されていなかった。
「それはまだ集計中です。もっとも、正確に集計し切れるとは思いませんが」
「それもそうだな…」
今回の鎧人の大規模攻勢は過去に類を見ないものだった。その軍勢は一万どころかその数倍はいたとされる。討伐した”平鎧”も百や二百どころではない。最低でも数千、万を超える可能性すらある。全て数えるのは不可能だし、ある程度正確な数字を出すのにも数日はかかるだろう。だが正確に数えなければならないものもある。
「…第一戦団だけでも”ツノ持ち”討伐数は現時点で確定しているのは四十七体か、凄まじいな」
「ですね。死骸の検分は終わっています。分隊ごとに確認しているので正確な数字かと」
四十七体の”ツノ持ち”
はっきり言って馬鹿みたいな数だとタルガンは思った。一斉にその数の”ツノ持ち”が目の前に現れたらどんな術士でも生を手放すだろう。どんな、術士でも。
タルガンは上を見上げ、息を吐いた。
「……」
「お疲れですか?討伐数はタルガン隊長が一番でしたからね」
部下が気遣ってくれていることはわかっていたが、それでもタルガンにとってそれは慰めにはならなかった。
「分隊討伐数は戦団長の方が上だ、俺はまだまだだよ」
「充分誇れる戦果だと思いますがね」
部下の言うことは間違っていない。今回の防衛戦でタルガンは個人で三体討伐した。これを足して分隊討伐数は六を数える。個人で”ツノ持ち”を討伐できる術士はほとんどいない。それに分隊討伐数六体も第一戦団内では第一連隊第一分隊に次いで二位だ。
ちなみにダルミンは個人で二体、分隊で五体で計七体を討伐している。
「それに、集計はアイツを除いたものだ」
「それは…そうですが」
タルガンの言葉に部下は今度は安易に気遣いの言葉を出さなかった。第一戦団の誰もそれを気にしてはいない。しかし、この若き隊長だけはそのことを深く気にしていることを、この部下は重々承知していたからだ。
第一戦団第一連隊第一分隊付き独立遊兵。
この役職はたった一人のためだけに新設された。所属こそ第一連隊第一分隊だが、その実態は完全な自由兵だ。その性質上、通常討伐数とは切り離されて集計される。役割としては遊撃兵だが、遊兵などと名付けた人物は頭がおかしいとしか思えない。
その頭がおかしい人物は、その役職に就いてからというものの名付けのおかしさなど吹き飛ぶ速度で功績を積み重ねた。
「討伐確実九体、推定討伐三十八。馬鹿らしくなるな」
その合計は奇しくも第一戦団の”ツノ持ち”討伐数と同じだった。
「あくまで推定ですから…」
「どうせまだ増えるんだろう?」
カランが最後に放った術。その一撃で人類は文字通り計り知れない戦果を挙げた。
キャンベラ西方の荒野を焼き尽くした炎は”平鎧”も”ツノ持ち”も関係なく問答無用で灼熱の海に沈めた。焼けた後はその高熱に地面が溶解し、集計が滞っていると聞く。”平鎧”は炭化するどころか蒸発し、跡形もないとか。かろうじて”ツノ持ち”のその巨大な角が原型をとどめているらしい。
タルガンは自らの戦果を思い出す。
一体目は分隊で連携して倒した。二体目も部下が土術で拘束したところを止めを刺した。三体目と四体目は独力で討伐した。五体目は部下と挟撃し、最後にもう一体、自分で焼いてみせた。
一体を仕留めるたびに、自分は確かに強くなったのだと思った。幼いころから積み重ねてきたものが間違っていなかったのだと実感できた。
それを九体。さらに三十八体。
誰もがその戦果を惜しみなく賞賛する。個の力より数の結束を重視するキャンベラ司令のジャイグまでも、この戦果には手放しで賞賛するほかなかった。
「……本当に馬鹿らしい」
ただ一人。タルガンだけは食いしばる歯の隙間からうめくように、そうこぼした。
「……」
その様子に部下はかける言葉を持ち合わせていなかった。どんな慰めも今は毒にしかならない。
タルガンは自分を決して凡才だと思ったことはない。火術の名門に生まれ、幼いころから才を認められ、修練生時代も常に最上位にいた。第一戦団に入団してからは異例の若さで連隊長にまでなった。自分には才能がある。それを否定するのは謙遜とは言えない。他の努力する術士への冒涜であり、ただの嫌味だ。
だからこそ。差がよくわかる。
「少し席を外す」
「ええ、分かりました」
集中力は途切れてしまった。一息つこうとタルガンは立ち上がる。部下もそうした方が良いだろうと思いタルガンを見送った。
しかし、その考えは結果として、より悪い結果を招いてしまった。
「…ッ!!」
部屋を出た廊下の先には当の男がいた。キャンベラで傭兵をやっているというデカポダの戦士と何やら話していた。確かあのデカポダもかなりの個人討伐だったと聞く。青い巨体の裏には白い影もあった。
「おいダーバル、なんで重傷者が出歩いてる」
「やべ、見つかったか……ぉぃ」
「今誰か隠れたな」
「い、いやぁ?ルナリなら宿舎じゃないか?」
「自白してどうする」
「そーだそーだ」
「え?オレ悪者?」
タルガンは、皆が忙しくしているこの時に何を呑気なことを、と眉間を険しくする。急に徒労感に包まれたタルガンは肩の力を抜き、部屋に戻ろうと扉に手を掛けた。
その時だった。
「カラン殿!ここでしたか!」
その声に肩が跳ねた。聞き間違えるはずもない声だった。
「ヤラミラ殿」
カランが振り返る。
赤茶色の髪を後ろでまとめた女性が廊下の向こうから歩いてくる。
王国軍第九大隊長ヤラミラ。タルガンにとっては、それよりずっと以前から知る女性だった。
「昨日の戦闘について確認したいことがありまして」
ヤラミラの声は明るい。そんな声をタルガンが聞いたのはいつ以来か。
「そんな事は部下にやらせて下さい、ヤラミラ殿は報告をまとめるのが仕事でしょう」
それに対し、カランの声はいつも通りだった。
「あ、いえ、今は休憩をもらってますから」
「それなら休憩して下さい、後の職務に差し支えます」
「それは、その…」
ヤラミラが目に見えて落ち込む。
「それで?」
「え?」
「ここまで来たのですから話は聞きましょう」
カランの一言でヤラミラの表情は花開くように笑顔になった。
「…ダーバル、椅子だ」
「オレ怪我人」
「なら寝てろ」
「椅子、椅子っと〜」
「いえ、怪我人に手を煩わせる訳には」
「それなら問題ありません、彼のは手ではなく鋏ですから」
「なんですかそれ」
ヤラミラは口元を手で押さえながらも楽しそうに笑った。
タルガンは扉に掛けた手を離せなかった。別に珍しいものではない。ヤラミラだって笑う。昔はもっとよく笑っていた。少なくともタルガンの記憶の中にいる彼女はそうだった。
タルガンとヤラミラは幼馴染だった。家同士が近く、親戚でもある。幼いころは互いの屋敷を行き来することも珍しくなかった。いつからその感情を抱いていたのかは覚えていない。気がついた時には将来は彼女の隣に立ちたいと思っていた。
しかし、ヤラミラは本家の娘で、タルガンは分家の子だった。
『なら俺が当主になる』
幼いタルガンはそう思った。術士の世界は実力主義だ。分家の者だろうと、才を示し、功績を積み、誰よりも家を背負うに相応しいと認められれば道はある。
ならば誰よりも優れた術士になればいい。子供らしい単純な答えだった。そして、タルガンは本当にその道を歩いてきた。
もちろん今は違う。それだけのために戦っているわけではない。そんな時期はとうに過ぎた。国を守る、部下を死なせない、責務を果たすという使命感。期待に応えたい、実力で認められたい、優れた術士でありたいという矜持。
ならば彼女が誰と結ばれても構わないのか。
そう問われれば。
ーー構うに決まっている。
タルガンは手に掛けた扉を押した。部下が書類から顔を上げる。
「もう休憩はいいんですか?」
「ああ」
タルガンは椅子に腰を降ろし、先ほどの報告書を手に取った。紙面には変わらず馬鹿げた数字が並んでいる。
その報告書を脇に放り、新たな報告書を手元に寄せる。
「続きをやるぞ」
「はい」
術士として負けている。功績でも負けている。
だからなんだ。
今度こそ家柄は言い訳にならない。
まだ決まっていない。
今までとなんら変わらない、単純な答えだ。
己のできる事を全うする。
それだけだ。
気張れよタルガン…!




