第三話:炎の英雄
女術士官が睨みつける先に見える第六小隊の前線。”平鎧”の動きが妙だった。群れが二分に割れている。”平鎧”の戦い方は密集して突撃する事が基本。群れが割れる、という事は、すなわちその間に”何か”あるという事だ。
第六小隊の前線に到着するまでも無く、”ソレ”の威容は目についた。
見えた。見えてしまった。
「”ツノ持ち”…」
”平鎧”がなぜ”平鎧”と呼ばれるか。
それは彼らが単純に鎧人における”平”な存在であるからに他ならない。
では”平”ではない鎧人とは一体なんなのか。
それが”ツノ持ち”
威風堂々の佇まい、一回りは巨大な体躯、明らかに分厚い甲殻、そして隠しようもなく威圧感を放ち縦に二本並ぶ巨大なツノ。全てにおいて”平鎧”を大きく凌駕する存在。
”平鎧”は数で圧倒する。
それに対し”ツノ持ち”は、個で戦場を壊す。
”平鎧”を止めるには規律が要る。
”ツノ持ち”を止めるには術士が要る。
第六小隊の兵士が、まるでボロきれのように宙に飛ぶ。
「オオオオオオッッッッ!!!!」
部下になって間もない、第六小隊の隊長たる下級術士官の死力を尽くした術が展開され、大地が迫り出し壁となる。下級の術士官の術とは思えぬ見事な土術だった。
しかし
その壁の崩壊はあっけなかった。
けたたましい粉砕音と共に、”ツノ持ち”の巨躯が壁だったものの残骸と共に隊列の崩れた第六小隊の渦中に飛び込んできた。
「カッ…!ゴハッ……」
断末魔はなかった。”ツノ持ち”の拳はずっぷりと小隊長の胸のど真ん中を貫いていた。
ズルリ、ドサリと、その亡骸が地に抜け落ちる。
全身の血が沸騰するような感覚と同時に冷え上がるような感覚が女術士官の全身を襲った。
小隊長の亡骸を回収する余地などない。瞬時に術を練り上げ、解き放つ。
「でぇやぁっ!!!」
直撃。今日一番の、いや恐らくは女術士官の人生において最高火力であろう火術。倒し切るとまではいかなくとも無傷ともいかないだろう。女術士官はそう思ったに違いない。
土煙が晴れる。
確かに、無傷ではなかった。
だが、期待したような成果でもなかった。
「そん、な…!?」
”ツノ持ち”は両腕を眼前で交差させ、堂々と立っていた。
そして、焦げた腕の隙間から覗く、複眼。
本来、視線のわからぬはずの、その複眼と、目が合った気がした。
「…ヒュッ!!?」
思わず息に詰まった。
ドッッッ!!という土を蹴ったには重すぎる音が聞こえた。
聞こえたと思った時には、それなりに距離があったはずの”ツノ持ち”との距離は半分にまで迫っている。
まずい。女術士官のみならず、彼女に続く第一小隊の兵士までもが頭の中が真っ白に染まった。
だがその彼我の距離がそれ以上、縮まる事はなかった。
ドゴォォォ!!!!!
巨大な岩塊が、先ほど”ツノ持ち”が土を蹴った時の音よりも、さらに重い音を立て”ツノ持ち”の真横にぶつかり、共に吹き飛んだ。
「術士兵団第一戦団、現着。これより戦闘に入る……入った」
そう少々締まらない報告を、顔に斜めの傷を持つ術士が言った。
「術士兵団!来てくれたのか!」
術士兵団。それは戦闘に特化した術士のみで構成された、王国の、ひいては人類の切り札たる最強の兵団である。
「いえ、元々遠征の帰路だった。それに間に合った、とは言い難いしな」
「そ、それは…いえ、ご助力感謝します」
確かに、あと幾らか早く術士兵団が到着していれば、第六小隊の崩壊はおろか、苦戦を想定することもなかっただろう。しかし、事実は事実として受け入れなければならない。それに、もしもう少し遅かったら、もし術士兵団が間に合わなかったら。考えただけで末恐ろしい話だった。
「あとはまあ、戦闘を確認したので本隊は置いて少数での強行だからな、油断は禁物だ」
第一戦団は本来、百名近い術士を擁する戦闘集団である。
今この場にいるのは三分隊と少し、二十名にも満たない。
しかし、そんな話をしている場合では無い。
弾き飛ばされた”ツノ持ち”は何事もなかった様に、むくりと立ち上がった。
「おいおいバルド、全然効いてないじゃないか、やっぱり歳じゃないのかぁ?」
第一戦団を名乗った斜め傷の男は野次を入れる。
「無茶言わんでくださいよダルミン戦団長、ありゃ歴戦個体でしょうに…全く」
バルドと呼ばれたもう若いとは言えなそうな術士が返す。
「ま、だな。にしたってなんでこんな場所にあんな大物が出たのかねぇ…」
ダルミンと呼ばれた戦団長の言うように、本来これだけ防壁の近い地点に”ツノ持ち”が、それも歴戦であろう個体が現れることは滅多にない。
「ちょっとー、そんな事言ってる場合?さっさとしないと、あの”ツノ持ち”今にもこっちに突っ込んできそうだよ〜?」
緑髪の女術士がそう声を上げた。確かに、先ほどの巨岩の一撃のダメージは既に回復していそうだ。
「む、そうだな。俺の分隊が足止めする。ミラリ分隊は俺の隊の援護」
ダルミンは迅速に指示を出し始める。
「りょーかい」
ミラリと呼ばれた緑髪の女術士は軽い返事を返した。
「タルガン分隊でとどめを刺せ、タルガン、おい?タルガン!聞いているのか!」
「…ははっ!失礼しました!了解です!」
タルガンと呼ばれた青年術士は一瞬遅れて返事を返す。
「お前にしては珍しいな、しっかり頼むぞ」
「…はっ!お任せください」
「あとバルドの分隊は後方待機、後続と繋げ。もうそう遠くない所まで来てるだろ、例のアイツ以外は全体に回せ」
「はいよ」
「よし!くるぞ、各隊行動開始!」
「「はっ!!」」
行動が始まれば軽い雰囲気から一転、一糸乱れぬ術士の連携が始まった。
距離を詰めようとする”ツノ持ち”に対しダルミン分隊による細かな火術の連射により牽制、”ツノ持ち”をその場に縫い止める。さらにミラリ分隊は水術と土術を駆使し、足場を泥化。こうなれば”ツノ持ち”といえど簡単には動けない。
そこからわざわざ指示など必要ない、タルガン分隊による一極集中の火術が炸裂する。
「いっちょあがりかな?」
轟々と燃え盛る塊を見据えながら戦団長ダルミンは言った。
「…す、すごい」
女術士官は思わず称賛の言葉をこぼした。
一つの小隊を崩壊させ、術士を一突きにし、自らの最高火力を直撃させてもなお不動を誇った”ツノ持ち”をこの一瞬で完封させしめたのだ。賞賛の言葉の一つや二つ、こぼれるというものだろう。
「いや、まだ生きてる」
緑髪の女術士は厳しい表情で燃え盛る塊から目を離さない。
「…なんだと?」
とどめを放った青年術士が訝しみながら炎を睨みつける。
塊が動いた。そして地面から這い上がるようにして”ツノ持ち”が再びその姿を現した。
「あの一瞬で地面に潜りやがったのか!!」
ダルミンが声を荒げたのにも無理もない。いかに”ツノ持ち”とはいえ、一瞬で地面を掘り返すのにも限度がある。
「…いや、地面を泥化させてたから!」
そう、地面を泥化させた事によって脚を取ったが、地面自体は柔らかくなっている。であれば”ツノ持ち”にとって一瞬で地面に潜り込むのは造作もない。
「んなっ!!にしたって…!!」
だがこの状況で、その瞬時の判断ができるのか。答えは、まず否だろう。しかし、この”ツノ持ち”はそれをやってのけた。
それはつまり、この”ツノ持ち”が歴戦個体でも上澄という事に他ならない。
術士兵団の警戒心は跳ね上がった。ダルミンは瞬考する。その思考の速さは術士兵団の第一戦団の長として決して劣るものではなかっただろう。しかし先に動いたのは”ツノ持ち”の方だった。
ドッッッ!!
その動きは再び音を置き去りにした。狙いはタルガン分隊。タルガン分隊の反応は早かった。”ツノ持ち”が立ち上がるや否や、土術を展開、前面に土壁を形成。
だがそれは奇しくも先ほど第六小隊の下級術士官がとった行動と同じだった。
であるならば結果もまた同じである。”ツノ持ち”は壁を粉砕し、タルガンの眼前に迫り拳を振るう。
青年の体が宙を飛んだ。
しかしその先の結果までは同じではなかった。術士は同じ人類と比較すると遥かに強い。その術の力を身体強化に集中させれば、飛躍的に身体性能は向上する。タルガンは身体強化を両腕に全て集中させ”ツノ持ち”の不可避の一撃を防いだのだ。
「どおおりゃあっぁぁぁぁ!!!!!」
気合いの絶叫と共に両足に身体強化を集中させたダルミンによって今度は”ツノ持ち”の巨躯が空中に蹴り飛ばされた。
「タルガン!無事かっ!」
「はい…なん…とか」
「よし!今にも死にそうだが無事だな!すぐにこの場を離れるぞ!」
「まだ…やれますっ!!」
「そうじゃない!アイツが来たんだよ!!」
「ッッッ!!!」
その直後のことだった。
戦場を一陣の風が吹き、そして凪いだ。
世界から音が消えた。
最初は天上から小さな火の粒が落ちてきた。
その粒は瞬く間に幾重にも連鎖するように光を織りなし”ツノ持ち”の元に降り注いだ。
光が弾ける。
誰もが、その一瞬だけ呼吸を忘れた。
空気は焼けた。大地はめくり上がった。
紅蓮が荒野を呑んだ。
音が戻ってくる。
誰かが叫んだ「紅蓮の術士だ!」
また誰かが叫んだ「炎の英雄だ!」
その声は、熱風の様に戦場へ広まり、冷たい恐怖を歓喜の熱に変えていく。
兵士たちが名前を呼ぶ。
術士たちが拳を上げる。
第六小隊の兵までもが、泣きそうな顔で笑っていた。
紅蓮が晴れた先、”ツノ持ち”だった”残骸”を血が乾いたような燕脂色の瞳で見つめる一人の術士。
名をカラン。
人々は彼を、炎の英雄と呼んだ。




