番外編:本日の大皿・淡水の彩り
バルーガ大衆食堂。
安く、早く、多く、熱い。
ついでに店主の声が大きい。
ワラネの戦士の拠り所。その一角。長机の一端を占領する一団がいた。その一団は周囲の客からチラチラと伺うように視線を集めていた。
「まあ、特に問題になるようなことでもないんだが…」
術士兵団第一戦団の戦団長ダルミン。顔に斜めの傷を持つ筋肉質な身体つきの童顔低身長な…やや低身長な戦団長だ。戦場では的確な指示と確かな実力で頼りになる。
「えぇ〜めっちゃ可愛いじゃん〜」
同じく第一戦団の第二連隊長ミラリ。切長の目が冷たく見えるが、気さくで話しやすい和ませ役のような女性だ。オオカミの尻尾のような後ろ髪が楽しげに揺れている。
「別に構わないでしょう。ワラネでは珍しいですが、法的な問題は全くありません」
続いて第一連隊第一分隊付き独立遊兵カラン。市民から炎の英雄と持て囃される、第一戦団の絶対的切り札。その呼び名と異なり、実際は面倒を嫌う冷めた性格な青年だ。
「そうなんだがな」
ここまでの面子は珍しくない。術士兵団の精鋭集団とあって、普段より幾らかは視線を集める面々だが、今日に限って言えば最も視線を集めていたのは別の人物。否、別の種族だ。
「ふん、ふん。ふ〜ん♪」
サトゥルナの少女、ルナリ。カランの同行人にして同居人。両櫛状の触角と節関節の四本の腕、外套状の翅を持つ異形の民だ。お気楽に足をぶらつかせながら鼻歌を唄っている。
「法的な問題はないが、他の…まあいいか」
ダルミンは渋面を浮かべながらも諦めた。納得したからではない。考えるのが面倒になっただけだった。
「そうだよ、いいじゃんいいじゃん?細かいことは気にしなくてもさ〜!」
一転してミラリは満面の笑みだった。ニッコニコだった。この女性は会話する限りいつも明るいが、ここまで上機嫌なのも珍しい。
「話には聞いていたが、まさか本当だったとはな。いや、お前がわざわざそんな嘘をつくとも思ってなかったが、この目で見るまではな」
「我が事ながら信憑性に欠ける話だとは思います」
市民からは異形の民を焼きまくっている炎の英雄、付き合いのある周囲からは面倒嫌いの合理人間と揶揄されるカランが、よりによって異形の民と暮らしているとは簡単に信じるのは難しい。友好種族とはいえだ。
話そこそこに大衆食堂の店主バルーガと共に本日の大皿が登場した。
「へいお待ち!川の漁班が大漁だったらしくてな!今日の大皿はちと違うぜ!名付けて本日の大皿・淡水の彩り!だ!」
いつもの焼いた根菜、煮豆、虫粉パン。それに加えて銀の大口の網焼きと泥食いの串焼き、山盛りのエビカニの塩茹でだ。
銀の大口とは、大型の肉食淡水魚で、その体色と口が大きく開く事からその名で呼ばれる淡白な白身が人気の魚で、一般家庭ではそこそこご馳走の部類だろう。
泥食いは、太く短い蛇のような形をした魚で、泥の中をすすむ姿からそう呼ばれる。見た目から富裕層には敬遠されがちだが、味は良く庶民には馴染みのある一品といえる。
エビカニは淡水に生息する甲殻類で、大柄な川エビのような形でカニのような殻を持つ。塩茹でや蒸してよく食される定番メニューだ。
「「おお〜」」
ミラリとルナリが口をそろえて声を上げる。
ミラリの収入ならば見慣れた食材だろうが、この量は圧巻だ。そしてルナリはあまり食用魚に縁がない。声を上げるのも無理なかろう。
「淡水の彩り、そのまんまだな」
腕を組み、淡白な反応で淡白な指摘をするダルミン。
「うるせいやい。それよりだ、あ〜、飯を食うなら客だ。そして客に貴賤はねぇ。だから〜なんだ?俺の店では周りの目とか気にしなくていいし、腹一杯食ってくれたらそれでいいさ」
一瞬の沈黙。
「な、なんだよ」
ミラリ、ダルミン、カランの三人は目を合わせた。
「デレた?」「デレたな」「デレましたね」
そして三人はそのまま視線をバルーガに移した。
「う、う、うるせいやい!飯が冷める前にさっさと食いやがれ!」
バルーガはドスドスと足音を鳴らしながら厨房へ戻っていった。顔が赤いのは竈の熱だけではないだろう。三人は暖かい目で見送った。ルナリは料理に目を取られ何も聞いていなかった。
「デカくてイカつい見た目のくせしてバルーガのおっさんはああいう根っこがあるから、この食堂も繁盛するんだろうな」
「だね〜。しかも国を支える若者のためにって言ってお代安くするから店の収支はトントンで本人は恩給で慎ましく暮らしてるって聞くし」
「代金に対して量が多いとは思っていましたが、どうりで」
この通りバルーガは実に善良で気さくな人物だ。軍の元補給官だった事もあり食材調達にコネがあり、兵士に対する理解もある。汚点といえば顔が怖いと近所の子供に泣かれたことぐらいだろうか。
「ねぇ、まだ食べたらだめ?」
しかしルナリには、そんなバルーガの人情や周囲の視線より、目の前の料理の方が大事だったらしい。
「そうだな!食うか!」
ダルミンは実にいい笑顔で声を立てて笑った。
その言葉を聞くや否や、ルナリの手は料理を口に運ぶ。なんなら食うかと言う前の、そうだなの時点で手を伸ばしていた。
「おじさんがデレても需要ないもんね〜」
なかなかに辛辣な言葉を残しながらミラリは料理を取り皿に盛り付けていく。
「お前意外と毒舌だよな…」
ダルミンは根菜、煮豆、虫粉パンを均等にとったあと、銀の大口の網焼きをどっさりととった。好物なのかもしれない。
カランはいつも通り、煮豆を取り皿に盛り、網焼きと串焼きを両方とも少量とった。
「カラン、これも食べる」
ルナリは手づかみでエビカニの塩茹でをつまむとカランの頬に押しつけた。押しつけるなら口だろう。いやそもそも料理を他人の口元に押しつけるべきではない。
「ブッ…!」「アッハ…!」
ダルミンとミラリは思わず吹き出した。
「おい、そこは口じゃない」
「ごめん、ほら食べる」
ルナリの行動にいちいち逆らっていても仕方がないのでカランは口元に差し出されたエビカニを口にとった。
「おいしい?」
「…ああ」
塩で身がしまったエビカニの味は悪くなかった。
「ふいてあげる」
布巾でグリグリとカランの頬を拭うルナリ。
「お前が汚したんだろうが…」
悪態をつきながらもされるがままのカラン。
今度はダルミンとルナリの二人で顔を見合わせた。
「なんというか…」
「うん。睦まじいね…」
日頃、必要以上に人付き合いをしない、そして戦場では誰よりも敵を焼くカランからは想像もつかない光景に二人は声を合わせた。
「何か?」
カランは声色を変えなかった。ルナリがいる以上、抵抗は無駄だ。その思考は意味をなさない。
「なんだか意外だと思ってな。お前って家ではいつもそんな感じなのか?」
「それは違います戦団長。俺はいつも通りです。そしてルナリの行動に疑問を呈するだけ無駄です」
ルナリが隣にいると不確定要素が増えるだけで、決してカランは行動原則を変えたりはしていない。
「お、おう。そうか、お前も苦労してるんだな」
別に苦労しているつもりはありません。という言葉はしまっておいた。それを言うとからかわれるのは自明だ。
「ねぇねぇルナリちゃん」
ミラリがルナリに話しかける。話の流れからしてまた余計なことを言い出すのではないかとカランは少し憂鬱になった。
「なに?」
ルナリは視線を変えず食べることに集中しながら返事をする。せめて顔ぐらい上げても良いものだろう。
「カランくんと同棲してるってホント〜?」
それは既に確認済みの事実だったが、ここで改めて確認する意図はあるのだろうか。しかしミラリの表情は楽しげだ。
「うん、めんどうみてあげてる」
世帯主はカランである。
「そっかそっか〜、カランくん。面倒見てもらってるんだね〜」
世帯収入も十割カランである。
「どう考えても面倒を見てるのは俺の方です。居住環境を整えてるのは俺ですし、食材を買うのもほとんど俺です」
「そんなことはない」
ルナリが初めて食べる手を止めた。
「カランは料理しないと豆しか食べない。カランに味覚があるのはあたしのおかげ。カランがいつもボロボロにする外套を直すのはあたし。今カランが着ている服もあたしが作った。カランができるのは掃除と片付けくらい」
ルナリは一息に言い切った。食事を再開する。
カランは少し目をそらした。ダルミンは目が点になった。ミラリはカランをじっと見つめた。
「…このように、分担をしながら生活をしています」
「そ、そうか」
ダルミンの声はいつか聞いた部下を慰める時と同じ声色だった。
「そう。あたしはカランのめんどうをみてる。カランはあたしのめんどうをみる」
「あっはっは!そうだよね〜!」
やはりミラリの笑い声は一段と上機嫌だった。




