幕間:角立つ軍議
獣の皮で張られた大きな幕舎には複数の影があった。
いずれの影も人のものではない。それらは大きな”ツノ”を誇っていた。
ガルンの民。
人類が鎧人と呼ぶ者たちの正しい呼び名である。
その中でも支配階級にある”縦ツノ”ことダイナス。
そして”横ツノ”ことルカニダ。
人類の知らぬことだが、そこから種、さらに族と細分化される。
本来、彼らは種でも争いあい、同種間でも部族同士で優位を争う存在だ。ダイナスとルカニダが手を組むなど以ての外だった。されど、その幕舎には相容れぬ二つの種族があぐらを組み、ツノを並べ、甲がひしめいていた。
最初に声を上げたのは、体色は黄褐色、最も長大な黒いツノを誇るダイナスの将だった。
「タルナ…だったか、一つ目の壁は。次の壁は広さこそあれど、高さは劣る。楽に落とせよう」
それに答えたのは、齢を食ったルカニダの将だった。本来黒い体色は加齢によって褐色に色褪せている。その波打つツノから覗く棘はいまだ鋭いが、左のツノに一箇所欠けもあった。
「甘いな、タルガ族の若き族長よ。タルナを落とせたのは奇襲と策略あってのものだ。次は奴らも最大限に警戒しておる。ナールムは簡単には落とせんぞ」
自らの意見に否を突きつけられたダイナスの将、タルガ種タルガ族の族長は毅然と応える。
「一つ目の壁は覚えた。次の壁は劣るのだ。此度こそは正面からの突破も叶うというもの。ワルガの老将よ、なにを臆することがある?」
ワルガの老将と呼ばれた個体が応えるよりも早く、別の個体が声を上げる。
燃えるような赤い体色のルカニダの将だった。ツノは内側に湾曲している。
「おい。タルガの族長。そやつは”ワルガ種”ではあるが、”ワルガ族”ではない。語弊を招く言い方はやめてもらおう」
そんな横槍に、タルガ族族長は端的に言い放った。
「問題なかろう。ワルガ族は絶えた」
「絶えてなどおらぬ!」
赤いルカニダの将。ワルガ種ダル族の雄はすかさず立ち上がり反論した。
「我らダル族の元にはワルガ族の次代が残っている!いずれはワルガの意志を継ぎ、宗家たるワルガ族の元、ワルガ種は正しく導かれる!ワルガの意志は!そこのゼルク風情のものではない!」
正当な反論、というよりは悲鳴に近い主張だった。
「そして聞き捨てならぬのは、たとえゼルク風情であろうと、ワルガ種が戦いで臆することなどない!」
タルガ族族長はめんどうになったと言わんばかりに、右肘を膝に置き、頬杖をついた。
「名は好きに抱えておれ」
ワルガ種ゼルク族の老将は、赤いダル族を見もせずに言った。
「だが壁は名では落ちぬ。単純な力でも落ちぬ。ましてや数頼みの突撃で落ちるはずもない」
老将は続ける。
「壁を落とすには、落ちる場所を作らねばならぬ。言っておる意味が分かるか?」
老将の問いに幕舎はいくらか静かになった。
その誰も口を開かなくなった時を見計らったように、甲の隙間から漏れるように声が上がった。
「タルナデ、失っタ、兵力ハ、少なク、アリませン」
幕舎の隅に小さく、目立たぬように控えていたクルクリオ、人類が”平鎧”と呼ぶ種族の声だった。その声はお世辞にも流暢と言えるものではない。彼らは発声器官に難がある。
「死骸ノ、回収ハ、滞りなク、進んでいまス。シカし、再利用ハ四割、加工、モ終わっテ、オリませン」
剥がした樹皮に刻まれた内容を読み上げた。
「さっさとしろ」
幕舎のどこからか億劫な声があがった。それを非難する者はいない。
「ハイ」
クルクリオに反対の意思はない。反対する意味も理由もないからだ。この根っからの習性が、彼らが彼らたる所以でもある。クルクリオは同じガルンの民でこそあるが、決してダイナスやルカニダと同列ではない。はるか下の農耕、労働、兵站を担う隷属する者たちだった。
ただし、彼らなくして土は耕されず、兵は進まず、死骸は盾にも槍にもならない。ダイナスやルカニダにとっては雑多なクルクリオではあるが、それを多く有することは力につながった。
「それで、どう落とそうと言うのだ?」
また幕舎のどこからか声があがった。億劫さから転じて意欲的な声だった。
「タルナはナールムと比べて狭いが壁が硬い都市じゃった。狭けりゃ壁の中の数はさほど多くない。硬いが少ない。ゆえに奇襲が効く」
老将は言い聞かせるように、再び話を始めた。
「此度は逆じゃな。壁の高さこそ劣るものの、広さがある。すなわち数がある。広さを補うだけの数がな」
至極単純な事実だったが、これまでわざわざ壁を攻めることはなかったガルンの民からすると、それは金言に等しかった。
「それに、タルナを落としたことによって奴らも警戒しておるじゃろう。ナールムに奇襲は効かんと見る」
老将の言に反応したのはやはりタルガ族族長だった。
「ではやはり、正面からの突破ではないか」
この若い族長はどうしても突撃がしたいようだった。
「だからそれが甘いと言っておるのだ」
しかし、変わらずゼルクの老将は否を突き付ける。
「突撃による突破は否定せぬ。だがそれは正面ではない。然るべき時に、然るべき場所に突撃するのじゃ。それが落ちる場所を作るということじゃ」
特段、複雑な戦略ではない。至って単純で普通の戦略だった。しかしダイナスにとってそうではない。
「…また、我らに待てと申すか」
タルガ族族長は低く唸った。すでに彼は頬杖をついていない。
「貴様らの闘い方でタルナを落としたことは認めよう。だがしかし、貴様らが待てと言って我らの同胞が一体焼かれているのだぞ」
その声には不満がありありと表れている。
「タルナでは、ダイナス、ルカニダを問わず多くの戦士が散った。今さら一体焼かれて何を言う」
確かにタルナでは種族問わず多くの戦士が死んだ。しかしタルガ族族長は声を荒げて明確な反論をした。
「今さらではない!壁では多くの戦士が散ったのは確かだ。しかし我が同胞は壁ではなく、なんでもない荒野で焼かれたのだぞ!貴様らが待てと言うからだ!」
彼の言う同胞とは、先日に第九大隊と第一戦団が会敵した個体だった。
「過ぎたことだ、仕方あるまい。あとはその火を侮らんことじゃな」
飄々と返す老将に、タルガ族族長は立ち上がりこそしなかったものの、さらに声を荒げた。
「仕方なくなどあるものか!かの同胞は我らタルガ族の中でも最高の戦士の一体だった!ただの荒野の戦で焼かれるような戦士では断じてない!」
怒るタルガ族族長に対し、ゼルクの老将は静かなままだった。
「知っておるわ」
しかし、老将の声は低かった。
タルガ族族長の怒りが、そこでわずかに止まる。
「若き頃、かのツノとは数え切れぬほど打ち合った。見ろ、この左角に残る欠けを。その時のものじゃ」
老いたゼルクは、自らの波打つ横角の一部を指で叩いた。そこには古い傷があった。褐色に色褪せた甲とは違い、傷の縁だけ黒く、硬く、残っている。
「突き崩す力強さ、踏み込む速さ、受ける頑強さ。何より、退かぬ強い意志があった。タルガの中でも名のあるツノよ」
幕舎の空気が少しだけ静まったように感じられた。
「ならばなぜーー」
「だから言うたであろう」
老将は、若き将の言葉を遮った。
「そのツノを焼いた火を、侮るな」
幕舎がざわつく。
「報告でハ、後かラ、来タ、術使いノ集団ニ、焼かれタ、トアりまス」
ガルンの民は人類の術士を”術使い”と呼ぶ。侮蔑はない、敬意もない。術を使うから術使い、ただそれだけだった。
クルクリオの報告に複数の将が理解を示す。
「例の術使いだけの群れか」
「かの群れには多くの戦士を焼かれているからな」
「いかに名のあるツノであろうと、武運尽きたか」
クルクリオは報告を続けた。
「最初ニ、追加デ来タ、術使いとハ、問題なク、戦えタ。シカし後ニ、来た術使いニ、一撃デ焼かれタ、トアりまス」
幕舎のざわめきは大きくなった。甲が擦れる音が響く。
「そんなことが…ありえん」
「たった一撃で焼かれたと言うのか!?」
「誤報ではないのか?」
通常、人類の術士が単独で”ツノ持ち”を撃破するのは不可能と言っていい。ゆえに人類は術士を中心とした集団を作る。しかし集団になったとしても討伐が困難なことに変わりはない。満身創痍になりながらも”ツノ持ち”の足を止め、渾身の術を何度も当て、死闘の末に打ち破るのだ。決して一度の術で屠れる存在ではない。
「静まれい」
老将の一言に、騒がしさはいくぶん静けさを取り戻した。
幕舎に膝を下ろしたばかりのころには聞く耳を持たなかった若い将たちも、今はこの老将の言葉を待ち、求めていた。
「その前から戦いは始まっておった。幾度か火なり岩なり術を受けたであろう。それに術使い共は群れると術を合わせることがある。それが一撃の術に見えたのじゃろう」
知識と経験があるゆえの誤認であったが、それに気がつける由はない。
「次はその術使いの群れを先に砕く」
タルガ族族長は怒気を孕ませた声で低く言った。
「次はナールムじゃろうが。まぁよい、何にせよ術使いの群れは侮るな、ナールムにも術使いは多くおろうからな」
にわかに場の空気がざわついた。警戒や恐怖からではない。それは歓喜と興奮から来るものだった。
ダイナス、ルカニダの両種族にとって術使いの首は武功そのものだ。戦いに生きる彼らにとってそれは生き甲斐と言える。
「我らバラグ種が最も厚い場を砕こう」
一本の前角と二本の後角を持つ。手足が長く、体格が良いダイナスの将が言った。
「我がワド族も続こう」
続けて言ったのは、ツノこそ他に劣るが、ずんぐりした体格は最大級のダイナスの将だ。
「であればグレド族は薄い場を断つとするか」
そう宣言したのは、広い肩幅と平たい両角を備えたルカニダの将だ。
「ふむ。では最初に砕けた場をタルガがより深く砕けば良い。メル族も合わせよう、良いな御両人?」
タルガの若き将と、ゼルクの老将に問うたのは、体格は比較的小柄でこそあるものの、緑を地色とする美しい光沢を放つ甲を持ったルカニダの将だった。
「良いだろう。壁を砕く一番角の功はくれてやる。だがその後の術使いを狩るのは我らの功だ」
一番角。人類で言うところの一番槍と同義だ。タルガ族族長はこの功より、より多くの術使いの首を求めた。同胞が術に焼かれたことも関係しているのかもしれない。彼らは武功と同じくらい体面も気にする。それが種族の誇りに繋がるからだ。
「…それで良かろう」
ゼルクの老将は小さく返す。
軍議はその後、実務に話を移した。
しばし続いたが、軍議を終えるまで老将は黙したままだった。
視線の悟れぬ複眼。その奥を推し量れる者はここにはいない。




