その仕事、荷積み
招集の日。
エリクは、王女宮に出向いた。王女宮の門でギルド証と指示書を提示し、宮の中庭へ案内された。そこには、おそらくは茶会などを開くであろうパビリオンがあり、そこに王女サリエスが座っていた。王女の他には、執事、メイドが2名、女性騎士、男性騎士がそれぞれ1名、いた。エリクに気付き、女性騎士が軽く頭を下げ、王女が手招きし、着座を促した。エリクは、サリエスの向かいに座る。
「いらっしゃい、エリク。久しぶりね。」
「はい。王女殿下におかれましては・・・」
「そんな堅苦しい挨拶は抜きですよ。それにしても、あなたが“馬引き“についたと聞いた時は、ホント、驚きました。たしかに学園時の成績はお世辞にもいいとはいえませんでしたが、あれ、わざとなんでしょ?」
「えっと、何のことでしょう?成績は、私の実力です。」
「そう?私には、そうは見えなかったけど。まぁいいわ。あなたがそう言うのなら、そう言うことにしておきましょう。まずは、一杯、いかが?」
「ありがとうございます。いただきます。」
そう言って、エリクは出された茶を手に取る。茶は、ほのかにアプレの香りのする紅茶。
「この香りは、アプレ、ですか?優しい、ホッとする香り、ですね。この場所にピッタリだ。」
「ありがとう。ここは、わたくしが“ゼファリス“と名付けたのよ。ここで、風を感じながらこのアプレ茶を飲むことが、今のわたくしの、そうね、唯一の楽しみ、かしら。」
そう言って、少し自嘲気味に笑うサリエス。
「ここは、優しい風が通りますね。その風が、このアプレ茶の香りを一層芳しいものにしてくれる。“ゼファリス“、その名にふさわしい素敵な場所ですね。」
エリクは、風が流れてくる方角を見ながら、あえて“唯一の楽しみ“という言葉には触れずに、場所と場所の名前について、感じたことを素直に述べた。
「わかってくれる?わたくしが名付けた気持ち。」
「はい、納得です。」
「よかった〜。」
満面の笑みに変わるサリエス。何度となく、この場で茶会を開いた。しかし、招いた貴族の令嬢やたまに招く令息らからは、“風““茶の香り”“ゼファリス”の『3つを関連づけた感想』は皆無だった。だから、サリエスはその感想を聞けて、心の底から嬉しさが込み上げてきた。学園時代の話をしながら、久しぶりに、この時間を楽しいと感じているサリエス。
「お嬢様、そろそろ・・・。」
そんなサリエスの心を知ってか知らずか、執事が声をかける。
「そうね。もう少し、おしゃべりをしていたいのだけれど、今日は、そう言う場ではないものね。今度、改めて招待するので、お時間作ってくれるかしら?」
「はい、僕のような“もの(馬引き)“でよろしければ、喜んで。」
「ありがとう。では、さっそく・・・。」
ということで、ザンク湯治場までの移動計画と、持参品について確認が始まった。
まずは移動。
ザンク湯治場のあるパリューム辺境伯領は、王都とは隣接していないため、1つの貴族領を経ながら移動する。ザンク湯治場までは10日かかる見込みだが、宿泊用の宿は押さえず、基本、野営で夜を過ごすことになる。野営場所は、商業ギルド指定の場所を使用する。また、途中、2回川のほとりで野営することになるが、そこでは、王女は水浴びで移動の汗を流す。同行者は、この場にいる、執事、2名のメイド、2名の護衛騎士、そして、道中の護衛としてAランク冒険者が5名。なお、冒険者は、徒歩で同行するため、出発の日に顔合わせとなる。。
続いて食料。
食料は、移動時の分、つまり10日分だけ持参する。干し肉、野菜、香草、等々。ちなみに、現地滞在中は、現地調達になる。約1ヶ月の滞在中の付き人は、冒険者を除く同行者、執事1名、メイド2名、護衛騎士2名、そして、エリクの計6名。ザンク湯治場には、王家専用の館と、王女療養のための小さな館があり、今回は小さな館を滞在に使用する。そのため、この少人数で足りるのだそうだ。
最後に、馬車。
移動に使用する馬車は2台。王女が搭乗する乗用馬車と荷物積載に使用する荷馬車。王女が搭乗する乗用馬車は、執事が馬を引く。エリクは荷馬車の馬引き。荷馬車には、王女の衣類、付き人たちの衣類、10日分の食料、パリューム辺境伯への手土産、そして、野営用のテント、寝袋と焚き火用の薪。全ての荷物を荷馬車に積み込み、王女宮の敷地内にある倉庫に馬車をしまう。
エリクは入都用の書類を作成し、王女に内容を確認してもらう。内容は、入都する人数、積荷の内容、滞在期間、出都時の人数と積荷の有無。実際に、書類の内容を確認するのは、執事の役目。“問題ございません“と執事が王女に伝え、書類を渡す。“はい“と王女が書類を受け取り、自筆でサインを入れる。そして、その書類を執事がエリクに戻す。
「では、エリク殿。出発は明後日になりますゆえ、よろしくお願いします。」
執事がエリクに声をかける。
「かしこまりました。」
「エリク、よろしくね。」
「はい、殿下。」
エリクは、王女宮からの帰り、馴染みの武具店に立ち寄って、メンテナンスを依頼していたエリクの主武器、短剣を受け取り、帰路についた。




