その仕事、護衛(2)
食後のお茶の時間も終わり、最後の後片付けをしている時、少し前から向きの変わっていた風に乗って、焚いていた焚き火とは異なる炎の香りが、かすかに漂ってきた。普通の人、おそらくは、高ランク冒険者でさえ見逃すほどの微量な香り。エリクは、厳戒態勢を敷いた。いくら何でも、この時間帯に、この場所で、焚き火以外の炎を感じるとは、あまりにも不自然。目を瞑り、両耳に全神経を集中させて、“傾聴“を発動。すると、背後から近寄る、足音を捉える。音の重さから、魔獣の類ではないことがわかる。それは、人。それも複数。10人くらいはいるだろうか。おそらく、“野盗“。とはいえ、自分から注意を促すことはできない。今の自分は“ただ“の馬引き。ここは、護衛騎士か冒険者に気づいてもらうしかない。しかし、いずれも就寝の支度に入っていて気づいている様子はない。王女殿下はすでにテントに入り休んでいる。メイドたちも今テントに入ったところだ。執事や騎士も、テントの入り口付近で休んでいる。冒険者たちは、王女のテントからやや離れた焚き火の近くにいる。この形は、昨夜までと同じ。
と、全員が就寝態勢に入ったことを確認して、冒険者の一人が焚き火の火を消した。ここで、3つ目の違和感。昨夜までは、焚き火の火は消していなかった。冒険者が交代で、火を守っていた。ではなぜ、今日に限り消した?そして、炎が消えた後の煙の匂い。かすかではあるが、薬草の香り。なぜ薬草の香りが?しかもこの香り。マズイ、と感じたエリクは、自身のストレージから解毒用の丸薬を取り出し、人知れずに噛み砕いて、“寝ているフリ“に徹した。なぜこんなことをする?まさか?
足音が徐々に大きくなってきた。そして、すぐそこで止まった。と同時に取り囲まれた。気配でわかった。すると、それまで寝ていた、と思われる5人の冒険者が起き上がるのも気配でわかった。やはりそうか。
「おい、首尾は?」
「あぁ、大丈夫だ。薬草のおかげで、中でぐっすりおやすみだ。」
「護衛騎士は?」
「そこで眠ってる。」
「ふん、大したこたぁねぇな、騎士様ってのもヨォ。」
「じゃぁ、始めっか。とりあえず、王女様だけで、それ以外は始末しておけ。」
「メイドは?」
「好きにしろ」
「ありがテェ」
野盗の一人が、王女が眠るテントに近づき、入り口を開けて中に入ろうとする。と、その瞬間、入り口で眠っていたはずの2人の騎士が、テントの中に入ろうとした野盗を切り捨てた。
「ぎゃっ!」
2人の騎士も何かを感じていたのだろう。そして、騎士と一緒に執事も王女のテントの前に立ち塞がった。その雰囲気は、単なる執事のソレではなく、戦闘を経験しているソレ。まさか、この執事。その佇まいでわかる。“戦闘執事“だったとは驚きである。それにしても、雇った冒険者が“野盗“の一味、いや、野盗そのものだったとは。
「なぜ気づいた?」
「お前たちの行動だ。今日に限って、昨日までと明らかに違っていた。警戒するのは当然だ。」
(同じ意見だ。)
野盗と騎士のやりとりを聞いて、エリクも騎士の意見に同意した。とはいえ、分が悪いのは変わらない。野盗側の人数は、寝返った、というより、元々“野党“側だった冒険者と合わせて、15名。王女のテントを守りながらでは、たとえ優秀な騎士であっても、そこに、戦闘執事が加わっても3名では困難であることは明白。とはいえ、野党側も、騎士達を相手に迂闊に手出しができないでいる。その場を借りて、エリクはスゥッと気配を消し、少し離れて立っていた冒険者の一人の背後を取った。背後から、手を回して冒険者の口を押さえて、そのまま冒険者の心臓に短剣を一刺し。冒険者は、静かにその場に崩れ落ちた。エリクは、消音結界で自分と冒険者を囲んでいたので、周りにいた野党たちには気づかれていない。とはいえ、気づかれるのも時の問題。であれば、とエリクは素早く行動をとる。まずは、冒険者を標的にする。一人ずつ背後をとって、始末していく。最後の一人の背後を取り、口を押さえたところで、野盗に気づかれる。
「あれ?冒険者の奴らがいねぇ!」
「何?ほんとだ。あいつらどこにいった?」
「まさか、逃げたんじゃねぇだろうな?」
慌て出す野盗をよそに、冷静にことを進めるエリク。
「なぜ、こんなことをする。」
「⁉︎」
「馬引きの僕に話しかけてくれたこと、嬉しかったのに。」
「⁉︎」
「残念だよ。」
そう言って、エリクは、躊躇うことなく心臓に短剣を突き刺した。




