そんなの全然悪くはない
「うわっ!君はあの時の……!」
「あんた…また強引な勧誘しているのか…。栞に振られて今度は新入生狙いでもしてるのか?」
「まあ…ね。僕も後に引けないんだ。演劇部の命運が架かっているからね。」
「それは構わないが…嫌がっているのにしつこく勧誘するのは頂けないな。」
丸で絵本の中の王子様の様に私を救ってくれた人…それが先輩なんです。
でも、私が一番驚いたのは、先輩がお兄ちゃんに似ていた事なんです。しかも、それだけじゃありません。
「どうしたの雨宮くん?…うわっ!この前しつこく勧誘して来た謎の人。」
後から来た凄い美人…櫻木先輩は茜さんに似ていました。
「失礼だな…。君の勧誘は失敗したけど、今度は成功するから見ててごらん。さぁ…僕達と一緒に青春と言う名の輪舞曲を演じてみないかい?」
柊先輩はそう言って、私に手を差し出して来ましたが、あまりの出来事に私は放心していました。
こんな事がおるのでしょうか。神様が居るのを信じたくもなりました。この学校でお兄ちゃんと茜さんに似ている人に出会うなんて事、出来過ぎている。
「何言ってんだあの人は…。気にすることないよ変な人だから。君…えっと名前はなんて言うのかな?」
「うわ〜いきなり合った新入生を口説くの引くんだけど…。」
「口説いてないわ!唯、名前を聞いただけだ!」
「あっ…あの、有難う御座います。私、これで失礼します!」
取り乱した私は名前も名乗らず、三人の前から一目散に逃げ出しました。
そう、あの時は唯、頭がこんがらがっていたんです。
「や〜い。振られてやんの!」
「煽るな栞。先輩が可哀想だろ。」
「いや、君に言ったんじゃないか?」
「?…そんな事ないよな栞。」
「どっちもですよ。」
私は走りました。どうすれば良いのか分からず、唯走ったんです。空気が薄く、胃液が出そうになるまで…。途中、他の人にぶつかりそうになって漸く、足を止めました。
肩で息をし、精一杯空気を取り込もうとします。目からは涙が滲んでいました。
「う…う…うわあああ…!」
此処が学校だと知っていても、私は溢れ出る涙を止める事は出来ませんでした。少しでも過去を、先延ばしにしてきた過去を精算しなくてはならなかったんです。
「これが私の過去です。自分の事ながら最低ですよね。先輩をお兄ちゃんの代わりだと思って近づいたんです。そうする事でお兄ちゃんと一緒に居る事が出来ると思い込んで…。」
涙ながらに語る香織に俺は何も言う事が出来ずに立ち尽くした。
暗い沈黙が流れる。今、彼女に必要な言葉とは何だろう…。考えろ。導きだせ。
「それの何が悪いんだ?」
「…えっ…。」
意識外から出た言葉に香織は拍子に取られる。俺さえも自らの口から出たものだと、気づくのに遅れる。
「だって、単純な事だろ?香織にとってその人は居ないと分かっていても姿を見てしまうくらい大事な人って事だ。それの何が悪いんだ。」
「だって…!私は先輩の事を全く見ずに、あんな態度をとって、それって…物凄く失礼じゃないですか…。」
熱くなったのか、少しばかり突っかかる香織に俺はたしなめるように諭す。
「確かにそれはあまり褒められたものじゃないな…。でもそれって、香織の初恋相手みたいな素敵な人と重ねてくれるくらい俺の事を評価していることでもあるじゃないか。」
「それは言い方の問題なだけじゃないですか…。」
「そんな事ない。香織はちゃんと俺の事も好意的に見ている証拠だよ。…それが恋心かは分からないけどな…。」
冗談を言いながら、笑い掛ける俺を見て、香織は少し落ち着いた態度を見せ始めた。
「…もう…人垂らしですね…。先輩は。そうやって何人の女の子を堕としてきたんですか。」
「ああー!今の発言の方がよっぽど失礼だと思うけど!失敬だな、本心に決まってるじゃないか。」
「…ふふ…。先輩ったらしょうがないですね。」
そのはにかんだ笑顔は、少し柔らかく、丸で抱えていたものを足元に置いたような軽やかな風が吹いていた。




