圧倒的な才能
元々飯村先輩が演じるはずだったのは意地悪な母親役でした。入院している自らお腹を痛めて産んだ子供を、丸で要らない子の様に接するんです。
皮肉にも小言を言う感じが飯村先輩を想起させるのは脚本を考えた先生が生徒をしっかり観ている証拠でもあったのでしょう。
然し、この役は何とも難しい役で、今までこのタイプを演じてこなかったものですから、こ
の役をさらりと演じていた先輩は実力も買われていたというのが伝わりました。
「…はぁ……、いい加減にして欲しい…。いつまで入院しているのかしら…。…こんな感じでどうですか?」
「凄いよ!花宮さんはこのタイプの役でもこなせるんだね!」
「へへ…そうかな。」
幸いな事に主役の女の子で無ければ、演じる事が出来なくなる事はありませんでしたので、私は自分の実力を発揮できました。幼い自分の子にこんな仕打ちが出来るのは理解出来ませんが………身の周りに丁度、参考になる人が居ましたし…。
そして舞台当日。
この日の劇は正に大成功と言って過言では無い出来になりました。
「凄いぞ!お前達、俺が観てきた中で一番の仕上がりだった!感動したぞ!」
いつも寡黙な先生が鼻息荒く私達に語っているのを見て、その言葉はお世辞では無いと素直に受け止める事が出来ました。
「特に花宮!凄く良かったぞ。…最初は心配していたが、全くの杞憂だった。寧ろ、この役の方が向いていたのかもな。」
「…はは…。お褒めに頂いて光栄です。」
私も上手く演れた自信があったので、そこは凄く嬉しかったのですが……それと同時に主役を演じられていたらどうなっていたのか…、そんな事が頭を過ぎりました。
結局の所、何も解決はしてはいないので、この先、もし同じ事が起こったら……私の心は複雑でした。
「…くそ…!こんなはずじゃ…。」
それは飯村先輩も同じ様で、先輩の演技も悪くない…寧ろ、かなりの出来だったと思いますが、悔しさを滲ませながら、舞台裏へと消えていきました。
「…花宮さんの演技に比べれば、飯村先輩は大した事ないんじゃない?」
「ね〜。普段あれだけ大口を叩いて於いて…。
みっともない。」
「しっ…!聴こえるよ。」
怖いものです。あれほど一緒に居た取り巻き達も掌を返した様に陰口を言っていました。いえ、もしかしたら最初からそうなのかもしれませんね。あまり良い気分ではありませんが…。
私は飯村先輩を良く思ってはいなかったけれど、今回の公演での演技は素晴らしかったと伝えたくて探しに行きました。
先輩は舞台裏の廊下で一人黄昏ていましたが、その姿は主役の座をもぎ取ったとはとても思いませんでした。
「…笑いに来たの…。」
「いえ、感想を言いに来ました。」
「…そう、どうだった?」
「良かったです。とても。」
「ふん、貴方に言われても皮肉ね。私も自分史上一番の出来だったと思うわ…。」
「だったら、そんな気にすることは…。」
「これを観てもそう言えるかしら…。」
そう言って、先輩は手に持っていたアンケート用紙を私に渡しました。
演劇部では、公演が終了した後にお客様にアンケートを書いて貰っていました。どこが面白かったのか、悪かったのか、誰の演技が良かったのか、など様々です。
それには、こう書かれていました。
「意地悪な母親役が良かった。」
「脇役の人の演技が凄い!」
私の事ばかり…どのアンケートでも言葉は違えど、皆同じ事が書かれていました。
「主役は私なんだけどね…、観に来ている人にはどうやら違うように視えたようね。本当に腹立たしい事この上ない。」
自虐的に笑う先輩の顔には、呆れてものも言えないと、そう描いてありました。
「私がどんなに上手く演じても、貴方がそれを上回るのよ。…正直言って目障りなの。」
「私は唯…、自分のやりたいように…。」
「…そうね、貴方は悪くはないわ。悪いのは私の問題。貴方が主役を演れないと分かった時はラッキーと思ったけど…。結局罰が当たったのかもね。」
「…………。」
「…いいえ、それは違うわね。そんな理由を言える実力差ではないもの。貴方の凄さは。」
「…そんな事はないですよ。私は未だに自分に科された問題に向き合ってはいませんから。」
「……何があったのかは知らないけど、貴方も人の子だったのね。まぁ頑張りなさい。私の分まで。」
「先輩はこれからどうするんですか?」
「辞めるわ。もう演劇はしないと思う。とてもじゃないけど出来ないわ。丁度良かったわ、受験もあるし。」
先輩の目にうっすらと涙が浮かんでいたのは私の気の所為だったのでしょうか。
「…そうですか…。」
「何で貴方が残念がっているのよ。喜びなさいよ。厄介者が居なくなるんだから。」
「先輩は私が思っていた人じゃなかったので。」
「なにそれ、嫌味かしら。…じゃあ、頑張りなさいよ。色々と。」
去って行く先輩の背中は、まだ何か燻っている様に視えましたが、それを受け止められる程、私も強くはなく、唯、その背中を黙って視る事しか出来ませんでした。




