古傷
「そう…。それは辛かったわね…。」
先生は私に寄り添ってくれました。優しく、私の気持ちを解くように…。
「私、最低なんです。大事な人を忘れるなんて…。」
「花宮さん…自分を責める必要は無いわ…。仕方が無かったじゃない…。幼い娘にはあまりに酷な話だもの…。」
「でも…、これからどうしたらいいか…分からないんです。」
お兄ちゃんを失い、その人に私の演技を観て貰う夢はもう2度と叶う事は有りません。どんなに頑張っても…。
「とりあえず今日はもう帰って、休んだ方が良いわ。今後の事は後で考えましょう。」
「…はい…。」
その日の夜は、これからの事を考えてあまりよく寝れませんでした。
「花宮さん!…もう大丈夫なの!」
後日、登校すると、郡上さんが心配しながら話掛けて来ました。
「うん。何も心配は要らないわ…。」
私は彼女を不安にさせてはいけないと、元気なフリをしました。
「…そう。貴方がそう言うならいいけど…。何かあったら相談してね。」
彼女は恐らく気付いていたでしょう。でも、私の気持ちを汲み、踏み込みはしませんでした。私も友達に相談しようか迷っていましたから…助かりました。
これは余談になるのですが、私が幼い頃に入退院を繰り返していた事は、教師などの方々には共有されていましたし、私も特に気にしても無く、隠してはいなかったので、同じ小学校の子を始め、同級生にも私の境遇を知っている人は多かったと思います。
…勿論、お兄ちゃんや茜さんの事は知らないでしょうが…。まさかこんな事になるなんて、顧問の先生も驚いたでしょう。
早速、放課後に部室に郡上さんと顔を出すと、皆が驚いた表情をして私に駆け寄って来ました。
「花宮さん、もう大丈夫なの!」
「いきなり倒れたから心配したよ!」
「えっと…。」
「はいはい!そこまで!」
詰め寄る部員達に窒息しかけたところを、郡上さんが助け舟を出してくれます。
「御免なさい…。私達…。」
「大丈夫だよ。心配してくれて有難う。ほらっもう元気モリモリだから!」
力瘤を出すパフォーマンスをして、アピールをすると、周りの人達は笑ってくれました。
「ふふ…変なの。」
「あっ!そろそろ先生が来るよ!」
ガヤガヤと元いた場所に戻る皆に聴こえないように、郡上さんに御礼を言いました。
「さっきは…有難ね…。」
「気にする事ないわ。私達の仲じゃない。」
その気持ちはとても嬉しかったですが…、それだけに全てを打ち明けられない自分に罪悪感を憶えました。
そして、一番の問題は……。
「貴方…、あっ…、…御免なさい…。」
「いいよいいよ。気にしないで。」
私が演技を出来なくなってしまった事です。
正確には貰った役柄のみ、台詞が出て来なくなりました。
何か心の片隅でこの役に思う事でもあったのでしょうか…。それとも内心では演技が嫌いになってしまったのか…。
少なくとも当時の私は役者として致命的な弱点を抱えてしまったのです。
「大丈夫!大丈夫!きっと出来るようになるよ。」
郡上さんは変わらず私を励ましていましたが、他の皆はその限りでは無かったようで…。
「…また、花宮さんの所からやり直しだよ…。」
「辛い事があったのかもしれないけど…。ちょっと…ね。」
「まぁ…可哀想だしね…。」
元々入って来たばかりで活躍して、先輩達にも思う所はあったのでしょう。その不満が私の不調と重なり、水道管が壊れたように漏れ始めました。
「いい加減にしてくれる?」
その煽りを一番受けたのは、飯村先輩でした。
「貴方の所で止まるのは何回目かしら?他の皆も迷惑しているわ。」
「…すいません。」
「そんなにやりたくないなら私と交換してよ。いいですよね、先生。」
「そんな勝手に決めるな。この劇は皆に適した配役を選んで作った俺のオリジナルだぞ。」
先生は事情を知っていましたから、私の事を何かと庇ってくれていましたが、そういう特別扱いな感じも部員達の不満になっていたのでしょう。
「…いいですよ。変わって貰って。」
「おい、本当にいいのか。」
「…はい、構いません。どの道、今の私では演技以前の話ですから…。」
少し前の私なら、先輩達にやっかみを言われても問題ありませんでしたが、今回ばかりは流石に堪えました。
「花宮が言うならしょうがない。…二人は役を変わってくれ。台本を少し手直しするから、明日から稽古を始める。」
「…案外、聞き分けの良い子だったのね。正直、もっとゴネるかと思ったけど…。」
「……皆に迷惑を掛けてまで、我を通すつもりはありませんよ。」
「あら、カッコいいこと。じゃあ、私の役で頑張ってね〜。」
すれ違いざまに軽く手を振りながら、ニヤケ顔で煽る飯村先輩の顔は、今でも忘れらません。悔しくて、情けなくて、それでも言い返せなくて泣きそうになってしまいました。
ですが、それ以上に……自分の心の弱さにがっかりしていました。




