解かれた記憶
「なるほど…、私の境遇にそっくりだ…。」
この劇のストーリーは、主人公となる少女が身体が弱く、幼い頃ころから病院での生活を強いられていて、夢も希望も無い状況からある人の出会いにより、生き方を見出す…。そんな感じの話でした。
「以上!台本は明日渡すから、今日はこれで終了。」
終わりの合図が告げられ、先生は部室から去って行くと、部員の皆は、酸素を取り込んだように、ざわざわと騒ぎ始めました。
「やったね花宮さん!主役だよ!凄い!」
鼻息荒く、郡上さんが私に話掛けて来ました。
「偶々、役柄と合っただけだよ。でも頂いたからにはしっかりやらなきゃね。」
「流石!…でも、気をつけた方がいいかもしれないよ…。」
「何が?」
不安そうな顔をしながら、郡上さんは耳打ちをしてきました。
「…さっき、役が決まった時、文句を言っていたでしょ…。3年生の飯村さん…。あの人、プライドが高くて有名だからさぁ…。何かして来ないといいけど…。」
3年生の飯村香菜さん。この演劇部の問題児のように扱われている人で、他の部員から煙たがられていました。私自身も小言を言われる事もあり、あまり良い印象を持っていませんでした。
「飯村先輩だって、準主役級の大きい役なのに…。」
「そう言う事じゃないのよ、多分…。後輩に自分より良い役が取られるのが気に入らないのよ。」
どんな役だろうと、劇の話を形作る物で重要さの大小は有れど、良い悪いなんて物ではない…。
やはり私は、彼女の事があまり好きになれませんでした。
「…まっ、そんな事は気にせず頑張りましょう!私も小さい役だけど負けないから!」
「うん!!」
「…ちっ…。いい気になりやがって…。」
次の日から、稽古が始まりました。私はしっかりと台本を読み込んでいたので恙無く進むはず……でした。
ある場面の途中、それは女の子がある人から
言葉を貰い、絶望から希望へと価値観が移り変わって行く――――劇の中でも一番の見せどころの場面。
「有難う。私に言葉をくれて。私の価値を認めてくれて……。」
問題無く、台詞は頭から喉を通り、口から発声されていました。
「貴方は私の……、あっ……えっ…、」
突然の事でした。頭では分かっているのに口から言葉が出ないんです。もうパニックでした。
「あ、あ、え…、」
何とか言葉を紡ごうとして、より焦り、過呼吸気味になっていきました。
ざわざわと周囲が騒ぎ始め、意識が朦朧とする中、頭の中にはある二人の男性と女性が現れました。
「花宮さん!しっかりして!!」
…私を心配しているのは誰だっけ…?
……香織ちゃん……大丈夫?…
その音が脳を伝い、その言葉を、その意味を、その相手を認識した時、私は意識を絶たれる事になりました。
「…はっ……!此処は…?」
目が覚めた時、私は学校の保健室に居ました。
恐らく、誰かが此処まで運んで来てくれたのでしょう。…白い掛布とシーツが、病院のそれを想起させ、少し気分が落ち込みます…。
「…何で忘れていたんだろう……。」
封印していた記憶の断片。それが開いた時、私は涙が止まらなくなっていました。
「お兄ちゃん…茜ちゃん…。」
このまま水分が出尽くしたら、この感情も一緒に流れ落ちて行くのだろうか…。
溢れ出ているのは、涙と感情が混ざった水溶液。
それらは私の意志ではどうしようもなく、頬を伝って行きます。
「…入っても大丈夫かしら…?」
トントン、とドアを叩く音と申し訳なさそうな声で我に返えり、腕を使って強引に涙を止め、返事をします。
「どうぞ…。」
ガラガラとドアを開いて入って来たのは、保健の先生でした。私の様子を観に来たのでしょう。そりゃ、いきなり気絶して倒れたんですから…。
「落ち着いたかしら?」
優しい声色にどこか配慮の匂いがしました。…どうやら私の泣き声は廊下にまで響いていたようです。
それとも、泣き腫らした目を見て分かったのでしょうか。
「お陰様で、大分落ち着きました。」
「そうなの…。差し支えなけば、教えてくれる?貴方のその目の理由…。」
「……。先生、私は酷い人間です…。」
私は先生に絆されて、思い出した過去の事を話しました。お兄ちゃんの事、茜さんの事。
―そして彼らがもうこの世界にはいないという事も――




