第557話 ロックガン湖の海賊
エメラルドグリーンの波が少なく穏やかな湖を船が一艘進んでいる。船は十メートルほどの大きさの木製の帆船だった。帆船の中ほどに二人乗りの座席が五列並んでいた。
「しっかし…… ブルーベイ島に行きたいなんてな」
船尾で舵をとる中年男性が声をあげた。白いシャツに黒いズボンを履き帽子を被った髭面の彼の名前はシャルルというこの船の船長だ。ロックガン湖は広く百近い島がある。大きくて人が多い島には定期船があるが、グレン達の目的地であるブルーベイ島にはない。シャルルは船を使って定期船がない場所へ人や物資を運ぶ水上タクシーを生業にしている。
「みんな行かねだが?」
シャルルの言葉にラピが振り向いて尋ねた。隣に座るララも振り向いてシャルルに視線を向けた。
「あぁ。なんせ呪われた島だからな」
「えっ!?」
「んだべか……」
驚くララとラピ、二人のすぐ後ろに座っていたクレアがほほ笑み口を開く。
「ブルーベイ島はかつて海賊の砦があったんですよ。少し前に冒険者ギルドによる討伐が行われたんですよ。以来、無人で魔物も少ないのですが……」
話をするクレアにララとラピが視線を向けた。二人は黙って彼女の話を聞いていた。クレアは少し間を開け話をつづける。ちなみにここはロックガン湖で海ではなく本来なら湖賊だが、かつてロックガン湖はノウレッジの北部の海だと勘違いされていたためロックガン湖に出現する賊は海賊と呼称される。
「夜中になると海賊が使っていた廃墟に光や人影をみるようになったんです。だから呪われた島なんですよ」
「おぉ。その通りだ。良く知っているな姉ちゃん」
「ふふふ……」
クレアを褒めるシャルルだった。彼女は振り向いてほほ笑みシャルルに向かってうなずいた。
「呪われた島……」
「どうした? こええのか? ララ」
「ムっ! 違うわよ! グレンのくせに! べーーー!」
話を聞いて顔を青ざめさせたララをからかうグレンだった。ララは彼を睨み両手をあげ舌をだすのだった。
「着いたぜ!」
シャルルが前方を指さす。彼が指した方向に大きな島が見えて来た。長方形の島は手前は小さな山になっており、奥側は見えないが並び石造りの砦がある。この長方形の島がブルーベイ島だった。
「迎えは必要ないんだよな?」
「はい。ありがとうございました」
山の麓の湖に面した二メートルほどの小さな岸壁に作られた古い木製の桟橋にシャルルは船を着けた。下船し桟橋にたったグレン達に彼は声をかけた。クレアが返事をすると右手をあげ挨拶をし、シャルルは逃げるように船をすぐに桟橋からはなすのだった。
「ここが呪われた島……」
「おいおい。心配するなよ。俺たちが住んでるんだぞ」
「そうだよ……」
「そうよね。ごめんなさい」
桟橋に立って緊張した面持ちで、ブルーベイ島の小さな山を見つめるララにトーキーとポーキーが不服そうにしていた。ララはすぐに謝った。横に立つラピが同じように山を見つめ口を開いた。
「んだけど…… ヴァンパイアが住んでるなら不気味だべよ」
「えぇ。ひどいよ…… ラピさん」
「すっすまね……」
不気味と言われ落ち込むポーキーにラピは振り向いて慌てて謝るのだった。
「ふふ。心配しなくても大丈夫ですよ。仮に海賊の霊が出て来たとしても…… 私がまた」
背中の大剣に手をかけ山に視線を向け、不気味にほほ笑むクレアだった。彼女の言動にグレン以外の四人が怯えた表情を浮かべた。
「もしかして海賊の討伐にクレア義姉ちゃんも参加してた?」
「えぇ。そういえば海賊のリーダーはロックガで縛り首になったんですが…… ずっと私を睨んでましたね」
「ははっ…… じゃあ何があってもクレア義姉ちゃんを襲ってくるな」
笑顔でうなずくクレアだった。かつてブルーベイ島は黒小竜海賊団と呼ばれる海賊が根城にしていた。彼らは度々ロックガや周囲の島々を襲い発展を阻害していた。困った教会は神聖騎士団と冒険者ギルドに討伐を依頼した。クレアはその討伐軍に所属していたのだ。
「そうですね。だからララちゃん怖くないですよ。全部お姉ちゃんに任せてください」
「うるさい!!!!! ほらさっさと行くわよ!!! トーキー! ポーキー! 案内して!」
振り向いてクレアを睨みつけたララは前を指し、ポーキーとトーキーに道案内しろと命令する。
「任せて」
「おう。ちゃんと幽霊がでないとこ行くから!」
「怒るわよ!!!」
トーキーが笑って舌を出す。ポーキーとトーキーの二人は返事をすると先導して歩き出す。グレン達はブルーベイ島にある安寧の血の集落を目指す。
桟橋から岸壁を切り開いて出来た金属製の古い階段を上がり山道に入る。海賊が消えてから放置されうっそうとした森の荒れた道を頂上へと向かってグレン達は歩いていた。
「山を越えて少し下ると洞窟がある。我々の集落はそこの中だ」
道の先を指して振り向くトーキーにララが首をかしげた。
「洞窟? 海賊の砦があるのにつかわないの? 不便じゃない?」
「島の側を定期船が通るからな。砦にいたらバレちまうだろ。それに洞窟は意外と快適だぞ。地下遺跡でテーブルとかついている」
「うん…… 食べ物はなかったけど……」
得意気に答えるトーキーの横でポーキーはがっかりした様子で肩を落とす。トーキーはポーキーにあきれていた。
会話を聞いていたグレンが顔を横に向け隣のクレアに尋ねる。
「地下遺跡…… クレア義姉ちゃんは知ってた?」
「いえ…… 初めて聞きました……」
顎に手を置いて真剣な表情で道の先を見るクレアだった。グレンは彼女の様子が気になり声をかける。
「どうした?」
「いえ…… 地下遺跡があれば海賊たちが気づいて利用してそうですけど……」
難しい顔で腕を組むクレアだった。至近距離にある遺跡に海賊が気づかずに、放置していたのを不思議なようだ。
考えているクレアをグレンが心配そうに見つめていた。クレアは少しして腕を下してグレンにほほ笑む。
「ちょっと気にしすぎですかね。行きましょう」
「あぁ」
前を指すクレアにグレンはうなずくのだった。グレン達は島の小さな山の頂上を超えて山道がゆっくりと下りはじめた。
「ポーキー! トーキー!」
坂の下から一人の男が先導するポーキーとトーキーの前まで走って来た。男は赤色の短い髪に細身で目も細く眼鏡をかけ水色のローブに身を包み腰に細長い剣をさしている。
「おう! ラッキー! どうした?」
男を見たトーキーが彼に声をかける。男の名前はラッキーという。彼は安寧の血の一人である。
「えっと…… うん!?」
顔を上げたラッキーが二人の後ろに居るグレン達に気づいた。ラッキーはトーキーを不思議な顔で見つめた尋ねる。
「この人たちは……」
トーキーが体横にしてグレン達がラッキーに見えるようにした。
「ヴァンパイアハンター協会の人達だよ」
「なっ!? どういうことだ?」
「まぁ待て! 彼らは大丈夫だ。マージャ様と大事な話があって連れて来た。」
驚くラッキーにトーキーは両手を向け上下に動かしながら落ち着くように諭す。
「マージャ様…… はっ! そうだ! マージャ様が……」
ハッとして怯えたような表情をするラッキーだった。マージャは安寧の血の族長である。彼女はノウレッジに来る前にヴァンパイアに襲撃され怪我を負いブルーベイ島に身を隠し療養していた。
ラッキーの様子を見たポーキーとトーキーは顔を見合わせる。二人の顔が徐々に青くなっていった。
「なっなんだ!? どうかしたのか? まさか…… もう……」
声を震わせるトーキーだった。彼は療養中のマージャの容態が悪化し、最悪の事態が起きたと覚悟していた。




