第555話 川を北へ
数十分後…… 何度目かの空になったパスタが横へずれていく。ただ、今回はおかわりの号令は聞こえない。
「うぅ…… ごっちゃんです…… うぷ」
「私もだ…… うぷ!」
腹をパンパンに張らせたポーキーとオリビアが苦しそうに声をあげた。二人を見てクロースとトーキーが
「まったく食べすぎですわよ」
「そうだ! ポーキー!」
注意を受けた二人は何が悪いのかわからないと言う顔をした。首をかしげた二人は顔を見焦るようになり目が合った。二人はほぼ同時に笑った。
「やりますね……」
「君もな…… さすがヴァンパイアだ」
互いに健闘を称えオリビアとポーキーが拳を合わせる。二人を見ていたトーキーが目を大きく見開いて顔を横に向けた。
「なぁ!? なんでこいつ…… 俺達のこと知っているんだよ」
「へっ!? あぁ。彼女たちは私達の仲間ですのよ」
オリビアが自分達がヴァンパイアだと知っていることに驚くトーキーだった。笑顔でクロースはオリビアを指してトーキーに答えたのだった。
「ふぅ…… お粗末さま。二人が一杯食べてくれて作り甲斐があったよ」
「おう…… 任せろ」
「僕もいつでもお手伝いしますよ」
大皿を下げながら二人に声をかけるグレゴリウスだった。オリビアとポーキーが親指を立てグレゴリウスへと向けていた。クロースとトーキーは二人の
ふとクレアが笑って左手で口を押える。
「あれ!? クレアさん…… 左手……」
グレゴリウスがクレアの左手の女王の指輪に気づいた。彼の言葉を聞いたクロースがまずいという表情をする。クレアはクロースの表情に気づかずに嬉しそうに笑った。
「えへへへ。これ!? グレン君が私にくれたんですよ」
「げっ!?」
笑ったクレアはちょっとだけ自慢げに左手の甲を、グレゴリウスに向け光る指輪を見せた。彼女の言葉を聞いてキティルは顔を歪ませ声をあげる。クロースが心配そうにキティルに視線を向けた。
「へえ。グレンさんから…… つっついに二人は……」
「えっ!? ちっ違いますよ……」
クレアとグレンを交互にグレゴリウスが見た。グレンは意味が分からず首を傾げクレアは誇らしげに笑いながら手を横に振って拒否していた。
「懐かしい僕もオッちゃんに…… 帝国のグアラガン湖が見渡せるホテルの窓辺で…… 僕の身長に合わせて膝をついてくれて…… オッちゃんは珍しく顔を真っ赤にしてね」
腹をさするオリビアに視線を向けグレゴリウスは懐かしそうに話をしていた。オリビアが顔を真っ赤にして手をグレゴリウスに向けて出した。
「おっおい。グレ…… ちょっと恥ずかしいだろ……」
「良いじゃん。オッちゃんからのプロポーズうれしかったんだよ…… きっとクレアさんも嬉しかったんですよねぇ?」
「もう…… 違いますって……」
ニヤニヤと笑いながらクレアは左手を大事そうにかばうようにして右手で覆う。グレゴリウスはそんな彼女をほほ笑んで見つめていた。そこでキティルがいきなり立ち上がる。
「なっなにを…… プロポーズですって!! どういことよ!!!!」
「ひぃ!!」
「グレ!? 逃げろ!」
手を伸ばしてくるキティルに悲鳴を上げるグレゴリウスだった。彼は怯えて大皿を両手で持って屋台へ逃げて行った。
「ふぬーーーーーーーーー!!!」
キティルの狙いはグレゴリウスではなくクレアだった。向かいに座る彼女の手に向かって行ことするキティルだったが、首根っこを引っ張られ止まった。
「キティル! おやめなさい!」
「いや! なんで!? どうしてーーーーー!!!」
両手を伸ばして叫ぶキティルだった。クレアは左手を見せつけるようにして、キティルに向かって勝ち誇った顔を向けている。グレンは横目で二人を見て首を傾げた。
「なんだ? どうしたんだ? キティルは? 悪いもんでも食ったのか?」
グレンの言葉にララが盛大なため息をつく。
「はああ…… あんた…… 本当に……」
「どうしようもない人だべ」
「えっ!? なんだよ!」
あきれる二人にグレンはわけがわからずさらに首をかしげるのだった。
「人間も複雑だな」
「そうだねぇ…… パク」
グレン達を見て笑うトーキーだった。うなずいたポーキーは口元についていてパスタのかすをつまんで口に運んだのだった。
翌朝の夕方…… グレン、クレア、ララ、ラピ、ポーキー、トーキーの六人は魔導起動船に揺られていた。
「ふわああ…… 暇だな」
「そうですね。うーん」
甲板の手すりの前で川岸の向こうに流れる平原の風景を見てグレンがあくびをし、横に立つクレアは大きく背伸びをするのだった。
「ポーキーさんは大丈夫でしょうか?」
「船酔いがひどいみたいだな。昨日の夜あんだけ食うからだよ」
「ふふふ。オリビアちゃんと同じくらい食べる人初めてみましたよ」
前日の夜に食べすぎたせいかポーキーは船酔いがひどく、船室で横になってトーキーが介抱していた。
「しかもあいつ薬飲ませたらまずいとかほざいたからな……」
グレンは呆れた顔をで肩をすぼめていた。クレアはグレンを見てほほ笑んだ。
「薬もそろそろ効くし…… 長くても明日の朝には下船するからな」
心配そうにグレンは振り向いて船内と甲板をつなぐ扉を見つめるのだった。グレン達は安寧の血の族長に会うためロックガン湖へと向かっていた。
聖都からロックガン湖へ向かうには汽車で西へ進みドロボイック川駅で下車する。ドロボイック川はノウレッジ大陸を南北に縦断する川で、停船所から南北へ魔導起動船が営業している。
ドロボイック川は途中でグレイランビル川と合流し、またしばらく行くとロックガ川になりロックガン湖へと到着する。早朝出発したグレン達だったがロックガン湖への到着は翌日になる。
「うん!?」
「クレア! ちょっと教えて欲しいんだけど!」
「えっ!? はーい。すぐに行きますよ。待っててください」
扉が開かれ本を持ったララが出て来てクレアを呼んだ。クレアはすぐに振り向いてララに返事をした。ララはうなずくと扉を閉めて船内へと戻ったのだった。
「なにか教えているのか?」
「はい。ララちゃんは私の光の剣に興味があるみたいですね。じゃあ行って来ます」
右手を上げグレンに向かって振り、クレアはララが閉めた扉を開け船内へ戻ろうとした。
「あら!?」
扉を開けたクレアの腕の下をすり抜けるようにして、今度はラピが飛び出して来た。ラピは左手に本を持っていた。彼女はグレンの元へと早足でやって来ると本を開いて差し出した来た。
「グレンさん! これ教えてけれ!」
「おう…… なんだ?」
返事をしたグレンは手を伸ばしラピの手から本を受け取った。
「キノコの調合か…… よし! あっちにベンチがあるからそこに行こう」
「んだ!」
ラピが差し出したのは薬の本で主にキノコなどの調合について書かれていた。グレンは本を見ると船主の方角を指した。ラピは大きくうなうじて返事をした。
朝もやの中を魔導起動船がゆっくりと進んでいる。川の両岸には高い石作りの建物が並んだ巨大な町が見える。ここはロックガという町だロックガン湖に沿いにある一番大きな町である。巨大なロックガン湖に面したこの町は魔導機械の工場が多く、特に魔導起動船の生産地として有名である。また、北部の寒冷地域とグレートアーリア平原を繋ぐ物流の拠点としても発展している。
「ふぅ…… 到着!」
ポーキーが勢いよくタラップを伝って魔導起動船から下船した。すぐにトーキーが彼に続いて下りて来た。二人の前にはグレン、クレア、ララ、ラピの四人がたっていた。ロックガの町の停船場でグレン達は魔導起動船を下船したのだ。
「ここからは小さな船に乗ってロックガン湖へ向かいますよ」
「また船か……」
「そんなこと言わないの! 行きますよ」
町の中を指してクレアが口を開くとグレンがうんざりと言った顔をした。すぐにハッとした彼は振り向いた。
「ほら! これ飲んどけよ」
「えっ!?」
「酔い止めだ」
「ありがとう!」
グレンは手に乗るくらいの小さな革袋をポーキーに向かって投げた。革袋には酔い止めが入っているという。投げた革袋を受け取ったポーキーは嬉しそうに右手をあげた。
「まぁ…… あれラピに試しで調合させてやつだけど…… 大丈夫だろ」
「??」
前を向いて舌を出したグレンは誰にも聞こえないような小声でつぶやくのだった。横にいたクレアが唇を動かすグレンが気になり首をかしげていた。
「グレン! クレア! 早く!」
「おう! 待ってな」
先に居るララがグレン達を呼ぶ。彼らはロックガン湖にある安寧の血の族長が隠れるブルーベイ島を目指すのだった。




