第551話 知らぬが仏
「あっ! おかえりー!」
扉を開けるとじょうろを持ったララがグレン達に声をかけて来た。グレン、クレア、トーキーの三人はヴァンパイアハンター協会へと戻って来ていた。
近づいて来たララの頭に手を置いてグレンが尋ねる。
「さぼってなかっただろうな?」
「なっ!? 失礼ね!」
ララはグレンの手を振り払い不機嫌そうに口を尖らせて頬を膨らませる。
「ほら! 見てよ! ちゃーんと面倒みてたわよ! ねえ? ラピ」
「んだ! ほれ!」
ポーキーの横に立ったララは彼に手を向けて指し、近くにいるラピに声をかけた。ラピは大きくうなずきララと顔を見合わせて笑った。グレンが視線をポーキーに向けた。もこもこの苔に囲まれ座るポーキーは彼の丸い体形も相まって小さな山のようになっていた。二人はきちんとポーキーの苔を世話していたようだ。
「あぁ。そうみたいだな。悪かったよ。ありがとうな」
苔の山になったポーキーを見てグレンは笑ってうなずいた。グレンの様子を見てララは得意げな顔をする。
「へへへ。書類をチマチマ書くよりこっちの方が性に合うのよね」
「おらも!」
両手をあげてうれしそうにララの言葉に同意するラピだった。二人を見てグレンは笑っていた。クレアは鞄をかかえ苦い顔をグレンに向けていた。
振り向いてグレンはクレアに手を差し出した。
「さぁ…… ポーキーに飲んでもらおうぜ」
「はい」
鞄を開けたクレアは中から瓶を取り出しグレンに差し出した。腕を伸ばすグレンにトーキーが声をかける。
「おっ俺にやらせてくれ!」
「そうだな。頼む」
グレンは笑顔でうなずいて手を引っ込めトーキーに譲った。クレアからトーキーはトマトジュースが入った瓶を受け取る。
「これが…… 血の代わりなの? ただのトマトジュースじゃない?」
「んだな」
グレン達の横で渡される瓶を見上げながら、首をかしげるララとラピだった。
「それはダグオンさんを信じてもらうしかないですね」
「あぁ。そうだな」
二人に顔を向けほほ笑むクレアの横で、グレンはうなずいていた。瓶を受け取ったトーキーはポーキーの前へと来た。
「ポーキー……」
トーキーは静かに座って寝ているポーキーを見つめ瓶の蓋を外す。
「えっと……」
困った顔で開けた瓶とポーキーを交互に見るトーキーだった。座ったポーキーは口を閉じて斜めを下を向いている。瓶を開けたはいいがどうやってポーキーにトマトジュースを飲ませればいいのか、トーキーは悩んでいるようだ。
「ほら! これ使えよ」
グレンは開いたままのクレアの鞄に手を突っ込み、じょうごを出してトーキーに差し出した。
「これは……」
手を伸ばしトーキーは円錐の先に管が伸びた銅製のじょうごを受け取った。しかし、彼はさらに困惑した様子で首をかしげ居ている。じょうごをどうやって使えば良いかわからないようだ。
首をかしげるトーキーにグレンが声をかける。
「なにやってんだ?」
「いっいや…… どうすれば良いかわからなくて……」
「あぁ。なんだ…… 貸してみ」
トーキーからじょうごを受け取ったグレンはポーキーの元へ向かって行く。ポーキーの元へ来たグレンはじょうごを指に挟んで持つ。
「ほっ!」
慣れた様子でグレンはポーキーの額に左手をあて、右手で顎を上に押すように上を向かせる。グレンはポーキーの頭を押さえ顎を下に引いて口を少し開けたところにじょうごを押し込んだ。
「ほらここにトマトジュースを注ぎ込め」
「わっわかった……」
じょうごを指してトーキーに指示するグレンだった。トーキーは慎重にじょうごの縁を押さえ、瓶からトマトジュースを注ぎ込んでいった。
「ごぼぼぼ! ごぼっ!!!」
口にジュースを流し込まれ音を立てるポーキーだった。飲み切れなかったトマトジュースが彼の口の縁からこぼれていた。
トマトジュースを全て注ぎ込んだトーキーは慎重にポーキーから手を離した。トーキーにグレンに声をかける。
「どうだ? 暴走は収まったか?」
「いやまだだ。ポーキーが目を覚ませば…… わかるはずだ」
首を横に振り不安そうにポーキーに視線を向けた。クレアは両手で腹をさする。
「ふぅ…… 私もお腹が空きました」
「私も!」
腹が減ったというクレアにララが同意する。グレンは二人に視線を向けうなずく。
「あぁ。そうだな。でも…… もう少し我慢だな…… 結果だけは見とかないと」
「そうですねぇ…… あっ!」
クレアがハッと目を大きく見開いた。彼女は鞄を両手に抱えたグレンの横へ向かう。
「グレン君…… ここでポーキーさんの様子を見ててください。私は鞄を予備と交換して来ます」
「わかった」
鞄の交換をグレンに告げてクレアは部屋から出ていった。廊下を進み梯子を上って自室へ戻ったクレアは棚の前へと移動する。棚の横にはフックがついており予備の鞄がかかっていた。
「ふぅ…… また壊しちゃいました…… ハンナさんに怒られちゃいますね」
予備の鞄を手に取ってつぶやくクレアだった。クレアは鞄をかけると手を白く光らせ軽くでポンポンと叩く、潰れて何も入ってなかった鞄が膨らんだ。クレアの鞄は魔法道具であり、魔力を鞄へそそぐと中身が共有されるのだ。
鞄を交換したクレアは部屋から出て廊下へ移動した。ポーキーがいる部屋へ戻ろうとすると廊下の向こうから声をかけられる。
「あっ! クレア! 戻ってらしたのね」
「クロースちゃん。ただいま」
廊下の向こうにクロースが立っていた。彼女の手にはトレイがあり、ティーポットとカップが二つと茶菓子のクッキーが乗っていた。
クレアはクロースを見かけると笑顔で手を振って小走りで、グレン達が居る部屋を超え廊下の先に居る彼女に近づいた。
「あっ! こら! はしたないですよ」
「だってぇ…… お腹が空いちゃって……」
クロースに叱られ笑って舌を出すクレアだった。クロースの前に来たクレアはスッと手を伸ばし茶菓子のクッキーをつまみ食いしたのだ。
「ヴァンパイアさん用のお食事では出来ましたの?」
「はい。ポーキーさんには飲ませたので目を覚まして確認します」
「そうですか…… えっ!?」
振り向いてグレン達が居る部屋を指すクレアだった。彼女の話に相槌を打っていたクロースの視線が下に向いた。振り向いたクレアの左手がクロースの視界に入った。クレアの左手の薬指には女王の指輪が輝いていた。
「クレア…… あなたその指輪は……」
女王の指輪を指すクロースだった。クレアは少しだけ頬を赤くして指輪を付けた手を上げたクロースに向けて見せた。
「はい。リアンテ洞窟に居た極夜騎士さんが持ってたんですよ。それをグレン君が倒して…… 私に預かっててくれって…… えへへ」
「あらあら…… まぁ…… よろしいですこと」
嬉しそうに笑いながらクレアは指輪を大事そうに撫でる。クロースはニヤニヤと笑ってクレアの指輪をうらやましそうに見つめていた。
クロースの視線に気づいたクレアは頬を真っ赤にして手を下した。
「べっ別に何か意味があるわけじゃないんですよ…… でも……」
「はいはい……」
指輪を後ろに隠して首を横に振るクレアにクロースは笑っていた。恥ずかしくなったクレアは話を切り上げる。
「じゃっじゃあ…… 私は部屋に戻るね……」
「はーい。後でそちらにもお茶をお持ちしますわ」
クレアは笑顔でうなずくとグレン達が待つ部屋へと戻って行った。クレアが扉を開け部屋に戻るとクロースはつぶやく。
「まったく…… キティルが気づかなければいいんですか……」
「なーにー? 呼んだ?」
「えっ!? なっなんでもありませんわ…… ほら! お茶を持ってきましたよ!」
「うん!? まあいいや! わーい。お茶にしよう」
キティルの執務室の扉が開いて彼女が顔を出した。クロースは慌てて返事をしてごまかすのだった。




