第544話 闇夜の騎士
鳴き声がおさまりグレンとクレアとトーキーの三人は同じ場所を見つめていた。その視線はフローズンハイオークキングが出て来た奥へと続く穴へと向けられていた。ぽっかりと開いている真っ黒な穴は不気味に静かに佇んでいた。
「何かが上がって来るな……」
グレンが視線をクレアに向けると彼女は難しい顔で、ジッと睨むような視線をまだ穴へと向けていた。
「クレア義姉ちゃん? どうした?」
「いえ…… 上って来ているのは…… 極夜騎士かなと考えてました」
顔をグレンに向けほほ笑み答えるクレアだった。穴から聞こえた声の主を予測していたクレアに彼は驚く。
「わかるのか?」
「えぇ。ほら?」
天井を指すクレアに視線を上に向けるグレンだった。天井からゆっくりと小さな雪がはらはらと降って来てグレンの頬に冷たい感触がする。
「雪か……」
「極夜騎士は水の女王を裏切り魔物に落とされた騎士です。冷気を纏ったその体は一体を氷の世界へ帰ると言われてます」
落ちて来る雪に手を平を向けながら話すクレアだった。クレアが話していた極夜騎士は氷系統人型の魔物だ。はるか昔にあった氷の王国を納めていた女王に見いだされた凄腕の騎士だったが、魔族に唆されて女王を裏切りその手にかけたという。騎士は殺された氷の女王の怒りで魔物へと姿を変えられてしまった。氷の女王を殺した際に彼女の力の源である氷河の指輪を奪ったと言われその力を自らの物にしているあ。死してなお自分を追いかけて来る氷の女王から逃れるため、氷原を彷徨い洞窟や廃墟などに身を隠しているといわれる。
「ここにブリザードトマトが出来るのが不思議だと思ってましたが、極夜騎士のせいだったんですね」
強大な氷の力を持つ極夜騎士の影響により気温が下がり寒冷地に自生するブリザードトマトが繁殖していた。
「そうか…… フローズンハイオークキングが現れたのも極夜騎士の影響かも…… きっとこの宴会もフローズンハイオークキングが極夜騎士へ感謝を示すためのものだったんですね」
話しながらクレアは一人で納得したように笑顔でうなずく。彼女の話を聞きながらグレンは呆れた顔をする。
「おいおい。キングがナイトに感謝してもてなすのか……」
「人間が勝手にキングだナイト言ってるだけですからね。主従関係はありませんよ」
「わかっているよ」
「ふふふ」
ほほ笑んだクレアは話を終わらせ次の指示を始める。
「さて…… 極夜騎士が来る前に退きましょうか。けが人も居ますしね」
「ダメだ! ブリザードトマトをまだ見つけてない」
極夜騎士を避けて帰還しようというクレアにトーキーが反発する。目的であるブリザードトマトをまだ入手してないのだ。グレンは冷静にフローズンハイオークが使っていた籠を指さした。
「落ち着けよ。ほら。そこにたくさんあるだろ」
グレンが指した方向には籠に入った真っ白なトマトがあった。籠に入っている白いトマトはブリザードトマトだった。フローズンハイオークたちは極夜騎士への捧げものとしてブリザードトマトを収穫していたようだ。
「あれが……」
「急いでください。私の鞄にいれますから」
「あっ!? あぁ。わかった」
急いでトーキーは籠を抱えて戻ってクレアの鞄にブリザードトマトを詰め込む。グレンは毛布にくるまれたバルとシェーラを抱えて連れてくる。
「よーし! トーキー! バルを連れて先行しろ。クレア義姉ちゃんはシェーラを頼む」
「わかった」
「わかりました」
グレンはクレアにシェーラをトーキーにバルを連れて行くように指示を出した。二人はバルとシェーラを抱えて地面を蹴って飛び上がった。
「よし! 俺も……」
魔導橋梁が伸びている天井からの穴へと上って地上へと向かうのを見てから、大剣を右肩に担いで飛び上がろうとした。
「ピギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
地面を蹴ろうとしたグレンの背後から先ほどもよりも大きな鳴き声が聞こえた。極夜騎士が近くまで迫って来ているようだ。その影響からか雪が大きく強くなってきた。
「チッ!」
グレンは舌打ちをして地面を蹴って飛び上がり、天井に開いた穴へと飛び込んだ。グレンの三十メートルほど先を怪我人を抱えたクレアとトーキーが飛んでいた。
「ピギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
鳴き声と激しい音がグレンの足元から聞こえた。振り返ったグレンにわずかな灯りが漏れている踊り場の床に大きな影がいくつも動いているのが見えていた。極夜騎士が穴から出て暴ばれているようだ。
グシャっという音がして大きな何かが灯りの元へと出て来た。フローズンハイオークキングの死体が飛んで来て壁にぶつかって床に転がったのだ。
「ピギイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!」
再び鳴き声が聞こえ差し込んでくる踊り場の灯りにさらに巨大な人型の鉄の塊のような物が見える。グレンはすぐに顔を前に向け飛ぶ速度を上げていく。
「はっ!? これは……」
前を向いたグレンに冷気が一気に迫り、彼の足元から頭へと一気に駆け抜けていった。周囲の壁に霜が下りて白くなっていく。
「壁が…… クソ!!!」
穴の壁が白く霜が下りて凍り付ていくのを見たグレンは悔しそうに眉間にシワを寄せた。
「ピギイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!」
泣き声が響き振り向いたグレンに灯りは消え、真っ暗になった穴の奥が見える。極夜騎士の冷気によって灯りが全て消えてしまったようだ。魔導橋梁にも霜が下りて真っ白になり光は先が細くなっていって来てていた。
鳴き声は真っ暗の闇の向こうから聞こえどんどんと距離は近くなっていた。怪我人を抱えて飛ぶクレアとトーキーの飛ぶ速度が上がらず極夜騎士に徐々に距離を詰められていた。
「大丈夫…… だよな! えっ!? クレア義姉ちゃん!!」
「キャア!!!」
穴の底に広がる暗闇から猛スピードで氷の刃が現れ、グレンの横を通り過ぎて行った。グレンは慌てて振り向いて叫ぶ。氷の刃はクレアへと向かって猛スピードで向かって行った。氷の刃の接近に気づきて振り向いたクレアだった。彼女は抱えているシェーラをかばおうととっさに背中の氷の刃に向けた。
「あっ!? 待って!!」
氷の刃はクレアが肩にかけていた鞄のベルトをかすめて飛んで行った。刃によってベルトが切られた鞄がクレアの体からずり落ちていった。慌てて手を伸ばすクレアだったが掴み損ねた。
「チッ!!!」
落ちて来た鞄をグレンが掴もうと手を伸ばしたが、再度氷の刃が飛んで来てグレンは手を引っ込めて刃をかわす。鞄は落ちて行き闇へと飲まれてしまった。
「鞄が……」
「クソ! ブリザードトマトはあの中なのに……」
「俺が取りに行く!」
自分が取りに行くと言うトーキーにグレンが首を大きく横に振った。
「ダメだ! お前は怪我人を連れているだろ! 俺が行くから先に行って待ってろ!」
「でもあれがなきゃポーキーが……」
「心配するな任せて置け」
自分を指すグレンにクレアはトーキーに顔を向けた。
「グレン君に任せましょう。行きますよ! トーキーさん!」
「わっわかった…… グレン……」
振り向いてグレンに返事をしトーキーを連れ二人は飛んで行く。二人の飛び去るのを確認しグレンは穴の奥へ向けて飛んで行ったのだった。
「えっ!? クレアさん!? それにトーキーさんも……」
クレアとトーキーが穴から飛び出して来てローキンスが声をあげた。クレアは飛びながら視線をローキンスに向け叫ぶ。
「ローキンスさん! 魔物が来ます! すぐに逃げてください」
「えっ!? わっわかりました?」
返事をしたローキンスはすぐに逃げずに魔導橋梁へと手を伸ばす。
「なっなにを!? 早くしろ!!」
ローキンスの行動を見たトーキーが声をあげた。ローキンスは彼の言葉を聞かずに魔導橋梁発生装置を抱えた地面を蹴った。
「なにやってんだ。そんなのおいていけよ」
振り向いたトーキーは魔導橋梁を両脇に抱えて飛ぶローキンスを見てあきれていた。
「この実験道具は高かったんですよ! 置いていけません」
口を尖らせてローキンスが答えるのだった。
「トーキーさん! 前!」
「うわあああああああああああああああああああ!!!」
クレアが大きな声で叫び前を向いたローキーが声をあげた。大きな氷の塊が洞窟の入り口をふさいでいた。トーキーは急停止してなんとか壁に激突を避けた。
「クソ…… これじゃあ出られないぞ」
トーキーが巨大な氷を見つめて悔しそうに叫んだ。
「どいてください!」
クレアが叫んだ。振り向いたトーキーは慌てて後ろに下がった。彼のすぐ後ろでシェーラを左手の脇に抱えたクレアが右手を黄色く光らせて巨大な大剣を作り出していた。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
気合を入れてクレアが巨大な氷の塊に光の大剣を斬りつけた。振り下ろされた光の大剣が氷を真っ二つにした。真っ二つになった氷はいくつもヒビが入って倒れ粉々に砕かれた。
「急いで出てください!」
「はっ!?」
右手の光の大剣を消し二人に向かってクレアが叫んだ。洞窟の入り口の縁がすでに氷がつき始めていたのだ。三人は慌ててどうくつから飛び出した。
「はあはあ…… 助かった……」
「ふぅ……」
三人は無事に洞窟から脱出した。着地したクレアはシェーラを抱き抱えたまま視線を洞窟へ向けた。
「グレン君…… 後は頼みましたよ」
飛び出して来た洞窟を見てクレアはつぶやくのだった。洞窟の入り口はもう氷で覆いつくされていた。




