第540話 タダより高い物はない
三十度を超える傾斜のきつい坂を、グレン達は光の階段を使って下りて行く。先頭はクレアでグレンが続き最後尾がトーキーの順で階段を進む。
最深部まで未調査の洞窟は灯りはなく、光の階段による柔らかな光だけが周囲を照らしていた。光の階段の光は周囲二メートルほどだけを照らし光の先は暗がりになっていた。グレン達は周囲を警戒しながら階段を下りていく。
「暗いな…… 大丈夫か?」
振り向いてグレンが尋ねるとトーキーがあきれたように答える。
「俺はヴァンパイアだぞ…… 君達よりもはるかに夜目が利く」
「あぁそうだったな」
ヴァンパイアは日差しに弱く夜行性であり人間よりはるかに暗闇に目が慣れている。グレンは少し弾階層にし前を向く。そんな彼を見てトーキーは笑った。
「まぁ今は日除け使うやつばかりだから…… 最近のやつは夜目が衰えて役に立たないと長老がぼやいてたけどな」
「人間と変わらねえな。その後すぐに自慢話だろ?」
「そうだ! そこからが長いんだよ!」
「そうそう」
再度振り向いたグレンとトーキーが笑って意気投合している。クレアは顔を横に向け二人の様子を確認し前を向いて微笑むのだった。
階段を下りながらトーキーはジッと光の階段を見つめる。青白く光りの中に白い星のような粒が浮かぶ階段は手すりのついた柵も設置されて立派な物だった。
「こんなのタダで利用させてもらっていいのか?」
まじまじと光の階段を見つめトーキーが二人に声をかけた。先頭を行くクレアは彼に答える。
「大丈夫ですよ。我々が使うのも実験の一部でしょうからね」
「あぁ。俺達は全員飛べるからな。万が一装置に不備があっても平気だ」
胸を叩いて得意げにグレンがクレアの言葉にうなずく。振り向いたクレアとグレンは顔を見合わせて笑っていた。二人を見てトーキーはあきれて笑う。
「はは…… 俺達は実験体ってわけか…… 人間はやっぱり怖いな。いやきっとあの教授だけか……」
振り向いてトーキーは視線を坂の上へと向けつぶやくのだった。すぐに彼は前を向いた視線を前に向けたトーキーが目を大きく見開く。
「前! 何か居る……」
腕を突き出し穴の奥を指して叫ぶトーキーにグレンとクレアが立ち止まった。クレアは大剣に手を回しグレンは腰に付けたランタンを掲げた。掲げられたランタンの光が穴の奥を照らすが何も変わらず地面が続いているだけだった。
「どこだ? 何もいないぞ?」
首の動きに合わせて左右にランタンを動かすグレンだった。
「違う! 上だ! 天井を見ろ!」
天井を指してトーキーが必死に叫ぶ。グレンは腕を垂直に近くになるように上げランタンを使って天井を照らす。天井には人型の魔物が二体張り付いていた。
「オーク…… 天井に張り付いてやがる」
「フローズンハイオークですね」
真っ白な体表のオークがトカゲのように天井に両手と両足を付けグレン達を見つめていた。このオークはフローズンハイオークだ。フローズンハイオークは凍土に封じられたハイルエルフに邪悪なる者の血が流れ込み誕生したと言われている。その為、寒さに強く氷系の魔法を操る。また両手足が沢山の見えないほど短く細かい毛に覆われ、木や壁などに手足を付けると毛が吸着して張り付ける。
二体のハイオークは金属製の胸当てと肘と膝にプロテクターを装備し、一体は槍を背負いもう一体は丸い木製の盾と手斧を背負っている。
「くっ来るか……」
スカーフを出して槍に変形させ構え、天井に張り付くフローズンハイオークを見つめるトーキーだった。
「ギエエエエエエエエエエ!!!!」
「はっ!?」
二体のフローズンハイオークは奇声を上げると、グレン達に背中を向け天井を駆けて行った。
「逃げたか…… よかった。へっ!?」
構えを解いてホッと安堵の表情を浮かべるトーキーだった。しかし、目の前にグレンとクレアは地面を蹴って飛び上がりフローズンハイオークを追いかける。高速で飛んだグレンとクレアはあっという間にフローズンハイオークに追いついた。グレンは右手を剣に伸ばして勢いよく引き抜いた。クレアは右手を光らせ左手をフローズンハイオークへと伸ばす。
「がっ!!!! はっ!!!!!!」
フローズンハイオークに追いついたクレアは背後から右手を伸ばし、フローズンハイオークの口をふさぐと左手で光の剣を伸ばし後ろから突き刺した。ふさがれた口からフローズンハイオークの小さな声が漏れ床へ赤黒い血が垂れていく。
「ギっ!!!!!」
グレンもクレアと同様にフローズンハイオークに追いつくと左手で口を塞ぎ、曲げていた右肘を伸ばす。彼が握っていた剣がフローズンハイオークの背中に突き刺さる。フローズンハイオークは背中から血を流し動かなくなった。
顔を横に向けたグレンは口を開く。グレンの右斜め前に一メートルほど離れた場所にクレアがおり、同じように顔を横にむけていた。二人の視線が合うとグレンが口を開く。
「終わったぜ……」
「こっちもです」
二人は顔を見合わせてうなずくと天井からフローズンハイオークを引っ張って引きはがした。フローズンハイオークを抱えたまま二人は地面へと下りた。着地した二人は死体が転がっていかないように、地面が出っ張りにフローズンハイオークをひっかけて静かに置いた。
「なっなんで…… こちいつらは逃げたんじゃ」
光の階段をトーキーが駆けて来て二人に声をかける。
「こいつらは見張りだよ」
「えぇ。戻って本隊に異変を知らせるつもりだったんですよ」
「へっ!?」
二人の言葉に驚くトーキーだった。フローズンハイオークは群れで行動しその数は数十から大規模であれば千を超える。グレン達の前に来た二体のフローズンハイオークは見張りで穴の奥には大規模な本隊がいるという。
グレンとクレアは光の階段へと戻って来た。グレンが視線を穴の奥へと向けた。
「コナーたちはフローズンハイオークに襲われたんだな」
「えぇ。そうですようね…… ただ……」
「どうした?」
何かを気にする様子のクレアにグレンが声をかけた。クレアは彼に顔を向け口を開く。
「不意つかれのかも知れませんが…… 聖都までくる冒険者がフローズンハイオーク程度に苦戦するでしょうか」
「そうだな……」
フローズンハイオークは難敵ではあるが、開発最前線までやって来た冒険者にとっては脅威にはならないはずだった。
「嫌な予感がします。急ぎましょう」
「あぁ」
「まっ待ってくれ」
二人は顔を見合わせてうなずき光の階段を早足で下りて行く。慌ててトーキーが二人を追いかけるのだった。
フローズンハイオークと遭遇してからしばらくして、グレン達はさらに階段を百メートルほど進んでいた。
「「キエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」」
天井から声がしてグレン達が上を向くと、フローズンハイオークが二体がまたおり声をあげていた。さきほどと同様にグレン達を見つけるとすぐに振り向いて逃げていく。
「またか!!! クソ!」
グレンがフローズンハイオークを追いかけようとする、彼の横からトーキーが飛び上がっていった。夜目が利くトーキーが先にフローズンハイオークに気づいて飛び出していた。
「えっ!?」
「任せろ!」
驚くグレンに振り向いてトーキーは笑顔を向けた。彼は速度を上げるとフローズンハイオークに追いついた。背中から手を伸ばしたトーキーは左手で、フローズンハイオークの口を塞ぎ引き寄せると彼は口を開け首筋に噛みつき血を吸う。
「グッ!!! あっああああああ……」
血を吸われたフローズンハイオークは顔がしぼんでいく。あっという間にフローズンハイオークが骨と皮だけにペラペラになった。
「ふぅ。あまり味はうまくねえな…… でも…… 良いの持っているじゃねえか」
トーキーは口を離し牙から口元へと垂れる血を拭う。グレンが駆けて来てトーキーに向かって口を開く。
「おい。まだもう一体!? えっ!?」
にやりと笑ってトーキーは左手を逃げるもう一体のフローズンハイオークへと向けた。左手が白く光ると天井を白い冷気がジグザグに高速で走り逃げるフローズンハイオークへと伸びていく。逃げたフローズンハイオークの足に冷気が当たると真っ白になって凍り付く。同時にトーキーが捕まえたフローズンハイオークも白く凍り付いた。
トーキーはフローズンハイオークから手をはなし地面へと下りた。二体のフローズンハイオークは天井に張り付いたまま凍らされてしまった。
「アイスバーン…… そんな魔法使えたのか?」
「いいや。確かにヴァンパイアは氷魔法は得意だが俺は肉体派だからな」
下りて来たトーキーにグレンが声をかける。グレンの質問にトーキーは首を振って答える。
「じゃっじゃあ今のは……」
「フローズンハイオークさ。ヴァンパイアは血を吸った者の能力を吸収できるんだ」
「へぇ」
「一回だけだけどな」
トーキーは笑ってグレンの背中と叩くのだった。




