第539話 調査を待って
グレンとクレアとトーキーの三人はリアンテ洞窟の前にやってきた。岩がむき出しとなった丘の麓に幅が広い洞窟が口を開けていた。入り口に立つ三人に湿った冷たい空気がかすかに流れて来る。中は薄暗くグレン達はランタンに灯りを付け洞窟の中へ歩き出した。
リアンテ洞窟は幅広の廊下のようになっており奥へと伸びていく。薄暗く先は真っ暗で見えない。三人はグレンが中央にして、彼の右にクレアが歩き左にトーキーが居る。グレンとクレアが一歩まえを行き、トーキーは一歩下がって歩いている。
「寒いな…… クレア義姉ちゃんとトーキーは大丈夫か?」
「私は大丈夫ですよ」
「俺もだ。ヴァンパイアは寒さには強いからな」
奥から流れて来る空気が冷たく洞窟の奥へ向かうとほど寒くなっていった。並んでいた歩いていたグレンがハッと目を見開いて横に手を出した。
「止まれ!」
「えっ!?」
「前から何か来ます!」
止められたトーキーは横を向きグレンに顔を向け驚いていた。クレアが背中の大剣に手をかけ厳しい表情で前を向いていた。彼女を見てトーキーは視線を前に戻した。
「ふぇ!? うわああああああああああ!!!」
洞窟の奥の暗がりから青白い女性の上半身に腰から下が蜘蛛の姿をした魔物が現した。蜘蛛は足は上半身と同じ色で腹だけが濃い青と水色の縞模様になっている。
いきなり現れた魔物にトーキーは驚き悲鳴のような声をあげグレンの背中に逃げる。しかし、すぐに魔物の胸を細長い剣が貫いた。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
魔物が苦痛に顔を歪めて声をあげた。すぐに魔物は動かなくなり足が曲がって倒れた。
「こいつは…… コールドアラクネーか……」
トーキーが倒れた魔物を見てつぶやく。倒れた魔物はコールドアラクネーだ。コールドアラクネーは気温の低い寒冷地などに住む魔物で、冷気を帯びた糸を吐いて獲物に巻き付け凍らせて保存する。
コールドアラクネーの胸を貫いていた剣がゆっくりと引かれていく。グレンとクレアは視線を上に向けコールドアラクネーの腹の上へと向けていた。腹の上に人が立っていた。
「あっ! どうも! グレンさんとクレアさんでしたよね」
腹の上に立っていたのはダグオンの助手の一人ローキンスだった。彼はグレンとクレアに気づくと日d李手を上げ挨拶をし、コールドアラクネーの腹の上で巧みにバランスを取り剣の血を拭うのだった。
ローキンスはコールドアラクネーの上から飛び下てグレン達の前へとやってきた。
「良い腕しているな……」
「ありがとうございます」
グレンの言葉にローキンスは嬉しそうに笑った。ローキンスはグレンの横に居るトーキーに気づいた。
「そちらは?」
「俺はトーキーだ。よろしくな」
「私はダグオン教授の助手。ローキンスと申します」
剣を鞘におさめたローキンスは丁寧にトーキーに頭を下げた。顔を上げたローキンスはクレア達に笑顔で尋ねる。
「皆さんはなぜここへ?」
「植物採取と魔物に襲われた冒険者を助けに行くんです」
「そうですか! じゃあちょうど良い物がありますよ。さぁ! こちらへ」
ローキンスは洞窟の奥を指して歩き出した。クレアは歩き出したローキンスの背中を見つめ真面目な顔でつぶやく。
「あの太刀筋…… ローキンスさんは元帝国近衛兵ですね。クローディアさんが心配するなと言うわけですね」
「ほぉ……」
グレンもローキンスの背中に視線を向けた。ダグオンの助手を務めるローキンスは皇帝の身辺警護を担当する元近衛兵だった。近衛兵は帝国兵から有能な兵士を選抜し組織されている。ちなみにローキンスは近衛兵時代に書物に触れ学問に興味を持ち、クローディアが帝国の伝手を使ってダグオンの助手を募集した際に最初に手を上げた。
三人はローキンスに続いて洞窟の奥へとやって来た。
「ここは……」
トーキーが驚きの声を上げた。洞窟は奥に行くほど横に広くなっており、最奥部には直径二十メートルほどの大きなほぼ円形の穴が開いている。穴は垂直ではなく四十五度に近い急角度の坂のようになっていた。ローキンスが置いたのか穴の周囲には松明が置かれ洞窟内は明るくなっていた。
グレン達は穴の五メートルほど手前で立ち止まり、トーキーが穴を興味深げに見渡していた。
「リアンテ洞窟のリアンの大穴ですね」
「奥まで到達したやつは居ないんだよな?」
「はは……」
振り向いたトーキーが興奮気味に尋ねる。苦笑いをしながらローキンスは答える。
「いやあ。そんなに深い穴ではないんですけどね…… 冒険者さんたちが……」
言葉を濁しながら話すローキンスだった。彼の表情を見ていたグレンが手を叩く。
「あー! あれか」
「そうですね」
あれというグレンにクレアがうなずいた。二人の会話の意味がわからないトーキーが尋ねる。
「なっなんだ? あれって?」
「”調査流れ待ち”だよ」
グレンが答えるがトーキーは意味がわからずまた首をかしげていた。トーキーにクレアが答える。
「冒険者への仕事は大きく分けて二つあるんです。通常依頼と調査依頼ですね。通常依頼は冒険者が自分のレベルに合わせて選ぶんです」
「そう。調査依頼は冒険者ギルドが指名する依頼だ」
「”調査依頼待ち”というのは冒険者が自らこの洞窟の調査しないでギルドからの依頼を待っている状態です」
クレア達が話していた”調査依頼待ち”とは文字通り、冒険者たちが冒険者ギルドから指名で行わる調査依頼を待つことだ。
答えを聞いてトーキーは首をかしげて不思議な顔をする。
「意味は分かったが…… なんでそんなことするんだ?」
「冒険者にとってここの洞窟は難易度が低いんだよ。だから調査しても実入りが少ない。誰も調査したがらない」
「はっ!? なんだそれ?」
あきれた顔をするトーキーにクレアは苦笑いで答える。
「聖都周辺は開発最前線ですからね。小さな洞窟の調査じゃ名声も報酬も満足できないんですよ」
「ただ…… 調査依頼は別だ。ギルドからの指名と多額の報酬が約束される。だから調査依頼待ちをするんだよ」
リアンテ洞窟の調査は聖都へと近づける冒険者達にとってうまみの少ない仕事なのだ。なので冒険者達は自ら調査せずに冒険者ギルドからの依頼という名誉がある調査依頼を待つのだ。
「冒険者というのは勝手だな…… 神聖騎士団で嫌われるわけだ」
「まあな」
グレンは笑ってトーキーに答えたのだった。クレアがローキンスに顔を向けて口を開く。
「そういえばダグオンさんが…… 実験中の道具を使って良いと言ってたんですが?」
「あぁ。はい! あれですね」
うなずいたローキンスが穴のヘリを指す。そこには台座に球体が乗った装置が二つ置かれていた。
「あれって…… 確か魔導橋梁を作る」
「えぇ。ちょっと待っててください」
返事をしたローキンスが装置が置かれた場所へと向かう。ローキンスはしゃがんで二つの装置を起動させた。起動すると装置の球体が青白く光りだし、穴の下を照らしていた。三人は起動した装置をジッと見つめていた。
「こっちへ来てください」
手を上げてローキンスが三人を呼ぶ。グレン達は彼の元へと向かう。
「光の階段……」
「はい。階段式魔導橋梁ですね」
穴のヘリに立ったグレンが声をあげた。二つの装置が発した青い光は階段となって穴の奥へと伸びていた。
「ダグオン教授は階段式魔導橋梁がどこまで行けるかの試験するつもりだったんです」
「そうなんですね」
「じゃあどうぞ! 自由にお使いください」
「はーい!」
手をあげ返事をしたクレアは真っ先に光の階段を下りて行く。グレンはクレアの後を追う。トーキーは右足だけを先に階段に乗せ確かめてから下りて行くのだった。




