第536話 洞窟の前に並ぶテント
早朝のヴァンパイアハンター協会。薄暗い窓一から差し込む日差しに床と苔が照らされていた。壁を背にして座り腕を組んだ姿勢でトーキーが部屋の隅で寝ていた。昨夜、彼はここに泊まったようだ。ちなみに彼がいる部屋はグレンとクレアの部屋のほぼ真下に位置している。
扉が開いてトーキーの顔が光に照らされる。顔をしかめた彼は目を開ける。
「なっなんだ!? 誰だ!」
目を開けたトーキーに開いた扉の前で水が入ったバケツを持つ、ララと柄杓を持つラピが並ぶ姿が見えた。
「ララ、ラピ……」
「えっ!? トーキー!? なんであんたここに?」
ララが壁際に座っていたトーキーに気づき驚き声をあげていた。
「俺はここは寝てただけだ。君達こそなんでここに?」
トーキーの言葉に二人は横を向き顔を見合わせるとニヤリと笑った。
「オラとララがポーキーさんの苔の面倒をみることになったんだ」
ラピが腕を伸ばし持っていた木製の柄杓をトーキーに見せた。トーキーの横には苔に包まれ眠るポーキーが座っている。体格の丸いポーキーが苔に覆われて座っている姿は大きな砂山のように見える。
「そっそうか…… そうだったな」
昨日キティルの部屋で二人がポーキーの世話をすると話を聞いていたのを、すっかり忘れていたトーキーは恥ずかしそうに頬を赤くしてうなずいた。すぐに彼は視線をポーキーに向け立ち上がり、顔だけ苔から出て目をつむり穏やかに友人に視線を向けほほ笑む。
ララとラピの二人はポーキーに水をかけて世話を始める。バケツを床に置きララが柄杓を魔法で動かし、ポーキーの頭から水を優しくかけていた。ラピは窓を開け換気を始める。二人はグレンとクロースから眠り苔の世話を教えてもらっていた。
「この人あんたの友達なんでしょ?」
「あっあぁ……」
銀のナイフで苔の長さを調整しながらララがトーキーに尋ねる。トーキーは小さくうなずき視線をポーキーに向けた。心配そうにポーキーを見つめているトーキーにララが口を開く。
「ちゃんと正気に戻ると良いね……」
苔を整えながらつぶやくララにラピとトーキーは驚いた顔で彼女を見た。二人の視線に気づいたララは頬を赤くしさらに口を開く。
「まっまぁ…… でも私達に任せて置きなさい」
「おめさでなくて頑張るのはダグオンやクレアさんだべよ」
「うっうるさい!」
叫ぶララを見てトーキーは笑いポーキーの苔むされた肩に手を置いた。
「ははっ。ポーキー…… よかったな。心配してくれるってよ」
「べっ別に私は心配なんか……」
頬を赤くしたまま口を尖らせ不満げに顔を背けるララだった。直後に七時を知らせる教会の鐘が鳴った。
「おっと…… 時間か…… 行って来るな。ポーキー」
ポーキーの頭の上に手を伸ばし軽くポンと叩くトーキーだった。扉へと向かう彼にララとラピが声をかかける。
「気をつけるべよ」
「この人はしっかり面倒みとくからね」
「あぁ…… 頼むな」
右手を上げトーキーは二人に挨拶をし部屋から出て行った。ララとラピは顔を見合わせて笑顔でうなずきポーキーの世話へと戻ったのだった。
部屋から出たトーキーはヴァンパイアハンター協会の前へやってきた。外にはすでにグレンとクレアが並んで立っていて彼を待っていた。二人にトーキーが声をかける。
「すまん…… 遅くなった」
「大丈夫ですよ。私達もさっき来たばかりです」
「それにあいつらが行ったら時間がかかるだろうな」
「あぁ。そうだ……」
グレンが視線を上に向ける。トーキーはグレンに向かってうなずいて答えたのだった。
「じゃあ行きましょうか」
クレアが歩き出しグレンとトーキーも続く。三人は地上へ上がり飛び上がり、ダグオンが居るリアンテホールの洞窟を目指す。
飛ぶグレンの眼下をグレートアーリア平原の緑の草腹が通り過ぎていく。平原に
「リアンテ洞窟ってのはどういう場所なんだ?」
「うん!? えっと……」
グレンを中心に並んで飛んでいた三人。途中でトーキーがグレンにリアンテ洞窟について尋ねる。ポケットに手を突っ込みリアンテ洞窟の地図を取り出した。
「平原の小さな丘のふもとにある洞窟で…… 広くはないが坂のような穴が開いてて奥が深いらしい」
「奥には何があるんだ」
「まだ冒険者ギルドで調査中だな。何かの魔物の巣と推測されている」
リアンテ洞窟は中心に直径二十メートルほどの巨大な穴が開いている。最深部までの調査は終わっていない。話を聞いていたクレアが二人に笑顔で口を開く。
「最深部まで到達したら歴史に名を刻めますよ」
「やめとくよ。面倒くせえ……」
「俺もだ。俺が居なくなったら酒場の女たちが泣いてしまうからなぁ。ははは」
グレンとトーキーはほぼ同時に首を横に振りクレアに答えた。二人を見てクレアは微笑むのだった。聖都から飛び立って二時間ほどが経った。小さな丘の麓に五つのテントが並んでいる光景が見えて来た。
「到着です」
三人は丘のテントの二十メートルほど手前に着地した。視線を丘に向けるグレンだった。丘の麓には幅が十メートル、縦が三メートルほどの幅が広い洞窟が見えた。洞窟の手前には洞窟を挟むようにして左に二つ、右に三つと別れてテントが並んで設置されていた。
「テントはダグオン達のか?」
洞窟の前に別れて並ぶテントを見てつぶやくグレンだった。クレアは首をかしげてテントに視線を向けた。
「そうでしょうけど…… 数が多くありませんか?」
「護衛でも連れて来たんじゃないのか?」
「そうですかね」
テントは二人から三人が寝られるほどの大きさで、助手とクローディアで五人しかいないダグオン達が使うには数が多かった。
「あれは…… ダグオンとクローディアか……」
置かれたテントの方角からダグオンとクローディアがグレン達の元へ駆けて来た。ダグオンとクローディアは三人を見つけると大きく手を振った。
「おぉ!! グレンさん! クレアさん! たっ助けてください」
「ちょうどいい所に来たわ。早く来て!」
ダグオンはグレンの手を掴み、クローディアはクレアの手を取って引っ張った。いきなり手を掴まれ引っ張られたグレンが口を開く。
「なっなんだよ……」
「いいから? 早く…… あれ!? こちらは?」
ダグオンがグレンの後ろに居たトーキーに気づいき首をかしげた。
「こいつはトーキーだ」
「トーキーさん……」
グレンは顔を横に向けトーキーをダグオンに紹介した。トーキーは右手をあげダグオンに挨拶をした。首をかしげてダグオンは眼鏡のつるに手をかけジッと視線をトーキーに向けた。気まずそうにトーキーはダグオンから視線を逸らす。二人を見ていたグレンはダグオンに口を開く。
「おい。なにか急用だったんじゃないのか?」
「おお!? そうでした。来てください!」
「こっちよ!」
ハッとして手を叩くダグオンだった。ダグオンとクローディアは三人を連れて洞窟へと向かった。洞窟の前に男女が倒れていた。
「これは…… ひどいな……」
倒れている人々を見てグレンがつぶやいた。倒れている男性は鉄の鎧に身を包み、体の左半分が真っ白に凍り付き頭から血を流していた。女性の方は黒髪に短い髪をして彼女も毛布に包まれ、毛布の端から破れて引き裂かれたような白いローブの布が覗いていた。二人は何者かに襲われたようだ。
「グレン君! すぐに治療をしますよ」
「あぁ。わかった。トーキー! お前の手伝え!」
三人を見たクレアがすぐにグレンに口を開いた。大きくうなずいたグレンはトーキーにも手伝うように指示をだすのだった。




