第531話 尖った苔
檻に入ったヴァンパイアの一人が女性を羽交い絞めにする。彼女の首を押さえつけ口を大きく開ける。
「いやあああああ!!」
「味見くらいさせろや!!! へっ!? なっなんだこれ!?」
ヴァンパイアは足に違和感を覚え下を向いた。いつの間にか檻の床を苔が覆いつくしヴァンパイアの膝まで上がって来ていた。動揺するヴァンパイアに苔はあっという間に全身を覆っていく。
「ああああああ……」
苔が徐々に赤く染まっていき。真っ赤に苔が染まると、苔と苔の隙間から真っ赤な血が垂れて落ちていく。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! 」
ヴァンパイアの絶叫が聞こえた直後に苔と苔から血が大きく吹き出した。女性は膝を付き両手を口で押え呆然と見つめていた。すぐに光がおさまり苔がふわりと飛んで地面に落ちていく。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
苔が地面に散らばると穴だらけのヴァンパイアが立っていた。全身に小さな穴が開いているが、心臓の部分だけが念入りに大きく穴が開いている。
「ヒッ!」
女性が悲鳴を上げた。穴だらけのヴァンパイアは前のめりに倒れた。女性の前に穴だらけのヴァンパイアが転がり血が檻の床に広がっていく。膝をついた女性のスカートを流れたヴァンパイアの血が赤く染めていく。
「あっがががが…… クルベック様……」
「うわああ!?」
穴だらけのヴァンパイアが檻から手を伸ばしクルベックの名前を呼ぶ。クルベックは顔を引きつらせ後ずさりする。
「あっああああ……」
クルベックに手を伸ばしながら鉄格子に沿って倒れるヴァンパイアだった。呆然とするクルベックの足元に垂れて流れたヴァンパイアの血が流れて来る。
クルベックとポーキー以外のヴァンパイアは苔によって穴だらけにされていた。
「さすがグレン君!」
「どうってことないさ……」
クレアがグレンの横に飛んで来て目を輝かせていた。グレンの左手には小さな木の箱が置かれている。二人の会話を聞き我に返ったクルベックが二人を睨みつけた。
「お前ら…… 何をしやがった!!!」
顔をクルベックに向けグレンは。蓋の開いた底にわずかに土が残っている空の箱をクルベックに見せて笑った。
「なにってキラーニードルモスだよ」
キラーニードルモスをグレンの故郷によく自生する緑色の肉食苔植物だ。近づいた獲物に棘をさし血を吸って養分とする。血を吸ったキラーニードルモスは真っ赤に染まる。
「すげえだろ? フェールに素早く反応するよに色々と品種改良したからな」
笑顔でクルベックに向かって話すグレンだった。フェールとは植物をコピーし増殖させる木属性の魔法だ。彼は箱の中で育成していたキラーニードルモスを周囲にばら撒き、フェールで増殖させ植物操作を使ってヴァンパイアたちを襲わせたのだ。
「キラーニードルモスだと…… クソ!」
「おいおい怒るよ。血を吸うのはお前らと一緒だろ?」
睨みつけて来るクルベックに左手に持っていた箱を投げ捨て、左手を上に向けて笑って首をかしげて答えるグレンだった。
「さて…… 残りはお前とそこのブタ野郎だけだ……」
グレンが左手の親指で横にいるポーキーを指した。ポーキーは周囲の惨状を見て気づいたのか、必死に足にまとわりつく苔を振り払っていた。
クルベックが顔を横に向けポーキーを見て唖然としている。グレンはクルベックを見てニヤリと笑い右手に持つ剣に力を込め前に出ようとした。
「えっ!?」
クレアが手を出してグレンを止めた。驚くグレンにクレアがニコッとほほ笑む。
「彼は私の獲物ですよ。どいてください」
「チッ…… いいよ。さっさと終わらせてくれ。じゃあ俺はあっちだな」
舌打ちをしてグレンは手でクルベックを指して彼女に譲る。代わりにまた左手の親指でポーキーを指すグレンだった。
「はーい。それじゃあ…… お願いしますね」
「あぁ。そっちもな」
手を振って駆けていくクレアに右手を上げてグレンは返事をするとポーキーに体を向けた。グレンの目に足へとまとわりつく苔を必死に振り払うポーキーの姿が見えた。自分の足を両手ではたいて苔を振り払うポーキーの姿にグレンは笑う。
「しゃーねえな…… ほらよ」
グレンは左手を上げパチンと音を鳴らした。ポーキーに襲いかかっていた苔が止まった。音がした方へとポーキーは顔を向ける。左手を上げた姿勢のグレンを見たポーキーは眉間にシワを寄せた。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
声を上げたポーキーは両腕をクロスさせて一気に振り下した。両手の爪が鋭く長く伸びた。グレンはジッとポーキーを見つめ剣を構える。
爪を伸ばしたポーキーはグレンを睨みながら左右に動いて隙をうかがっていた。ポーキーの動きがわずかに止まり、彼を追っていたグレンの瞳も静かに止まる。
「ガウアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ポーキーが叫びながら駆けだした。グレンはポーキーをジッと見つめている、彼の目の奥が赤く光りだし黄色のオーラを纏った。距離を詰めて来たポーキーは右手の爪でグレンに切りかかる。グレンは横に移動しながら身をかかがめて爪をかわす。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
体の前を通過するポーキーの右腕に向かってグレンが剣を振り上げた。ズッっという音がしてグレンの剣がポーキーの腕を切り裂いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ポーキーの悲鳴が響く。彼の右腕は手首のやや上の辺りで切り落とされた。回転しながらトーキーの右手は飛んで行き爪が地面に突き刺さる。グレンはそのまま背後へと回り込んだ。
「足元がお留守だぜ!!」
「ブギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
背後に回り込んだグレンは剣を水平に動かし、ポーキーの両足を斬りつけた。彼の両足が膝の下辺りで切り裂かれた。ポーキーはバランスを崩して横に倒れた。
「グギャ!!」
倒れたポーキーの体の前に移動しグレンは彼を蹴り上げ仰向けにする。残った右腕を足で踏みつけ拘束しグレンは右腕を引き剣先を心臓へと向ける。
「ぐぅぅぅ…… グルルルーーー!!!!」
悔しそうに顔を歪ませグレンを威嚇するように吠えるポーキーだった。グレンはジッとポーキーを見つめて首を横に振った。
「さて…… これで終わり!」
右手に力を込め剣をグレンは突き出そうとした。しかし、直後に大きな声がしてグレンの動きが止まる。
「待てえええええええええええええ!!!!!!!!!」
声に反応し動き止め振り向くとグレンの目に叫ぶトーキーの姿が見えた。
「トーキー…… どういうつもりだ?」
「そいつは…… 俺の友達なんだ…… 頼む! 殺さないでくれ!」
必死に頭を下げてポーキーの命乞いをするトーキーだった。グレンは彼の姿を見て顔をしかめる。
「こいつに襲われた人々は?」
「依頼者が言ってただろ! 被害者は血清で無事なはずだ…… ポーキーは誰も殺していない!」
ポーキーは確かに人を襲ったが、被害者を目立つ場所に置き血清を打つように書置きを残しており犠牲となった被害者はいない。
「チッ…… 血清だってタダじゃねえんだぞ…… まぁいい。こいつはどうする? 戻せるのか?」
「血だ! 血があれば……」
「誰かをこいつのために犠牲にしろと?」
血の渇望による暴走したヴァンパイアは血を吸わせれば元に戻る。ただし、そのためには当然だが誰かがが血をポーキーに差し出すことになる。
「クソ! じゃあ俺の血を使え! 代わりに俺が血の渇望になる! そして俺を殺せ!」
「チッ…… わかったよ!」
「えっ!? おっおい!?」
舌打ちをしたグレンは左手をあげパチンと指を鳴らすのだった。倒れたポーキーの周りを苔が取り囲んでいくのだった。




