第524話 会長のほほ笑み
冷たい視線をキティルに向けるララとラピだった。キティルは二人の視線から逃げるようにごまかすように笑いながら顔をそらした。ララは組んでいた腕をほどいて彼女を指した。
「お帰りじゃないわよ! 居眠りなんかしちゃって! 協会長としての自覚がなさすぎじゃない」
「えっ!? だって昨日は夜遅くまで仕事をしてて…… ここは下と違って静かだし……」
必死に言い訳をするキティルをさらに冷たい目で見るララだった。
「ってなんで勝手に入って来たの?」
「返事がないからキティルに何かあったのか心配して…… だから悪いと思って……」
口調は本当に心配しているようなものだが、目に涙を溜めずに口元を緩ませ上目遣いをするララだった。表情からはララが楽しんで踏み込んだのは明らかだ。
キティルはムッとした顔をした。
「はぁ!? 白々しいわよ。ララちゃん!」
「ふん。なんとでも言いなさい! あんたが鍵かけてないのが悪いんでしょ!」
「うっ……」
不用心だと指摘され何も言えないキティルに、ララは勝ち誇り腰に手を当てている。悔しそうにララを見たキティルは口を開く。
「そう? わかったわ。ララちゃんはずっと見習いで良いのね」
「えっ!? そんな! 卑怯よ!」
「ふふん。ヴァンパイアハンターの協会長は私だからね!」
「クッ……」
今度はキティルが椅子でふんぞり返って勝ち誇りララが悔しそうに彼女を睨む。クレアとグレンは二人を見てあきれて口を出す。
「キティルちゃん! ララちゃんを脅しちゃダメですよ」
「ったく…… 居眠りの上に新人を脅すなんてな。クロースに言いつけてやる」
「えっ?! ダメです! 昨日も書類を間違えて夜遅くまでしごかれたんですよ!」
クロースの名前を聞いて怯え必死にグレンを止めるキティルだった。どうやらキティルは昨夜に書類の間違いをクロースに指摘され深夜まで修正をクロースにやらされていたようだ。
話を聞いたグレンは同情せずにさらにあきれる。
「なんだ。全部キティルが悪いんじゃねえか」
「うぅ……」
「まぁ。書類の記入間違えならグレン君も人のこと言えませんけどね」
「うっうるせえ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶグレンにクレアは下を出して笑うのだった。
グレン達の会話を聞いていたトーキーは吹き出しそうになるのを必死にこらえ肩を震わせている。グレンは彼の様子に気づき話を修正する。
「はああ…… もういい。ほらさっさと仕事しようぜ……」
「あぁ! そうだ! 報告だよね…… って誰ですか? 神聖騎士さん?」
キティルはトーキーの存在に気づいて驚いた。ラピは驚くキティルに向かって大きくうなずいて返事をする。
「んだ! 神聖騎士のトーキーだべ」
「ヴァンパイアだけど……」
「えっ!? ヴァンパイア!? なんでここに連れて来たの? 捕獲じゃなくて討伐だよ?」
トーキーがヴァンパイアだと聞いたキティルはさらに驚き、なぜ彼をここに連れて来たのかと顔をあげラピとララの二人に問いかけた。
「んだ。えっとトーキーさんは”冷静の血”っつって」
「違うわよ! ”安寧の血”でしょ」
「おぉ! そうだったべ!」
ララに間違いを指摘されラピは笑顔でうなずいた。二人のやり取りにまたトーキーは肩を震わせ笑いをこらえている。
キティルは申し訳なさそうにクレアを手で指した。
「クレアさん…… 報告を……」
「はーい」
「なによ! キティル」
「ごめんね……」
報告者をララとラピの二人からクレアに変更するキティルだった。不満そうにするララにキティルは謝るのだった。
クレアはトーキーから聞いた話をキティルに報告した。
「”安寧の血”ですか…… 人間を襲わないヴァンパイアですか……」
視線をトーキーに向けるキティルだった。キティルと目が合うとトーキーは静かにうなずいた。
「じゃあグレンさん。トーキーさんをしゃべれるようにしてください」
「おう。二人共ちょっと横に逸れてくれ」
返事をしたグレンはララとラピを横に移動させ、トーキーを押してキティルの机の前に立たせると口を塞いでいた布を外した。喋れるようになったトーキーは大きく口を開けた笑う。
「はははっ! ヴァンパイアハンターは面白い人達ばかりだね」
「そうですか…… 私はヴァンパイアハンター協会の会長キティルです」
トーキーにキティルは笑顔で返事をした。彼は座って自分を見上げるキティルを見下ろしてニヤリと笑って口を開く。
「僕が嘘をついていて君に噛みつこうとしたらどうする?」
「噛みつけるほど近寄れませんよ」
「はっ!?」
右手を天井に向けキティルがほほ笑んだ。彼女の右手の上に小さな炎が現れた。小さな炎の光がトーキーの顔を照らす。トーキーの頬がじりじりとし焼けるように熱くなり、黒く焦げた煙が上がっていく。キティルが右手から出したのは小さな小さな太陽であった。
トーキーは頬から煙を上げながら笑う。
「なるほど…… 面白いだけの人たちじゃないみたいだね」
「ふふふ。ありがとうございます」
ほほ笑んだキティルは右手を握る。同時に彼女の手から黒い煙が上がり小さな小さな太陽は消えた。手を開いてキティルはトーキーと目を合わせる。
直後に扉がノックされクロースの声が聞こえる。
「キティル! クロースです」
「はーい。開いてるよ」
クロースが扉を開け部屋に入って来た。
「なにをされているんですの?」
「えっと……」
拘束されたトーキーを見て驚くクロースにクレアがこれまでの話を説明する。話を聞いたクロースはトーキーに視線を向けた。
「”安寧の血”…… あなたは人間を襲わないんですの?」
「襲わない…… だからと言って我々は人間の味方ではない。我々はただ臆病なんだ。人間を襲い復讐されれば一族が滅ぼされるからな」
「なるほどプライドを捨て生き残るわけですね。賢い生き方ですわね」
「ふっ。賢いか…… 同族からは裏切り者だの臆病者だの言われちまうけどな」
賢いと言われトーキーは嬉しそうに笑っていた。彼はキティルに体を向け頭を下げた。
「俺はウォルフを殺して妹を取り返したら…… ノウレッジから出て行く。頼む…… 解放してくれ」
「うーん……」
キティルは頭を下げるトーキーを見て腕を組み悩んでいる。彼女の横にクロースがやって来て口を開く。
「なに悩んでいるんですのキティル! ダメに決まっているでしょ……」
「えっ!?」
「でも…… 妹さんを助けたいって…… 私も一緒だし」
ウォルフを倒し妹を助けだすというトーキーにキティルは自分を重ね悩んでいる。
「あなたは人間です。彼はヴァンパイアですわ。ヴァンパイアはいつ血の渇望に襲われ牙を向けるかわからないですわよ」
血の渇望とは長期間血を吸えないヴァンパイアが暴走し、手当たり次第の人間や生物を襲い血を求めることである。
「俺は人間は襲わない。村では家畜を飼って血の渇望を抑えていた。ノウレッジでも家畜で……」
「おい! 何言ってやがる! 家畜も財産だぞ…… お前に殺された家畜によって破産するやつだっているんだぞ」
「うっ…… それはそうだが……」
グレンの言葉に何も言えなくなるトーキーだった。人間ではなく家畜を襲うというトーキーだが、家畜はノウレッジの民の貴重な財産であり襲うことは盗みと変わらない。
「ほら! ヴァンパイアは身勝手ですわ。彼は駆除してこのことは内密にして……」
「そうだね…… 信用できないね」
「なら……」
「やめろ!」
クロースが背後のハルバードに手を伸ばした。トーキーは顔を青ざめさせて叫ぶ。
「えっ!? キティル?」
素早く立ち上がったキティルがクロースの右手首をつかんで止めた。キティルはそのまま自分の机の引き出しを開け中から紙を取り出し机の上に出してトーキーの前へと滑らせるのだった。




