第519話 猫耳を立てろ
時間は少し戻って…… グレン達が二手に分かれた直後。監視塔から出たクレアとラピはゴミ山に積まれた机の影から顔を出した。
「尾行されているの気づいているべか?」
「いいえ…… 警戒しているんですよ」
二人から十メートルほど先の狭い道をトーキーが歩いている。用心深く彼は何度も振り返り周囲を警戒していた。クレアをラピは身を隠しながら慎重にトーキーの尾行を続けていた。
トーキーはゴミ山を横切るようにして柵に向かって行く。柵の手前に立った、トーキーはキョロキョロとを左右に顔を向けた。しゃがんだ彼は柵をくぐってゴミ捨て場の外へと向かう。
柵をくぐったトーキーはテントと小屋が並ぶ道に消えて行った。すぐにゴミ山の中からクレアとラピが姿を現し柵へ向かう。二人はトーキーがくぐった柵の前に並んで立った。
「どこへ行くべかな」
「方角は酒場みたいですけど…… とにかく追いかけましょう」
「んだ!」
横を向いて微笑んだクレアはラピに手を伸ばす、ラピは差し出されたクレアの手を握った。クレアは地面を蹴って飛び上がり、二人は柵を越えてトーキーを追いかけるのだった。
トーキーは酒場へと続く小道を歩いている。通りの脇には下着姿や薄く透けたシャツを着ただけの娼婦が立っていた客を引いていた。
「こげなとこ来てなにするんだべ……」
「まぁ…… 普通なら女性を買いに…… どうですかね」
小道をクレアとラピはターキーと距離を取って物陰に隠れながら尾行をする。
「あらぁ。トーキーじゃない! 今日はやってくかい?」
「おう。僕の大剣で君を…… って言いたいところだけど…… 勤務中なんだよね……」
娼婦に誘われたトーキーが手を振って、断ろうとする姿がラピとクレアに見えている。
「なによ! あんた短剣じゃない!」
「おっおい。失礼だな。まったく」
にこやかに会話をしてトーキーは手を上げ娼婦の元へから去ってさらに奥へ行く。トーキーは歩くと知り合いの娼婦を見つけたのか、手をあげ挨拶をすると嬉しそうに小走りで駆けていく。
深刻そうな顔でトーキーは娼婦と会話を始めた
「よぉ。最近はどうだ?」
「うっうん…… 大丈夫よ…… 頻繁に誘われないから」
「そうか…… 何かあったら言えよ」
「ありがとう」
笑顔を向ける娼婦にほほ笑みかけトーキーはまた歩き出した。
「なんかちゃんと見回りをしているみたいだべな……」
「えぇ。そうですね……」
真面目に巡回をするトーキーの様子を見て困惑するラピだった。クレアは目を鋭くし厳しい目をトーキーの背中に向けていた。
トーキーは数名の娼婦に声をかけると酒場へとやってきた。
「おう。調子はどうだ?」
「トーキーの旦那! 今日はダメだ……」
「あぁ。だから今日は親父の顔見てしけた酒のんでんだよ」
慣れた様子で樽で飲む男二人の間に入って声をかけるトーキーだった。
「なにがしけた酒だ…… ツケのくせに……」
酒を運んで来た店主がトーキーと男の二人の間に顔だし不機嫌そうにつぶやくと、トーキーは嬉しそうに笑う。笑うトーキーを見て主人はさらに不機嫌になったのか眉間にシワを寄せ彼を見た。
「お前は今日はどうするんだ?」
「勤務中だからな。俺には水を…… 代わりに二人に酒をだしてやれ。後…… うまい料理も頼むぜ」
「おっ!? どうしたんだ?」
「臨時給金が入ったんだよ! ほら!」
トーキーは懐から小さな袋を出して樽の上に置いた。店主が袋を開けるとパアっと表情を明るくする。
「おう! じゃあ待ってろ」
「頼むな!」
店主は右手をあげてトーキーに返事をして屋台へと引っ込んでいった。ラピとクレアは酒場の入り口付近にある小屋の影からこっそりと覗いていた。
「話が聞こえねえな……」
ラピがつぶやく。二人はトーキーが居る樽からは離れておりさらに酒場の騒々しさから会話は聞こえない。
「大丈夫です。裏で話を聞いてます……」
「えっ!?」
クレアが酒場の中を指さした。ラピがクレアの指した先に視線を向けると、グレンを案内して来た猫がトーキーたちがいる樽の後ろにある箱に乗って寝ていた。
「猫がなんだべ?」
「道具箱に入った十字架を出してください」
首をかしげるラピにクレアは以前にヴァンパイアハンター協会で渡した十字架を出すように指示をした。
「えっ!? わかったべ……」
うなずいたラピは木箱から十字架を出した。右手に乗せてラピはクレアに十字架を差し出した。クレアはそっとラピの手の上に自分の手を重ねた。
「アーヴァント!」
白くクレアの手を光りすぐにおさまった。彼女はラピ手の上から自分の手を外した。
「それを耳に当ててみてください」
「えっ!? おっ! 聞こえるべ」
ラピが驚きの声をあげた、彼女が耳に当てた十字架からトーキーと男の話が聞こえたのだ。
「ノウレッジの猫さんは猫妖精の魔力の恩恵を受けてます。アーヴァントを使用することで彼らが聞いている音が聞こえます」
「でも…… オラは魔法は……」
しょんぼりとするララにクレアは優しくほほ笑んだ。
「ふふふ。それは頑張ってもらうしかないですね」
「んだ。頑張るべ!」
大きくうなずくララの頭をクレアは丁寧に撫でるのだった。
しばらくして料理と酒を持って戻って来た。置かれた料理を見て目を輝かせた後に、トーキーはハッとしてキョロキョロと周囲を見て店主に顔を向けた。
「あれ!? 今日はダイアちゃんはいないのか」
「あぁ。さっきまで居たんだがな…… 困ったもんだ。あいつにもいい話があったんだがな……」
首を横に振る店主だった。トーキーは彼の話に反応する。
「良い話だと?」
「あぁ。とある奴がな。この辺の娼婦をまとめて身請けしたいんだってよ」
笑顔で答える店主にトーキーの目が鋭くなった。すぐに表情を柔らかくしたトーキーは店主にさらに尋ねる。
「豪勢な話だな。どこの富豪だよ」
「なんだ? お前んとこのリレイルだろ? 聞いてねえのか?」
「そんな私情は知らねえよ。俺は抱いた女の特徴は内緒にする主義なんだ」
トーキーは得意げな顔をして店主に返事をする。店主はあきれはてた顔をし横で飲んでいた客が彼に突っ込む。
「何いってんだよ! お前に抱かれる女なんかいねえだろ」
「そうだ! ”腐った黒ダイヤ”もお前が嫌いだから身請けされるってよ!」
「うるせえ!」
二人に向かって叫ぶトーキーだった。彼はしばらくの間酒場で盛り上がっていた。ラピは十字架を耳に当て彼らの会話を聞いていた。
「まったく…… 勤務中だから飲めねえって言ったろ……」
酒場から出たトーキーはふらつきながら貧民街を北へと向かって歩いていく。彼らから十メートルほど後方でララとクレアが尾行している。
「どこへ行くべかな……」
「そうですね…… あっ! 隠れて!」
前を歩くトーキーがいきなり振り向こうとした。ララとクレアは慌てて道の脇の置かれたテントとテントの隙間に隠れた。
「あっ…… ふん!」
「なっなんだべ!」
「しーーー! 静かに!」
テントから漏れる妖艶な吐息にラピが顔を真っ赤にした。クレアは慌てて彼女の口を押えて静かにするように指示をした。
「ふぅ…… 気のせいか」
トーキーが前を向き首をかしげて歩き出した。クレアとラピはトーキーが離れるとテントの隙間から出て来た。
「危なかったですね…… ふふ」
「なっなんだべ!」
「ラピちゃんも子供ですね」
「やっやめてけれ」
顔を真っ赤にするラピにクレアは優しくほほ笑むのだった。
「リレイルは東回り担当…… ならあそこだな……」
前を向いたトーキーは真面目な顔でつぶやく。彼のふらついていた足取りは元通りになり速度が上がっていく。




