第513話 近づく黒き過去
ゴミ捨て場に入り巡回を始めた。グレン達はゴミ捨て場の山の間や周囲を歩き巡回している。小屋を出てしばらく歩いてところでララが両手をあげあくびをする。
「ふわああああ…… 居ないわねぇ。もしかして私が巡回していって聞いて逃げちゃったとか?」
にこにことほほ笑みながら得意げに首をかしげるララだった。横に並んで歩くラピが冷たい目で彼女を睨んだ。
「あほこくでねえ! 見習いのおめさがそんな有名なわけねえべさ!」
「なっなによ! そんなことわかっているわよ! ふん!!」
叱られたララは不服そうに口を尖らせ腕を組む顔を横に向けそっぽを向いた。視界に後ろを歩くグレンが見えた。
「グレン! その辺の物は触っちゃダメよ!」
ビシッとグレンを指さして注意するララだった。叱られた腹いせに彼女はグレンを注意しようとしたようだ。グレンは特に気にすることもなく淡々と彼女に返事をする。
「あぁ。わかってるよ。こういうところの奴らは縄張りがあって勝手に触ると喧嘩になるんだろ?」
「なっ!?」
グレンが答えるとララが目を大きく見開いた驚いた顔をした。ついさっき揉め事を起こした自分達を空かされているようで頬をわずかに赤くするララだった。
「つまんないやつ! べーーーだ!」
ララはグレンに向かって舌をだしてすぐに前を向いた。グレンはララの行動に驚いて声をあげる。
「なっなんだよ!?」
「ふふふ」
グレンの隣で二人のやり取りを見たクレアがほほ笑んでいる。ゴミ捨て場でララたちが絡まれたことを知らないグレンはわけがわからず二人の様子に首をかしげいた。
行き交う神聖騎士やゴミ拾いを行う住民を監視し歩き続けた、グレン達はゴミ捨て場を一周した。異常はなく四人は二週目に向かう。ゴミの山を抜けララとラピとクレアの三人が最初にゴミ捨て場を訪れた場所の近くを通る。
「あっ!!!! グレン!!!!!! グレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!」
悲鳴のような甲高い大きな声が深夜のゴミ捨て場に響く。声にグレン達が振り向くと柵の向こうに酒場に居た女性が立っていた。
ララとラピは女性を見て驚きクレアは彼女を見て、目を鋭くし冷たい視線を向けていた。女性を見たグレンは顔を青ざめさせ怯えている。彼は必死に声を絞り出しつぶやく。
「ダッ…… ダイア……」
グレンがつぶやいた言葉は彼女の名前だ。酒場の女性はダイアだった。グレンと二人で冒険者になろうと海をわたり、彼を裏切ったダイアは聖都の貧民街の売れない娼婦に身を落としていた。
ダイアは足を上げ慣れた様子で柵を乗り越えると小走りでグレンの元へと駆けていく。彼女の表情は酒場でクレア達に出会った時とは違い明るく笑顔に満ち目には涙を浮かべ輝いていた。
「よかった! グレン…… 本当にグレン…… 生きてた。やっと…… 私……」
走りながらこぼれる涙を拭い、ダイアは両手を広げたグレンに近づく。五年前に自ら捨てた幼馴染が目の前へと迫る。しかし、直後に……
「なっなんですか! あなたは! どい……」
グレンとダイアの間にスッとクレアが立ち塞がった。ダイアは立ち塞がるクレアを睨みつけどかそうと手を伸ばした。
「えっ!?」
冷たく殺意のこもった金属の塊がダイアの首に押しあてられた。クレアは背中の大剣を引き抜いてダイアの首筋に押し当てたのだ。ダイアの頬を汗がつたう、大剣は何も語らずとも殺気を放ち一歩でも動いたら首が飛ぶという警告の言葉を表していた。
汗が地面にポタっと落ちるとクレアはニコッと笑ってダイアに口を開く。
「私はクレアと申します。グレン君のお姉ちゃんです」
「おっお姉ちゃん…… グレンのお姉さんはレイナさんじゃ……」
グレンの姉を名乗るクレアに困惑するダイアだった。クレアは視線を横に向け優しくグレンにほほ笑む。グレンは視線をダイアではなくクレアに向けうなずきそのままダイアに口を開く。
「あぁ。そうだ…… お前に捨てられた後にこの人に助けられたんだ」
「はい。そこから私がグレン君のお姉ちゃんになって一緒にいるんですよ。ずっと!」
満足そうにうなずくクレアだった。
「捨てた…… 何を言っているの私は…… うぐ!!!!!」
必死に言い訳をしようとしたダイアの首のクレアの大剣が食い込む。顔をダイアに向けたクレアは笑顔だが目は笑っておらず視線は殺気がこもっている。
「捨てましたよね…… 私がシャイニングドラゴンのところに来た時、周りに仲間なんて一人も居ませんでしたよ」
「それは…… 聞いて! 私は…… レオンにそその……」
「聞きません!」
ダイアの言葉を遮るクレアだった。クレアの殺気に押されるダイアだったが、貧民街で沈む彼女にとってグレンは最後の希望であきらめるわけにはいかなかった。
「あなたじゃない! グレンよ! グレンに……」
「あなたはグレン君の言葉を聞いたんですか? 男と二人で逃げたんでしょう? 今更何を言うのですか」
「うっ……」
「えっ!? グレン君……」
淡々とダイアの言い訳をつぶすクレアだった。グレンはクレアの肩に手をかけた。驚いて振り向いたクレアにグレンは優しくほほ笑む。ダイアはクレアに向けられた優しいまなざしと笑みをうらやましげに見つめる。
「クレア義姉ちゃん…… 大丈夫…… だから剣を下してくれ」
「はーい」
クレアはそっと大剣をダイアの首から外した。ホッと安堵の表情を浮かべる首筋をさするダイアだった。ダイアはすぐにグレンに顔を向けた彼女は少しはにかみもじもじと恥ずかしそうにしている。五年前のダイアであれば可愛らしく見えたグレンも、いろいろな経験から彼女が媚びを売っているようにしか見えず顔をしかめる。
「ダイア…… 俺になんの用だ?」
「あのね…… グレン…… 私はあなたに謝りたかったの…… ごめんさない。私バカだった……」
うつむいて頭を下げて謝るダイアだった。彼女の足元が濡れており泣いているのが分かる。グレンは静かに黙ってダイアを見つめていた。
「今更だよね…… でも私はここに流れついて…… 必死に生きて…… 傷もついちゃった。でっでもグレンにわかってもらおうと…… 必死に顔は……」
ダイアは必死にグレンの気を引こうと話しかけている。グレンは不思議な感覚に襲われていた。目の前でかつて自分を裏切り惨めな目に合わせた憎き相手が謝り必死に自分に媚びを売っている。本来なら優越感に浸ったり怒りに任せて恨み言の一つでも他叩きつけてやってもいいはずだ。ただ、グレンの心は穏やかだった。
「あっ……」
グレンが声をあげた。ダイアが顔をあげ彼を見た。しかし、彼と目は合わない。グレンの視線は彼女の横にいるクレアへと向けられていた。クレアはグレンを心配そうに見つめている。全てを悟ったようにグレンはクレアにほほ笑みかけた。クレアはグレンにどこか安心したようにほほ笑み返した。
もうグレンからダイアに恨みを言ったり見下しするほどの感情が沸かないのだ。側に居て自分を支えて助けてくれるクレアの存在がグレンからダイアへの興味を失わせたのだ。二人の強い絆がダイアという存在そのものをグレンから薄くしていたのだ。もうグレンにとって彼女は幼馴染でもかつて愛した女性でもない。ただの貧民街に流れ着いた娼婦でしかない。
右手をあげグレンは自然にダイアに答える。
「いいよ。もう俺は気にしてない」
「グレン……」
手を左右に動かしグレンがダイアに答える。ダイアは彼の回答を聞きすべてが水に流されたと思い目を輝かせるのだった。
「じゃあもういいかな。俺達は仕事があるから……」
「えっ!? まっ待って!」
話を切り上げダイアから離れようとするグレンをダイアが手を伸ばして彼の右手をつかんで止めた。クレアの目が鋭くなりダイアの手を見つめていた。




