第498話 義姉は関せず
クレアの前に倒れた男は腹を押さえて口からゲロを吐いている。流れて来た汚い液体がブーツに触れないようにクレアは静かに横に移動し顔をあげ大剣を背中にしまう。
「さて…… 二人は……」
つぶやいたクレアは視線を横に向けララとラピの状況を確認するのだった。
「はああああああああああああああああああああ!!!!」
両手を横に広げたララの周囲に十本の銀色の短剣が浮かんでいた。彼女の前には槍を構えた男が立っていて浮かび上がっている短剣を見て困惑している。
ララは彼を見ながら口元を緩め左腕を前に出す。一斉に十本の短剣が男へ向かって行く。
「うわああああああああああ!!!!」
飛んでくる銀の短剣に男は悲鳴のような声をあげながらがむしゃらに槍で叩く。
「あっ!!」
向かって来る短剣の重圧に耐えきれずに彼は足がもつれて尻もちをついた。
「はははっ! 終わりよ!」
右腕を前に突き出した叫ぶララだった。彼女の腕の動きに反応して勢いよく銀色の短剣が飛んで行く。銀の短剣が猛スピードで男へと迫る。槍を両手に持ち恐怖に顔をひきつらせ男は目をつむり叫ぶ。
「やめろ! やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ゆっくりと目を開ける男だった。彼の視界が銀色に覆われている。目の一センチ前に銀の短剣が止まっていた。
「あっああああ……」
目の前に浮かぶ銀の短剣に恐怖で声をあげる男だった。手から力が抜け槍が地面に転がり音を立てる。男は気を失ったようで背中から地面に倒れた。ララは満足そうにうなずく。
ララのすぐ近くで斧を持った男とラピが対峙していた。
「おら! おらおらああああ!!」
「わっわわ!!」
声をあげながら男は斧を振り回す。ラピは必死にしゃがんだり体を反らしてたりして斧をかわしていた。男が動きが止まった斧を振り回し体力が尽きたのか肩で息を切らしていた。
「はあはあ……」
「おめさ。だっ代丈夫だべか?」
良き一つ乱さず首をかしげるラピを見た、男は悔しいのか眉間にシワを寄せている。右手に力を込めた彼は大きく斧を振り上げた。
「クソオオオオオオオオオ!!!」
「あぶねべ!」
「へっ!?」
叫びながら男は斧を振り下した。ラピは素早くしゃがんで勢いよく上に飛んだ。斧が振り下ろされるよりも早くラピの体はあっという間に五メートルの高さに浮かぶ。そのままラピは下に落下していく。
着地しようとラピは足をそろえると直後に彼女の足に衝撃が走った。地面についたと思ったラピは両手を広げる。
「よっと!」
「グギャッ!!!」
「えっ!?」
声がしてラピが下を向いた。足元には男の顔がありラピが驚きの声をあげた。ラピは男の顔を踏みつけたのだ。
「わっわわわわ!!! すまね! すまね!」
「ぎゃっ! ぎゃっ!! ぎゃっ!!! やめて…… ぶはあ!!!」
慌てて謝りながら何度もその場で何度も足踏みをするラピだった。男は頭を何度もラピに踏まれていた。何度か踏まれると男は膝をついた。ラピはバランスを崩したが安堵か男の顔から飛び下りた。
男は仰向けに倒れ気を失った。
「オッオラの勝ちだな!」
気まずしそうに笑いながらラピは声をあげた。ララはラピを見て笑顔で店主を指さした。
「もうあんた一人よ!」
「ララ! 少し脅してやるべ!」
「そうね!」
ララが両手を上に突き出した。周囲のテーブルや椅子代わりの丸太や木箱が浮かび上がっていく。さらに上空でゆっくりと回転し始めた。
「やめろ! 店が!! 元に戻せ!」
「はーい!」
元に戻せという店主にララは笑顔で返事をし彼に向かって右手を向けた。丸太の一つが回転しながら猛スピードで店主に飛んで行った。
「ひっ!?」
飛んで来た丸太がかすめるようにして、店主の横を通り近くの地面に落ちた。悲鳴をような声をあげ店主は尻もちをつき冷や汗が額から頬へと垂れていった。
怯えた表情を浮かべる店主を見てララはにっこりとほほ笑んだ。
「どうしたの? 元に戻したわよ。別にあなたに当ててから戻してもいいでしょ?」
ララは右手をまた前に突き出した。今度は木箱が飛んで行き店主の横を通っていった。
「わっわかった! もうやめてくれ! あいつと好きに話せ!」
慌てて両手を前に出してやめてくれと懇願するララだった。ララは話を聞いて満足そうに笑うと両手を下した。浮かんでいた木箱や丸太がまるで意思を持ったように飛んで行き元に場所へと戻って行った。
ララとラピは女性の元へと向かって歩いていく。彼女は蹴られた頭を押さえてうずくまっていた。ララは女性に声をかける。
「大丈夫?」
「はい……」
振り向いてうなずく女性だった。彼女は蹴られて倒れた際に顔を地面ですってしまい頬に擦り傷が出来ていた。
「クレア! 治してあげて!」
「……」
治療をしてもらおうとララがクレアを呼んだ。しかし、クレアは黙ったまま静かに立ったままで女性をみつめていた。反応しないクレアにララはもう一度彼女を呼ぶ。
「クレア! 聞こえている?」
顔をララに向けクレアは小さく首を横に振った。
「ダメですよ。二人のお仕事です。ポーションや薬を使ってください」
「そだべな。待つべ!」
ラピがポケットに手を突っ込み緑色の丸まった葉の包を取り出した。彼女が包を解くと黄緑色のドロッとした薬が出て来た。ララは薬を手に取り女性の顔に塗っていく。
「もう大丈夫だべ!」
「はっ!!!???」
「わっ!? えっ!?」
薬を塗り終わったラピが笑顔で女性の声をかける。女性は勢いよく立ち上がり、ラピは突き飛ばされそうになって声をあげた。女性は近くの水たまりの前にしゃがみ水に映る自分を確認する。
「よかった…… これ以上傷になったら…… 気づいてもらえなくなる……」
女性はつぶやきながら顔を右に左に動かしていた。
「ちょっと! あんた! 危ないじゃない! それにラピにお礼を言いなさいよ!」
しゃがんで水たまりを覗く女性にララが怒る。
「えっ!? あぁ…… そうね。ありがとう」
振り向いた女性は右手をあげ小さな声で淡々とラピに礼を言った。どこか感情がなく心がこもっていない謝礼にララは彼女を睨みつけていた。
「じゃあ話を聞かせてくれるべか。最近この辺でヴァンパイアに襲われた人がいるって聞いたんだが?」
「えっと…… ヴァンパイアに襲われたミーロさんのことですよね」
「んだ。どこで襲われただが?」
ラピの質問に女性は屋台の向こうを指して答える。
「三日前に近くの資材置き場で襲われたんです。今は教会の診療所にいますよ」
「襲われたやつは生きてるべか?」
「はい。警備中の神聖騎士が偶然見つけて診療所に運び込んだみたいです」
「ほお」
相槌を打ちながらラピは女性の話を聞いていた。
「私が知っているのはこれくらいかな…… いい?」
「んだ。おしょうしな!」
笑顔で右手をあげラピは礼を言った。女性もラピに右手をあげ挨拶をしたのだった。ラピはララに顔を向け口を開く。
「次は教会の診療所に行くべ」
「そうね…… 行って話を聞いてみよう」
二人は顔を見合わせてうなずいた。ララが女性に右手をあげた口を開く。
「ありがとうね。またね」
「いえ……」
頭を下げる女性にララは笑顔を向けた。次にララはクレアに視線を向けた。
「クレア! 次は教会に…… クレア? どうしたの? 怖い顔として」
「いえ…… なんでもありません。では行きましょうか」
「うっうん……」
二人から少し離れた場所に居たクレアはジッと何かを見つめ厳しい表情をしていた。ララは彼女を見て首をかしげたのだ。
ララに声をかけられたクレアはすぐにいつもの優しい表情になりほほ笑んだ。三人は教会の診療所へと向かうのだった。




