第497話 場末の黒ダイヤ
ひび割れた瓶から縁が欠けたコップに注ぐクレアだった。彼女は残り二つのコップにも酒を注ぎララとラピの前に置いた。
「私…… お酒好きじゃないのよね」
「オラも……」
「こーら! 文句言っていると難癖をつけられますよ」
クレアが小さく顎を動かし屋台を指す。ララとラピが屋台に目を向けると彼らを監視するように店主が見つめていた。
二人はコップを持って口へ運ぶ。酒を口にした瞬間にララとラピが首をかしげた。
「あれ? これお酒なの?」
「水みてだな」
「あぁ。なにかで薄めているんですね……」
コップに入った酒を眺めるクレアだった。ここでは質の良い酒は手に入らず手に入る物で薄めているようだ。
「ねえ。どうする? さっきの人が何か知っているみたいだったよ」
屋台の方を指すララだった。先ほどの女性が酒盛りとしている席に料理を運んでいる姿が見えた。ラピは彼女を見て小さくうなずいた。
「そうだな。あの人に聞いてみるか!」
「よーし。行くわよ!」
いきようようと席を立つ二人だった。クレアはゆっくりと立ち上がり二人の後を追いかける。料理を運び終わった女性にララが声をかける。
「ねえ!? ちょっといい?」
「えっ!? なんですか?」
声をかけられた女性は振り向いて立ち止まった。ララは彼女に尋ねる。
「さっきの話だけどヴァンパイアの事件について何か知らない?」
「えっ!? えっと…… ミーロさんが襲われた…… キャッ!!!!」
女性の頭がいきなり後ろに反った。店主が背後に来て彼女の髪を引っ張り怒鳴りつける。
「何している! とっとと帰って来い!」
「ごっごめんなさい」
目に涙を溜めて謝る女性を見てララが店主に向かって声をあげる。
「ちょっと! あたしがまだ話しているんだけど!」
「チッ!」
店主は舌打ちをして女性から手を離し彼女の前に出て立ち塞がるように立った。
「何よ! 文句…… えっ!?」
手を出してララを止めたラピが前に出た店主をみあげて冷静に口を開く。
「オラたちとその人と話を…… えっ!?」
店主は右手をラピに突き出した。意味が分からずラピは首をかしげる。
「なっなんだべか?」
「はぁ。みれば分かるだろ? 金だよ! 金! あいつから話を聞きたきゃ金を払えよ。持ってんだろ?」
「おっお金だがか?」
金を要求してくる店主にラピは驚いていた。横に居たララが口を開く。
「なんであの人と話すのにあんたに金を払うのよ」
「ここじゃあなぁ。なんにでも金をはらうもんなんだよ!
「だったらあの女の人に払えばいいんでしょ! なんであんたなのよ」
両手をあげララが叫ぶと男は右の親指を立て女性を指す。
「残念だったな。俺はあいつの借金を肩代わりしてやったんだ。その金を体で返してもらっている途中なんだよ」
「なっなによそれ…… ケチ!!」
眉間にシワを寄せララが店主に向かってケチと叫ぶ。
「はあ!? ケチだと!? もういい。とっとと帰れ! あいつとは話はさせない!」
「うっ……」
「チッ…… うん!?」
店主の言葉に黙ってしまうラピだった。店主はまた不機嫌に腕を組むと二人の後ろに立つクレアに気づき視線を向けた。
「ほう…… ペロリ」
クレアを足元からつま先まで舐めるように視線を向け店主は舌なめずりをした。ニヤニヤと笑いながら店主はラピに口を開く。
「おい。金の代わりにそっちの姉ちゃんでもいいぞ。ちょっと年いっているがまだまだいけるだろ……」
店主は支払いを渋る二人に代わりにクレアを差し出すように要求した。クレアはムッとした顔をするが、二人に任せているのですぐに無表情に代わり何も言わずに見つめていた。
「じゃあ最初は俺らが抱いてやるよ! いいよな?」
声がした方にクレアが視線を向けると、屋台の近くで酒盛りをしていた三人の男が立ち上がって近づいて来るのが見えた。
三人の男たちはそれぞれ槍と剣と斧を持ち革や鉄鎧を着ていた。持っている武器は錆びつき鎧はボロボロで自らの手で修復したような痕がある。元冒険者で落ちぶれた人々のようだ。
「あぁ。まだ営業前だから好きなとこ使え」
近づいて来た男たちに向かって屋台の後ろに並ぶ小屋とテントを指し、店主はニヤニヤと笑っている。この酒場と娼館であり背後にある小屋とテントはベッドの代わりだ。
「さあ! 行こうぜ!」
先頭で革の鎧に身を包み剣を腰にさした男がクレアへ手を伸ばそうとした。クレアの視線が細くなり視線が鋭くなった。
「まっ待ってください!」
声がしてクレアが視線を向けると男の横から女性が近づいてきていた。
「そんな人より私を使っていいですよ」
自分を指さしクレアの代わりを務めると言い出す女性だった。男は女性を見て顔をしかめた。
「はあ!?」
「もちろん。タダじゃないですよ」
笑った彼女は服の胸元を引っ張り、谷間を見せて誘惑するような仕草をする女性だった。下着をつけていないようで服の隙間から男の目に黒ずんだ胸の先端が見えていた。彼女のボロボロで裾や袖が破けている。元は神官服のようで金色の縁取りなどがわずかに残っている。
「どう? 良いでしょ? 気持ちよーくしてあげる」
女性は男性の胸元によりかかるようにして頭をつけ指先で胸をつつく。男は顔を眉間にシワを寄せた。
「誰がお前なんか抱くかよ!」
「キャッ!」
男は女性を突き飛ばした。悲鳴をあげ女性は尻もちをついた。
「何が気持ちよくだ! ”腐った黒ダイヤ”なんかな。お呼びじゃねえんだよ!!」
「そうだそうだ。金もらってもお前なんか抱かねえよ」
「ったく…… いつまでも上級娼婦ぶるなよ! 傷物が!!」
「キャアアアアアアアアアアアア!!」
尻もちを着いた女性を男たちが罵る。最後に突き飛ばした男が女性を蹴りつけ悲鳴が上がる。ララは男たちを睨みつけ眉間にシワを寄せラピは怯えた様子で見つめていた。クレアは静かに眺めていた。
「さて…… 散々使い倒された女よりも……」
女性を蹴りつけた男が満足げにうなずき振り返った。男はクレアに向かって手を伸ばした。
「さぁ…… あんた! 俺達と楽しもうぜ」
「良いですよ…… でも楽しめますかね」
「うわあああ!!」
クレアは伸びて来た男の手を叩いた。手を弾かれ男は痛いのか顔をしかめていた。
「なっ!? てめえ!!! よくも!!!」
手を押さえた男がクレアを睨みつけていた。クレアは男に視線を向け背中の大剣に右手をかけた。
「クックレア!?」
「えっ!? どうすべっか!?」
ララとラピがクレアの行動に驚き困惑した様子で彼女を見ていた。二人を見てクレアは優しくほほ笑む。
「もういいですよ。ララちゃん、ラピちゃん。理不尽な要求には屈する必要はありません。ここはハンター協会の威厳を見せるべきですよ」
「えっ!? わっわかった」
「んだな」
身構えるララにラピは腰にかけている金棒を取り出した。男たちは三人を見てそれぞれの武器に手をかけた。クレアに手を弾かれた男は剣を抜きながら舌打ちをした。
「チッ! いいねぇ。強引に犯してやる! お前ら! こいつらをやっちまえ!」
剣を抜いた男はクレアに向かって駆け出す。他の二人はララとラピに向かって行く。剣先をクレアに向かけて男は叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
男は剣をクレアに向かって突き出す。直後に金属のぶつかりあう音がした。
「えっ!?」
目を丸くして呆然とした顔をする男だった。彼の目の前にさび付いた剣の刀身がバラバラと落ちていくのが見える。クレアは右腕を左側に伸ばした姿勢で静かに立っていた。
男は呆然として立ち止まりクレアを怯えた顔で見つめていた。
「もう終わりですか? それでは私の相手は無理ですね」
「うっぐ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
クレアは素早く大剣を戻し逆手に持ち替え前に出た。素早く膝を曲げ体勢を低くして大剣の柄頭を男の腹に突き出した。男の体はくの字に曲がり苦しそうな叫び声をあげ、手から砕かれた剣を地面に落とし音が鳴る。
「うっぐはあああ!!」
口から胃液と酒盛りの料理を吐き出して男は膝をついて倒れた。




