第489話 真面目な騎士
昼前の聖都ギガンゴス。大聖堂からほど近くにセントグレイタス修道院がある。初代タイタロス王国の王の名を冠とするこの修道院はノウレッジ進出から、タイタロス王国出身の教会関係者の邸宅として使用されてきた。
真っ白な壁を持つ六階建ての城のような豪華な修道院だ。修道院の前には門番である神聖騎士が立っている。修道院の門の前にルドルフが歩いて来た。ハインリッヒの報告を聞いた彼は転送魔法ですぐに聖都へとやって来ていた。
「ルッルドルフさん!? 今日はどのような用事で?」
ルドルフに気づいた門番を務める神聖騎士が声をかけて来る。ルドルフは真顔でジッと修道院を見つめ視線を門番に向け口を開く。
「ここにニコライが来ているな?」
「はっはい。今朝からダバロ枢機卿と話をされています」
「そうか…… 邪魔するぞ」
話を聞いたルドルフは前に出て中へ入ろうとした。慌て門番が彼を止める。
「まっ待ってください。予定にない方は通すなと……」
「私はノイジール騎士団長から全地域への捜査権を託されている。今回は命令違反と越権行為についての捜索だ」
「でっですが……」
食い下がる門番にルドルフは真顔で彼を見て淡々と告げる。
「わかった。私を止めるということは貴様も共犯ということでいいな?」
「いえ! どうぞ」
首を大きく横に振り門番は背筋を伸ばし敬礼をしてルドルフの前からどいた。ルドルフは表情を一つもかえずに門番をチラッと見てから修道院の中へ入っていく。
「相変わらず…… 雅な場所だな……」
豪華な装飾が施された明るい廊下をルドルフが一人で進んでいる。輝く装飾品にルドルフは顔をしかめながら修道院の奥へと向かって行く。
六階にある大きな木の扉の前にルドルフが立つ。彼の視線の先には扉にネームプレートがありダバロと記載されていた。この部屋の向こうはダバロ枢機卿の執務室のようだ。
「じゃまするぞ」
ノックもせずに扉を開け中へと踏み込んだルドルフだった。部屋は広く床には絨毯が引かれ二つの大きな本棚と豪華な棚があり部屋の手前にはフカフカのソファにテーブルが置かれていた。奥には黒い木造りの机がありそこには白い修道服を着た初老の男性が椅子に座っていた。
初老の男性は恰幅が良く丸い体形で頭髪は脇に白髪がわずかに残るだけで、シワが深く細長い目をして穏やかな雰囲気を持っている。この初老の男性がダバロ枢機卿である。
「ルドルフ……」
机の前にはニコライがおり振り返ってルドルフを見て驚いた顔をした。ルドルフはズカズカと歩いてニコライに近づき一メートルほど手前で止まって口を開く。
「ニコライ…… なぜ貴様がここに居る? お前は天井監視所勤務のはずだが?」
淡々と表情を変えずに尋ねるルドルフにダバロ枢機卿に目をやり二コラリハ強気な表情で答える。
「私はダバロ枢機卿のご指示で……」
「貴様の上官はハインリッヒだ。神聖騎士団の指揮系統は騎士団長を頂点として教会からの指示は受けない。貴様はそんな基本的なことも忘れたのか?」
ニコライの言葉を遮りはっきりと告げるルドルフだった。
「誰の許可で移動をした? 答えろ? 私はハインリッヒから貴様の勤務放棄を報告を受けやってきたのだ。返答次第では即座に営倉にぶち込むぞ」
「いやだからそれは……」
矢継ぎ早に問い詰めるルドルフにニコライの表情は青ざめ先ほどの強気な様子はなりを潜めていく。落ち詰められるニコライにダバロが立ち上がり、助け舟を出そうとルドルフに声をかける。
「まぁまぁ。ルドルフさん」
両手を前に出してルドルフに向かって来るタバロだった。ルドルフは視線を動かし彼に向かって右手を向ける。
「あなたには関係のないことだ。これは神聖騎士団の問題です」
無関係なタバロが口を出すなと告げるルドルフだった。
「相変わらず頭が固いねぇ」
はっきりと口を出すなと言われ気を悪くせずに、ニコニコとほほ笑むタバロだった。彼はルドルフがこのような反応をすると分かっていたようだ。
「わかったよ」
素直に引き下がるのかタバロは自分の机へと戻っていた。しかし、彼はすぐに引き出しをあけ巻かれた一枚の紙を持って戻って来た。
タバロはルドルフに紙を突きつけた。紙には文字と最後に署名と捺印がされている。
「これは……」
「君達の上官である副団長ロブラックの命令書だよ。ニコライ君は彼の命令で私にバーガンを届けたんだ。わかったか?」
勝ち誇った表情でタバロはルドルフに声をかける。ルドルフはジッとは突き出され命令書を見つめていた。驚いてルドルフが動けないと思ったのか余裕の笑みを浮かべた。
「さぁ。ここから出て行きたたまえ。ニコライは副団長の指示で……」
扉を指してルドルフに出て行くように言うタバロだった。ルドルフは顔を上げて小さく首を横に振りタバロの言葉を遮る。
「残念だがそれはできない」
「なんだと!? よく見て見ろ! これは本物だ! 神聖騎士団の印も押してあるだろ!」
命令書を突き出し手で叩いて見せるタバロだった。ルドルフは彼の言葉に冷静に落ち着いた様子でうなずく。
「あぁ。確かにこれはロブラック副団長の印が押してある本物の命令書だ」
「だろう? 君達は上官の命令なら聞くんだろ?」
あきれたような顔でルドルフはため息をついた。
「はぁ。彼の上官はハインリッヒだ。神聖騎士団はたとえ団長であっても所属長の許可なく騎士に命令を下すことはない。特別な事情であれば各支部の部隊長に通達が来る」
「こっ今回は至急の案件で通達が後になったんだ!」
通達が事後になったというタバロだった。ルドルフは小さくうなずき視線をニコライへと向けた。
「そうか…… なら…… ニコライ! 行くぞ! バーガンを連れて来い」
「へっ!?」
ニコライに向かってルドルフが指示をだした。ニコライが面を食らい変な声が出ていた。タバロがすぐにルドルフに声をあげた。
「どっどういうことだ!」
「ニコライへのロブラック副団長の命令はバーガンを聖都へ移送せよのみだ。彼をあなたに引き渡せとは書いてない」
「なにを!? 我が国の国民の保護を指示してもらったんだ! だから私が……」
渋い顔をしてルドルフは視線をタバロへと向け腕を組み首をかしげた。
「我が国? 国民? 何を言っているのだ? ここはノウレッジ大陸。移住者はノウレッジの市民だ。市民を保護するのは担当の神聖騎士の役割だ」
「クッ」
ルドルフの言葉に悔しそうにするタバロだった。ノウレッジは共通中立地でありどの国にも属さずに教会が管理し短期滞在以外の移住者は全てノウレッジ市民となる。
ニコライがルドルフを睨みつけ指をさした。
「それだったらあんただって聖都担当じゃ……」
「あぁ。だから聖都の部隊に引き渡すんだ。もういい。私が直接彼の身柄を引き取ろう」
ルドルフは背中を向け部屋から出て行こうとする。彼の背中に向けタバロが叫ぶ。
「ではバーガンの引き渡しを要求する!」
「わかりました。後ほど彼の身柄引き渡しを申請して許可をとってください。ただし引き渡し許可は命令の事後通達が確認されてからになりますがな」
振り向いてルドルフが淡々と答える。悔しそうにするタバロの横に居たニコライが背中の槍に手をかけた。
「グぬぬ…… タバロ枢機卿! こいつを……」
「やめんか! ニコライ!」
槍を抜いたニコライがルドルフへと向かって行く。彼は槍を勢いよくルドルフの喉元へ向けて突き出す。
「ぬう!!!!!」
ルドルフが素早く腰の剣に手を持って行き引き抜いた。同時に彼の剣の刀身が特殊能力空の支配者により光輝き周囲が真っ白になるほど強烈に照らされる。
「クッ!!」
「ギャアアアアアアアアア!!」
目がくらみわずかに動きが鈍るニコライだった。彼の後ろで眩しく両手で顔を覆い声をあげるタバロが居た。ルドルフは剣を抜くと同時に剣を振り上げ彼の槍を上へと弾いた。音がして槍を上に弾かれた両手をあげた姿勢になったニコライの腹をルドルフが蹴った。
「ぐっは!」
蹴られたニコライは苦しそうな声をあげ尻もちをついた、彼の槍が手から離れて地面に転がった。ルドルフはニコライを見下ろし静かに剣を下した。彼の剣の刀身の光は弱まり、目がくらむほどではなくなったが輝きが周囲を照らしている。
「ばっばかな…… 僕の槍が…… また」
尻もちをついたまま転がる槍を見つめるニコライだった。
「相変わらず。綺麗な手をしているな。もったいない……」
ルドルフはニコライを見下ろし彼の両手を見て静かにつぶやいた。
「わかった! バーガンを連れて行け! 後で正式に身柄の引き渡しを要求する! だから! はっ早く。剣をしまってくれ!」
手で顔を覆って必死に光る剣をしまってくれというタバロだった。ルドルフはすぐに剣を収めた。
「わかりました。では…… 行くぞ! ニコライ! さっさと立て!」
丁寧にルドルフはタバロに返事をしニコライに立つように指示したのだった。




