第488話 トンボ帰り
「ニコライがバーガンを連れて行っただと!? どういうことだ!」
「グッグレン君! ダメですよ!」
怒鳴りながらグレンは膝に手を付き息を整えている、ハインリッヒの胸倉をつかんで強引に立たせた。クレアがグレンの手をつかんで止める。
止められたグレンはハインリッヒから手を離し腕を組み渋い顔で彼を見つめている。クレアは彼の顔を見てから視線をハインリッヒへと向けた。
「詳しく話してもらえますか?」
「はい。教会で血清の投与を終えたバーガンをニコライが夜中に運び出したようです」
クレアの問いかけにハインリッヒが答える。クレアは話に相槌をうちさらに質問をする。
「なるほど彼は誰の指示とか言ってましたか?」
「担当していた薬師にニコライはダバロ枢機卿の指示で聖都に運ぶと言ったようです。治療も終わってましたし囚人を移送するだけだと思って疑問には思わなかったようです」
ニコライはバーガンが連れて行かれた状況を説明する。ニコライは教会の幹部であるタバロ枢機卿に指示されたと言っていたという。クレアはハインリッヒの説明に少し間を開けてから口を開く。
「聖都にですか…… グレン君。クロースちゃん…… すぐに聖都に戻りましょう」
「えぇ。急ぎましょう。ダバロ枢機卿ですか…… タイタロス王国から指示ですかね」
「でしょうね。彼らが何を考えているのかわかりませんが…… すぐにオフィーリア様へ連絡しないと」
クレアたちの会話が終えるとララがハインリッヒに顔を向けた。
「ねっねえ! ケイトは? 一緒に連れて行かれたの?」
ハインリッヒは前にいるクレアに視線を向けた。彼女は小さくうなずいた。ハインリッヒはララに顔を向けて答える。
「いや。彼女は教会の牢に居た。手続きが終わり次第に砂塵回廊送りになるだろう」
「そっそう……」
寂しそうにうつむくララにラピは顔をハインリッヒへと向けた。
「なんでだ? ケイトはバーガンの仲間だべや?」
ケイトが置き去りにされたことに首をかしげるラピだった。
「悲しいけどな。ニコライにとって必要じゃないってことだ。誰が必要かって言うのは人によって違うんだ。俺達だってバーガンの治療よりもラピの治療を優先しただろ?」
「んだな……」
立場により優先される人間が違うという、グレンの言葉にラピはどこか納得できないという様子で小さくうなずくのだった。
「ハインリッヒ…… ルドルフにニコライとダバロ枢機卿の動きを報告して連絡を入れろ」
「えっ!? でも従兄さんはそんなことで動くような……」
驚くハインリッヒにグレンはニヤリと笑って言葉を続ける。
「余計なことはいうな。ただ事実だけを言え。ニコライがダバロ枢機卿の指示で囚人を部隊長の許可なく動かしたってだけをな」
「わっわかりました……」
首をかしげるハインリッヒの肩を軽く叩きグレンはクレアに顔を向けた。
「じゃあ…… クレア義姉ちゃん。行こうぜ」
「はい。皆さん! 行きますよ…… ちょっと待ってください」
宿の軒先に真っ白な猫が座っていた。クレアは猫の前にしゃがむと話しかける。
「もう知っているかも知れませんがさっきの話をメルダさんに伝えてください」
「ふわああ。ニャーニャーニャー!」
あくびしながら返事をした猫を優しくクレアは立ち上がった。グレン達は満足そうにうなずいたがハインリッヒとナウローは首をかしげていた。
グレン達は飛竜船の発着場へと向かって急いでいた。先頭はグレン、ララ、ラピ、ダグオンが並んで最後尾にクロースとクレアが進む。
「なぜグレンさんはルドルフさんに報告をさせたんですの?」
クロースの質問にグレンは振り向いて笑って答える。
「あいつならいい仕事をしてくれるからさ」
「えぇ。そうですね……」
クレアは大きくうなずいた。クロースは二人の様子にさらに首をかしげた。
「どういうことですか?」
「報告を受けたルドルフはニコライとダバロを告発するだろう。そうすれば話がつくまでバーガンは動かせなくなる」
神聖騎士団は教会の下部組織だが、治安維持を受け持ち犯罪捜査権を持つ彼ら教会の介入を受けずに独立性を保っている。ただ、それは建前で大抵の場合は教会幹部に神聖騎士団が忖度し意図を汲んで懐柔される。今回の件も枢機卿であるダバロの指示であれば神聖騎士団は黙認する。
しかし、真面目なルドルフが報告を受ければ、きっちりとルールに沿うように本部に抗議をし決着がつくまでは下手にバーガンを自由にうごかせなくなるのだ。
「まぁ。すぐにダバロに懐柔されるだろうけどな…… 手間をとらせる嫌がらせと牽制になる」
「なるほど…… でもそれだとルドルフさんが少しかわいそうな気が……」
「大丈夫だろ。それがあいつの仕事だしな」
ルドルフを気に掛けるクロースにグレンは笑って答える。クレアは大きくうなずいてグレンに顔を向けた。
「えぇ。誰でもいいわけじゃないんですよ。グレンが信頼しているからこそルドルフさんなんですよ」
「うっうるせえな! ちげえよ。俺はあいつの性格を利用しているんだ!」
「はいはい。ふふふ」
顔を真っ赤にして否定するグレンにクレアは適当に相槌をうってほほ笑んでいた。
しばらくしてグレン達は飛竜船の発着場へとやって来た。グレン達が発着場に付いてすぐに飛竜船が到着し梯子から一人の女性が下りて来た。飛竜船から降りて来た女性は周囲を見渡しグレン達を見つけると駆けて来た。
「ダグオン教授!!!」
飛竜船から降りて来たのはクローディアだった。彼女はダグオンを見つけて駆け寄って来たのだ。眉間にシワを寄せ迫るクローディアにダグオンは即座にグレンの背中に隠れる。
「クレア!? それにグレンも……」
クローディアがダグオンが隠れたグレンを見て驚いていた。
「よお! クローディアどうした? 慌てて」
「どうしたじゃないわよ。教授が勝手に…… もう! あんた達が一緒だったのね……」
腕を組んで首を横に振るクローディアだった。グレンは彼女を見て背中にいるダグオンに声をかける。
「ほら出て来いよ」
「嫌です。だって怖い……」
「キッ!!」
顔を出してクローディアのグレンに怖いというダグオンを、さらに怖い顔で睨みつけるクローディアだった。ダグオンは怯えてまたグレンの背後に隠れる。
「クローディアさんに連絡してくれたんじゃないんですか?」
「したよ。なぁ?」
「はい。昨日の夜にナウローさんに頼んで連絡をいれてもらったはずですが……」
腕を組んで自分を睨むクローディアに怯えながら、ダグオンはグレンに確認をとっていた。首をかしげるクレアだった。クレアの言う通りナウローを通じて冒険者ギルドからダグオンが所属する大学へ連絡した。ただ、ダグオンが居なくなって慌てたクローディアは彼の居場所だけを聞き、飛竜船に乗りやってきたのだ。
「きっとクローディアさんはダグオンが心配だったんだべ」
「そうだよ。心配だったんだよ」
ラピの言葉にララが同意していた。クローディアは顔を真っ赤にして否定する。
「ちっ違うわよ! 勝手にどこかに行かれると私が怒られるの! だから高いお金を使って夜行飛竜船で来たのよ!!」
「ふふふ……」
必死な様子のクローディアにクレアは優しくほほ笑むのだった。
「もういいだろ。もう聖都に帰るんだからさ」
「へっ!? 帰る!?」
帰ると言われて驚くクローディアにグレンは笑いながら発着場に止まる飛竜船を指した。
「あぁ。そこの飛竜船に乗って帰るんだよ。ほら! さっさと乗船券かって来いよ。もう出るぞ」
「えっ!? えぇ。!? ちょっと待ってよ! えぇ!?」
グレン達は飛竜船に向かって歩き出す。クローディアは急いで乗船券を買いに行くのだった。何とか間に合ったクローディアと一緒にグレン達は聖都へと戻るのだった。




