第487話 魔法使いはめんどくさい
宿”寒空の癒し”の食堂。椅子に座ったキティルがテーブルの上に不機嫌そうに手を伸ばす。口元に食べかすが付き彼女のテーブルの前には山盛りの料理がいくつも並んでいる。手に持った骨付き肉を乱暴に頬張り勢いよく食いちぎる。
「バクバク! それで…… 二人がキスしたって…… ふーん!!! グビビビー!!!」
ぶつくさと文句を言いながら、左手に持った酒瓶を勢いよく斜め傾けるキティルだった。彼女の横にはクロースが座り向かいにはグレンとクレアが座っている。隣のテーブルではララ、ラピ、ダグオンが四人の会話に聞き耳を立てていた。風呂に入り食事をしながら、クロースはグレンとクレアが新婚さんと呼ばれていた理由をキティルに説明したのだ。
瓶の縁から漏れた酒がキティルの口の横を垂れていく。隣に座り話を
「あんまり飲みすぎたらダメですわよ」
「べーーーー!!!」
横でたしなめてくるクロースに酒瓶から口を離し、キティルは眉間にシワをよせ舌を出している。頬を赤くし彼女は明らかに酔っぱらっていた。向かいで肘をテーブルにつけ頬杖をついたグレンがつぶやく。
「あーあ…… めんどくせ……」
「ギロリ!」
キティルが鋭い視線をグレンへと向けた。隣に座るクレアがグレンの袖を引っ張る。
「グレン君…… もうダメですよ」
「そうだな」
横を向いてグレンがうなずく。キティルの目がさらに鋭くなっていく。彼女の視線はクレアがつかむグレンの袖へと向けられている。酒瓶を持ったままキティルは指を立てて、クレアがつかむグレンの袖を指した。
「そこ! 触らないでください!!」
「へっ!?」
「やめさない! 恥ずかしい!」
「べええええ!!! クロースちゃんなんか嫌いだよ!」
キティルがクレアに向かって叫んだ。クロースが慌てて止めるが、キティルはまた彼女に向かって舌をだした。
「はぁ…… 面倒だ……」
「グレン君…… もうダメですよ…… はぁ」
ため息をつき面倒だとつぶやくグレンをまた注意するクレアだった。彼女は手をすっとテーブルの上に伸ばし一口サイズに切られたサンドイッチをつまみ口に入れる。
「あっ! これ美味しいですよ」
「えっ!? 本当か?」
サンドイッチを食べたクレアが美味しいと口にして、自分が食べたサンドイッチをグレンに勧める。グレンは彼女の言葉を聞き期待にした様子でサンドイッチに手を伸ばす。ちなみにサンドイッチは燻製肉と寒冷地でも育つ野菜を挟みピンクのソースで味付けしてある。
「おぉ! 本当だ! うめえな。これ!」
「ねぇ? 中のソースですかね」
二人はキティルの事を忘れサンドイッチを食べている。時折顔を見合わせてほほ笑み合う二人をキティルは苦々しく見つめ必死にクロースがなだめている。
「なくなっちゃいました……」
「あっ!?」
夢中で食べていた二人はあっという間にサンドイッチを食い尽くした。最後の一つをグレンがとるとクレアが残念そうな表情をした。名残惜しそうに皿を見ているクレアにグレンが持っていたサンドイッチを差し出す。
「これやるよ…… ほら! あーん」
「あーん…… パク! 美味しいです」
クレアが口を開けるとグレンは持っていたサンドイッチを彼女の口に持っていた。普段からやっているのであろう慣れた様子でクレアは口を開けグレンの持っていたサンドイッチを一口食べた。
美味しいというクレアを優しいまなざしで見つめるグレンだった。
「ねえええええええええええええ!!!! なにいいいいいいいいいいいいい!!! あれえええええええええええええええ!!!!!??????」
二人のやり取りを目の前で見ていた、キティルが骨だけ残った骨付きを振り回しながら叫ぶ。
「はいはい。わかりましたから! グレン! クレア! やめなさい!!」
「「えぇ!?」」
あきれた顔でキティルをなだめクレアとグレンに注意するクロースだった。注意された二人はなぜ注意されたのかわからず首をかしげるのだった。
「悪気なく傷つけるのね…… グレンとクレアは…… あんたも気をつけなさい! 似ているから」
「えぇ!? 僕はそんなことしませんよ」
「んだな! 気をつけるべや」
「ラピさんまで…… うっ……」
隣のテーブルを覗き込みララは腕を組みダグオンを注意する。否定するダグオンだったが、ララの隣にいるラピも同意し彼はしょんぼりと落ち込むのだった。
食事が終わりグレン達は部屋に戻ったのだった。酔いつぶれたキティルはクロースに肩を支えられながら部屋まで歩いている。
「うっ…… 気持ち悪い…… グレンさーん助けて…… 今日は一緒に寝ましょう」
「ほら! ダメですよ! もう大人しくしなさい」
前を歩くグレンに手を伸ばして捕まえようとするキティルの手をクロースがはたき落とす。背後にララとラピがキティルの行動を興味深げに見ていた。クレアは冷たい目をキティルに向けていたのだった。
部屋の前に来たグレンは立ち止まると壁にドアに手をかけ横向く。
「じゃあな。もう飲みすぎるなよ! ほらダグオン! 来い」
「はーい」
部屋に扉を開けてダグオンと一緒に部屋に消えていった。閉じられた扉を名残惜しそうに見つめるキティルだった。クレアはさも当然のようにグレンが入った部屋の扉のノブをつかんだ。
「じゃあ…… 私もグレン君と一緒に…… えっ!?」
「逃がしません! クレアさんはこっちです」
「えぇ。わたくしにだけ面倒を見させるおつもりですか!」
「えぇ!?」
クレアの背中に抱き着くキティルだった。クロースもうなずくクレアの手をドアノブから外した。二人に引きずられるようにして隣の部屋と連れて行かれるクレアだった。
「今日は面白くなりそうね……」
「んだな!」
ララとラピは顔を見合わせてうなずくのだった。
翌日…… 宿の前にグレン達が集合していた。二日酔いかキティルは壁に寄りかかり、青い顔をしてクロースが介抱している。ララとラピとダグオンは宿の入り口の脇で楽しそうに会話をしていた。五人の後ろにクレアとグレンは並んで立っている。
「ふわあああ……」
「ふわあーーーー」
グレンとクレアがほぼ同時にあくびをした。二人は両手を空に伸ばしながら目が合った。すぐにクレアが首をかしげてグレンに尋ねる。
「寝不足ですか?」
「あぁ…… クレア義姉ちゃんも?」
「えぇ。キティルさんが厳しくて…… グレン君はお姉ちゃんがいなくて寂しくてですね」
「はっ!? ちっちげえよ!」
顔を真っ赤にして否定するグレンにクレアは優しくほほ笑み勝ち誇った顔をする。
「はあ…… また…… もう…… うっ!!」
「もういいからあなたは…… まったく……」
苦々しい表情でキティルはグレンとクレアのやり取りを横目で見て口を押えてうずくまっている。クロースはあきれながら彼女の背中をさするのだった。
「グレンさん! クレアさん!」
通りからグレンとクレアを呼ぶ声がした。グレンとクレアが振り向くと通りの向こうから二人の人影が走って来るのが見えた。
「ナウローに…… ハインリッヒ…… どうした?」
駆けて来たのはナウローとハインリッヒの二人だった。グレンは二人の姿を見て声をかける。走って来たハインリッヒは膝に手を置いて息を整えてから顔をあげる。
「はあはあ…… はっはい…… 実は…… ニコライがバーガンを連れて町から出て行ったんです!」
「なっ!? なんだと!!!!」
ハインリッヒの言葉にグレンが大きな声をあげる。クロースとキティルが振り返り、ララとラピとダグオンの三人も声が聞こえハインリッヒたちに視線をむけるのだった。




