第469話 タダにはできない
血清が入った瓶が空になるのを確認しクレアはララに声をかける。
「最後が重要です。慎重に素早く聖針を引き抜いてください……」
「わかったわ」
慎重にララは瓶を男の心臓から引き抜いた。ごぼっという血液が泡立った。
「うぐ!」
ララが血清の瓶を引き抜いた直後に男が声をあげた。やや血色の悪く苦しそうな表情をしていた彼の表情がすぐに穏やかになり寝息を立て始めた。血清の効果が早くも出て来たようだ。
クレアとララは男を見て安堵の表情を浮かべ顔を見合わせて笑う。
「すごい…… あっという間に……」
治療を受けた男が穏やかに寝る姿を、近くで見ていたケイトが驚きの声をあげていた。
「これが吸血症を克服した血清なのね……」
ララが地面に置いた瓶に視線を向けつぶやくケイトだった。彼女は振り向いて後ろで腕を組んで立っているグレンに笑顔を向けた。ちなみにグレンはララの手つきをジッと監視して何かあればすぐに自分が変わろうとしていた。
顔をしかめてグレンの視線が下に向く。笑顔とというよりにやけた何かを企んだような表情をしたケイトが右手を出していた。
「なっなんだよ……」
「血清を私にもくれませんか? まだあるんですよね?」
ケイトは血清が欲しいとグレンにねだった。今度はグレンがにんまりとほほ笑み嬉しそうにうなずいた。
「いいぞ。一本二百ペルだ」
「えっ!? お金とるんですか?」
グレンが逆に右手を差し出し金を要求した。ケイトは驚くがグレンがまた顔をしかめた。
「当たり前だろ。あれは俺が作った商品だからな。ヴァンパイア協会からもちゃーんと金はもらっている」
「そっそんな…… 鬼! 悪魔! 冒険者支援課!」
「なんとでもいえ。俺は元冒険者支援課だからな」
「クッ……」
悔しそうに顔をゆがめてケイトはグレンに背中を向けた。
「もういいです! グレンさんのケチーーーーーーーーーーー!!!! べーーーーーーーーーーー!!!」
「おっおい……」
勢いよく振り向いてケイトはグレンに向かって舌をだした。グレンが何かを言おうとするとケイトはまた背中を向けてしまった。
「なんだよ…… あいつ…… クソ」
ケイトの背中に向けてグレンが腕を組みそっぽを向いたのだった。
「あれがあれば…… 私達は…… こんなこと……」
うつむいてケイトはグレンに背中を向け悔しそうに小声でつぶやくのだった。その声は誰にも聞こえなかった。
「こーら! ケイトさんグレン君! 治療中ですよ! 静かにしなさい」
「あぁ。悪かったよ」
立ち上がりグレンとケイトを注意するクレアだった。グレンは右手をあげてクレアに謝ったが、ケイトはうつむいたまま黙っていた。クロースはジッとケイトの姿を見つめていた。
治療が終わった。クレアとララは男の側に座り様子を見つ、二人を見守るようにグレンがそばに立っている。ダグオンは湖と林の景色を見てどこかにいかないように彼をクロースが監視している。ケイトは木の根元に座りつまらなそうにしていた。
血清を打ってから十分ほどで穏やかな表情で寝ていた男が目を覚ます。
「はっ!? ここは……」
目を開け勢いよく体を起こす男、彼の様子を見てクレアとララは顔を見合わせて笑った。視線を左右に向けた男が二人に気づき声をかける。
「あなた達は?」
「あたしたちヴァンパイアハンターよ。あんたは吸血症になってヴァンパイアの奴隷のように働かされてたのよ」
胸をはり得意げに話すララだった。横に座るクレアが男に少しだけ申し訳なさそうにする。男が起きたことに気づいたクロースやダグオンやケイトが集まって来る。グレンも少しだけ前に出てクレアとララの後ろに立つ。
「ヴァンパイア…… そうだ。僕たちは…… 天井監視所で…… ここはどこですか?」
「エンドレスアイスの近くですよ」
クレアが答えると男は黙って考えて込んでしまった。心配そうにクレアとララが男を見つめていた。すぐに男はクレアとララに顔を向けた。
「あの! 他の仲間は? 僕たちは天井監視所で魔族に捕まってしまったんです……」
クレアは男の質問に残念そうに首を横に振った。
「わかりません。私たちはここに来てあなと遭遇しただけです。ただ…… あなたと同じように使役されているのかも知れません」
「そうですか……」
残念そうにする男にララが立ち上がり胸を叩いた口を開く。
「任せなさい。あなたの仲間もあたしが助けてやるわ」
「えっ!? 君がかい?」
ララが自信満々に自分の仲間を助ける行ったが、男は幼い彼女に懐疑的な目を向ける。ララは男の表情を見て不満げに口を尖らせている。グレンは苦笑いをしながら男に声をかける。
「悪いな…… でも、ララの言う通りだ。俺達なら君の仲間を助けられるかもしれない」
「本当ですか! お願いします」
グレンが助けるというと目を輝かせる男だった。ララは男の態度が自分とグレンで違うことにさらに不満で男を睨みつけていた。
「実は俺達も仲間が捕まっててな。何か覚えていることはないか?」
「えっ!? 僕は天井監視所で何者かに襲われて…… どこかに連れて行かれ…… そうだ! 何か船みたいなのに乗りました。降ろされてそしたらヴァンパイアが居て……」
「船……」
思い出しながら男はグレンに答えている。グレンは真剣な表情で男の話を聞いていた。クレアは男がグレンと話す様子を見て口を開いた。
「もう大丈夫そうですね。行きましょうか……」
「そうだな。一人で帰れるか? 無理なら誰かつけるぞ?」
「えっ!?」
男は立ち上がり自分の体を確かめるように動かした。小さくうなずいた男はグレンに顔を向けた。
「大丈夫です。ここからならすぐですから一人で帰ります」
「わかった。じゃあ気をつけてな
「皆さんも…… あっ!」
右手を上げた男はハッとしてまたすぐに口を開いた。
「僕はリナニーと言います」
「俺はグレンだ。こっちのちっこいのはララだ」
「ムっ!」
自己紹介をするリナニーにグレンが答える。自分を指してちっこいというグレンをララが睨む。クレアはグレンを見てほほ笑み口を開く。
「クレアです。向こうにいるのがクロースちゃんとダグオンさんですね。あちらはケイトさんです」
「ケイト…… そうか……」
男はケイトを真顔で見つめた。視線を感じたケイトはそっと顔をそらすのだった。
「僕は行きますね」
「あぁ。またな」
右手をあげリナニーは林道を天井監視所へと向かって歩いていく。グレン達は彼が見えなくなるまで見送って移動を再開する。歩き始めようとグレンが林道の先を見た。
「さて…… 時間くったが良いことだな」
「えぇ。城にヴァンパイアがいることは確かです。もしラピちゃん達が居なくても聞き出すことはできるでしょう」
クレアとグレンは顔を見合わせて笑う。
「でも正面から突っ込んだら待ち伏せとかされているんじゃない?」
「そうだな…… だから俺達はこっちに行く!」
「えぇ!?」
笑顔でグレンは林道の脇を指さした。彼が指したのは木と木の間から見える湖だった。ダグオンが首をかしげて口を開く。
「どういうことですか?」
「リナニーが言ってただろ? 船に揺られたって……」
「そうです。城には門からではなくても侵入できるってことです」
船に揺られたというリナニーの言葉から、エンドレスアイスにある城には橋以外からも入れるという可能性が高いとグレンとクレアは考えていた。
グレン達は林道を外れ湖の手前までやってきた。
「さっ! ララちゃん!」
手をララに向かって差し出し一緒に飛ぼうとするクレアだった。しかし、ララは首を振ってクレアの手を取らないで口を開く。
「大丈夫…… 私は一人で飛ぶわ」
「そうですか…… わかりました」
一人で行くと言われクレアは最初は悲し気にしてすぐに笑顔でうなずいて返事をした。断られて残念という気持ちとララが一人で頑張る言って嬉し複雑な姉心だった。
「クロースちゃん! ケイトさんをお願いします。グレン君はダグオンさんを連れていってください」
「わかった」
「わかりましたわ」
返事をするグレンとクロースに続いてケイトが驚いた顔をする。
「えっ!? 今度は一緒に連れて行ってくれるんですか?」
自分を指すケイトだった。天井監視所で崖を飛んで下りる時のように、置いて行かれると思っていたようだ。グレンがケイトに顔を向けいやらしく笑った。
「別に置いて行ってもいいぞ。一人で囮をしてくれるならな」
「ぶう! グレンさん! 本当に性格悪い! べええええええええ!!!」
ケイトはグレンを睨みつけ舌を出すのだった。クロースとクレアは首を横に振った。グレン達は湖から城へと向かうのだった。




