第462話 綺麗な手
そろそろこの茶番に終止符を打とうとグレンは右手に持った剣に力を込めゆっくりと前に歩き出した。しかし、前のめりに倒れたニコライが勢いよく顔をあげる。
「うん!?」
膝をついた姿勢になった両手を動かし前に出てニコライは起き上がった。ニコライの手に弾かれたグレンの足元に彼の槍が転がって来る。立ち上がったニコライは振り返り、悔しそうに眉間にシワを寄せグレンを睨みつけている。
「グワアアアアアアアアアアアアア!! なぜだ…… なぜだああああああ!!!」
怒鳴り声を上げるニコライだった。
「おいおい…… なんだありゃ。圧倒的に負けてるじゃないか」
「普段は威張っているくせになさけねえな。ニコライは」
「ふふ…… 何が結婚だよ……」
神聖騎士であるニコライに遠慮していた、観客達はグレンにあしらわれている彼を見てあざ笑い始めた。
「クソ!」
自身が笑われていることに気づいたニコライは周囲を睨む。ただ、神聖騎士としての威厳は急速に薄れ彼を恐れる者は観客にいなかった。
「これは…… 使いたくなかったが……」
懐に右手を突っ込みニコライは赤い液体が入った瓶を取り出した。
「あれは…… イプラージか」
液体を見たグレンは小さく首を横に振った。ニコライは笑って瓶の蓋を開け口に含む。
「力だ!!! 力がみなぎって来る!!!! 素晴らしい!」
体が銀色の代わり大きくなっていくニコライだった。観客はニコライの姿に驚き悲鳴に近い歓声をあげハインリッヒも驚き呆然としていた。
「教会の秘術も軽くなったもんだぜ…… はああ……」
イプラージで巨大化したニコライを見て渋い顔をするグレンだった。何度も見た光景に彼はやや食傷気味のようだ。ニコライを右手を開いて前に向ける。グレンの足元に転がった槍が消えていつのまにか彼の右手へ移動した。
「グレン! 貴様ももう終わりだ!」
槍を頭の上で回転させ構えるとグレンに叫ぶニコライだった。ニコライはグレンが失望し恐怖におびえると思い笑みを浮かべた。
「あっそ…… さっさとかかってこい! 終わらせてやるよ」
「なっ!?」
剣を持ったまま左手首からフェアリーアンバーを外しグレンは左手へ持ち帰る。フェアリーアンバーを持ったまま左手をあげかかってこいと指を前後に動かした。
手を下したグレンはムーンライトにフェアリーアンバーを装着する。ムーンライトは月樹大剣へ変形した。
「クッ! 舐めるなアアアアアアアアアアアア!!!」
ニコライは地面を踏み込んで前に出てグレンとの距離をつめていく。グレンの目の奥が赤く光り黄色の先端が毛のようになったオーラを纏い大剣を横に構えた。
大剣を構えたグレンを見てニコライは勝ち誇った表情をする。
「強化された必中の槍を受けるが…… はっ!?」
視界に居たグレンの姿が消えて困惑するニコライだった。直後にグレンはニコライの前に移動していた。グレンはニコライを見てニコッとほほ笑むと横に構えた大剣の刃を下げ左斜めに移動しニコライとすれ違うようにして移動する。グレンはすれ違いながらふくらはぎを斬りつけニコライの背後に移動した。
「グハアアアア!! ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ニコライの背後へと移動したグレンは振り向くと、そのまま横に剣を振り抜いた。グレンの大剣がニコライの右腕を肩の少し先に命中し切り裂いていく。グレンの一撃はニコライの腕を切り落とし彼を吹き飛ばした。ニコライは横に倒れるように飛んで地面に転がった。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! 腕が…… 腕ガアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
仰向けに倒れたニコライが大きな声をあげている。観客はニコライを圧倒するグレンに唖然としシーンと静まり返っている。視線を横に動かしグレンは倒れて苦痛の声をあげるニコライを見た。
「攻撃が必中なら…… 出る前に片付ければいいだけだろ?」
つぶやきながらグレンは大剣を戻し肩にかつぎゆっくりとニコライへと向かって歩き出す。
「なぜだ…… なぜだ!!! 私は力を……」
天を仰いだまま左手で右肩を押さえて悔しそうに叫ぶニコライだった。グレンはその声が聞こえニヤリと笑い剣を逆手に持った。
「なぜって…… 俺はノウレッジの銀色野郎を絶対殺すマンだからな!」
「はっ!? グハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ニコライの横に立ったグレンは大剣を彼の腹へと振り下ろした。大剣はニコライの腹を貫通して地面に突き刺さった。苦痛に顔を歪めニコライがまた大きな声をあげた。
苦しむニコライの銀色の体から白い煙が上がる。彼の体がゆっくりと元へ戻っていく。
「はあはあ…… なぜだ…… 私の特殊能力は…… お前にだって……」
息を切らしながら悔しそうにグレンを睨むニコライだった。グレンは睨むニコライを無視し自分が切り落とした彼の腕に視線を向けた。
「お前の手…… 綺麗だな」
地面に転がるニコライの腕に向かってグレンがつぶやいた。彼の腕は銀色から元に戻っていた。
「これを見ろ……」
手袋を外したグレンは右手をニコライに見せた。グレンの手はいたるところの皮がむけ、指先や手のひらにマメやタコも出来ておりまた指が太く無骨でお世辞にも綺麗な手とは言えない。対してニコライの手は血で汚れてはいるが指は細く爪も手入れされ綺麗で傷一つない。
「俺の体はとある人の魔法で常に綺麗だけどな。そのとある人との訓練で毎日傷だらけにされているんだ……」
まじまじと手を見ながらグレンがニコライに語りかけていく。
「確かに特殊能力ってのは強くなれる簡単にな…… でも……」
グレンは間を開けてからニコライに視線を向け口を開く。
「少しでも才能が無きゃ努力は無駄だ。ただ大きな才能があっても努力しなきゃ腐る。それだけだ……」
小さくうなずいたグレンはニコライの顔の横に移動してしゃがむ。仰向けに倒れたままニコライはグレンの言葉を黙って聞いていた。
「おっと期待するなよ。今からお前が努力しても俺には一生追いつけない。それこそ無駄な努力だ」
「クッ……」
悔しそうな表情を浮かべるニコライにグレンは顔を近づける。真顔でグレンは低く重い声でニコライに語り掛ける。
「それとクレアは俺のものだ…… お前なんかに渡すかよ。二度と調子に乗るな。次に彼女の前に現れて見ろ俺が必ず殺してやるよ」
顔を青ざめさせニコライは黙っていた。目を見開いた表情は絶望と怯えが見える。黙ったままのニコライをグレンは睨みつけると静かに立ち上がる。
立ち上がったグレンはハインリッヒへと振り向き口を開く。
「ハインリッヒ!」
「はい!」
名前を呼ばれたハインリッヒは背筋を伸ばして返事をする。グレンはハインリッヒの返事を聞いて満足そうに笑った。
「もういいだろ? 早く治療しないこいつ死んじまうぞ」
「はい! 勝者! 冒険者グレン!」
グレンを右手首をつかんで天へとかかげ勝者を告げるハインリッヒだった。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」」」
勝者を告げられてからから少し間を置いて、訓練場が観客の歓声に包まれたのだった。
「医療班! すぐにニコライの治療を!」
歓声が鳴り止まないなかハインリッヒは大きな声で医療班を呼ぶ。
「どいてください!」
クレア達の近くの観客席にいたフードのついた紫色のローブを着た二人の人間が扉を開け中へ入っていく。ローブを着た人間は治癒師や薬師で構成される神聖騎士団の医療班だ。
走って訓練場の中央へと駆けていく医療班の二人の背中をクレアはなぜかほくそ笑んで見つめていた。




