第457話 気弱な従兄と元仲間
顔をあげた青年は青い顔で驚愕の表情で固まったまま動かない。襟足の長い金色の髪を後ろに結び、目は大きく丸く鋭さはない鼻は高く唇はやや厚い端正な顔つきの青年だ。
グレンは固まった青年に手を振りながらもう一度口を開く。
「おう! ハインリッヒ! どうした? 俺のこと忘れちまったか?」
青年の名前はハインリッヒという。ノウレッジ神聖騎士団グランドアーリア北部第二大隊の部隊長である。ガルバルディア帝国の出身で、かつてはノウレッジでルドフルの配下として働いておりグレンとも交流があった。
ちなみにルドルフとは従弟の関係で彼はルドルフを兄と慕っている。
「グッグレンさん……! どうして…… ここに…… 確かギガントヴァレーで店をやっているはずじゃ……」
「そうだったんだけどな。現役に復帰したんだ」
「えっ!?」
胸から下げた冒険者の指輪を取り出してチェーンを持ってハインリッヒでぶらぶらと揺らして見せる。ハインリッヒはグレンの冒険者の指輪を見て、すぐに顔を傾け彼の後ろに立つクレアを見た。
「ほっ本当ですか!? クレアさん?」
「はい。間違いありません。私とグレン君は冒険者ですよ。ほら」
「しかも二人ともA1ランクだぜ!」
グレンに続いてクレアも胸元から指輪をハインリッヒに見せてくる。親指を立てるグレンに目もくれず、指輪を見てハインリッヒは首を横に振った。
「そうか…… 話題になってのはこの二人…… はぁ…… それで用事は?」
ため息をついて顔をあげグレンに用事は何かと尋ねるハインリッヒだった。グレンは彼を見て笑った。
「分かっているんだろ? エンドレスアイスだよ。俺達はA1だからな。先に行かせてもらうぜ? いいだろ?」
「うっ…… そうですよね…… 今ここに来るってことは…… はあああ。いやあグレンさん達なら…… でも。はああああああああああああああ」
さらに大きなため息をつくハインリッヒだった。
「どうしたんだよ。なにか問題でも?」
「えぇ。あるんですよ…… あぁ! もう……」
頭を抱える机につっぷすハインリッヒだった。グレンはハインリッヒを見て首をかしげる。
「ったく…… 従兄のルドルフとは大違いだぜ」
「ですねぇ……」
口元に手を当て話すグレンとクレアを頬杖をついて、不満げに口を尖らせハインリッヒは聞いていた。
「そりゃあルドルフ兄さんは優秀ですからね。僕と違いますからね」
「おいおい。へそ曲げんなよ。なんでだか教えてくれよ」
机の後ろに回り込みハインリッヒの肩に馴れ馴れしく手をかけるグレンだった。視線を横に動かし冷たい目でハインリッヒはグレンを見た。小さく息を吐いた
「エンドレスアイスには自分が絶対行くって言う騎士が居るんですよ」
「はぁ? あんなとこに行きたいってどこの物好きだよ」
自分達を棚にあげ首をかしげるグレンにハインリッヒはまた冷たい目を向ける。
「ここの副隊長のニコライです」
「ふーん…… って誰だよ? そいつ?」
ハインリッヒの口から出た、ニコライという名前に心当たりはないグレンが首をひねる。クレアは一歩前に出た口を開く。
「ニコライ・コスタロバ。元タイタロス王国親衛隊副隊長ですね」
「クレア義姉ちゃんの知り合い?」
「はい。魔王討伐軍で少しだけ一緒に戦いました」
ニコッとほほ笑み横を向くクレアにグレンはどこか不満げに口を尖らせた。自分より前にクレアと接触した人間にグレンはすぐに嫉妬してしまうのだ。
「彼はすでに出発の準備を始めてます。自分にはギルドへの通達を命令してきました」
「はあ!? ハインリッヒは部隊長だろ? 突っぱねろよ」
腕を組んで不満げに口を尖らせるグレンだった。ハインリッヒは困った様子でグレンに口を開く。
「いや…… 部隊長は僕ですけど…… ニコライさんはダバロ枢機卿派ですからね。マーロン枢機卿派の僕が止めると面倒というか」
「チッ。相変わらず派閥争いにだけは熱心だな」
「面目ない」
気まずそうに頭を下げるハインリッヒだった。
ノウレッジ教会は各国から派遣された幹部により運営されている。教会内部では各国の派閥により権力闘争が頻繁に行われている。頂点に立つ聖女オフィーリアであっても、各地域の行政や治安維持や外交にまで影響する彼らに強くは出れないのだ。
「だいたいさ。そいうの。お前の尊敬する従兄が一番嫌いなんじゃないのか?」
「うっ…… もうわかりました! 一緒に来てください。彼は下の聖堂で出発前の祈りを捧げているはずです」
首を大きく横に振り立ち上がるハインリッヒだった。グレンとクレアは目を合わせて笑顔でうなずいた。
にルドルフはその実力があれば神聖騎士団の団長になれるが、何者にもなびかず常に教会と移民のために尽くす真面目な彼の気質嫌った教会幹部たちが出世させずにテオドールに置かれていた。
グレン達はハインリッヒに連れられ部屋を出て一階へと戻る。階段の近くの
扉は聖堂の奥にある祭壇の横につながっていた。祭壇の前には鎧を着た赤い髪の青年が膝をついて祈りを捧げていた。短く赤い髪を立てた切れ長の目をした鼻がやや丸く唇の薄い端正な顔つきの青年だ。背中に短い槍を背負っている。祈りを捧げていた男性がニコライである。
「ハインリッヒ…… それに……」
扉が開く音に反応しニコライは祈りを終わらせ横を向きつぶやく。ハインリッヒを先頭にグレンとクレアがニコライへと近づいている。ニコライは立ち上がり両手を広げ、三人を出迎えハインリッヒの背後に視線を向けた。
「クレア……」
「お久しぶりです。ニコライさん」
ニコライはクレアの前に立って嬉しそうに笑う。クレアは普段と変わらずに軽やかに挨拶をした。ニコライ視線がクレアの横に立つグレンへと向けられた。
「こちらは……」
「グレンだ。よろしくな」
「あぁ……」
右手を上げるグレンに顔をしかめたニコライはすぐにクレアに顔を向け優しくほほ笑む。
「クレア…… 私に何か用事があるのか?」
ニコライが尋ねるがクレアはグレンに顔を向けていた。彼女が答えようとするよりも早くハインリッヒが口を開いて答える。
「エンドレスアイスに現れた城の調査をクレアさん達が希望しているんだ」
「なんだと? その話は終わったはずだ! いまさら変えられるか!」
眉間にシワを寄せハインリッヒに強い口調で話すニコライだった。クレアはニコライに顔を向け首を横に振った。
「終わってませんよ…… 私達はA1ランクの冒険者です。申し訳ありませんが神聖騎士より優先されますよ」
「あぁ。そうだな」
クレアと顔を見合わせてうなずくグレンだった。神聖騎士団と冒険者ギルドは共に遺跡やダンジョンの調査権を持っている。町からの距離や生息する魔物によって都度、冒険者ギルドと神聖騎士団で話し合いが行われどちらが調査を担当するか決定される。通常であれば町の治安維持に忙しい神聖騎士団が冒険者ギルドに譲るという形に落ち着く。ただし、A1ランクの冒険者は例外で彼らが希望すればほぼ確実にA1ランクの冒険者が優先される。
ハインリッヒは二人に続いて口を開く。
「そうなんだ。彼らはA1ランクの冒険者だ。優先権は彼らにある」
ニコライは苦々しくハインリッヒの言葉を聞いた。話が終わるとニコライは不機嫌そうに舌打ちをした。
「チッ…… はっ! そうか……」
視線を横に移動しクレアを見たニコライの口元がわずかに緩んだ。グレンは彼の表情が緩むのを見て顔をしかめていた。
「では私がクレアと同行する。それなら良いぞ」
「よかった。グレン君! みんなで一緒に」
同行を申し出たニコライにクレアは嬉しそうにグレンに顔を向けた。グレンは少し嫌そうにわずかにうなずいた。
「待て! 行くのは私とクレアだけだ。他は足手まといだろうからな」
「はあ!?」
自分とクレアを指して二人だけで、エンドレスアイスへと向かうというニコライだった。ニコライの言葉にグレンは顔をしかめて声をあげたのだった。




