第438話 雪と混じる雨
ダグオンは手帳のページをめくっていた手を止めた。ジッと中身を目を通してから彼は再びつぶやきだす。
「あぁ。そうでした…… もっと効果をあげる日除け作ろうって言ったら断れたんですよね」
「へぇ。もっと強い日除けなんか作れるのか?」
「はい! 僕の理論ですと完璧な日除けです」
もっと強い日除けを作れたという、ダグオンの話にグレンが興味を持つ。ダグオンはグレンに向かって胸をはって大きくうなずいた。そこへ……
「完璧な日除けですって…… 詳しく教えて!」
話を聞いていたケイトが立ち上がりダグオンに詳細を求めた。ダグオンはケイトに視線を向け少し嬉しそうに彼女に答える。
「えっ!? はい! 良いですよ! ある材料をグローブ草の樹液に混ぜると日を通さなくなるんですけど…… そこまでの効果はいらないって言われてしまいました」
「ある材料ってなによ! 早く教えなさいよ」
「えっと……」
ダグオンは手帳に視線を戻した。彼の目がなにかを探すように左右に動きすぐに止まった。立ち上がっていたケイトはダグオンの近くへと移動し彼の背後へと移動した。
「あった! そうそう! レインポイズンフロッグの体液を混ぜるんですよ。えっ!? あれ!? あっいた」
答えて得意げに顔をあげたダグオンだったが、斜め前にいたケイトがいなくなっていて慌てて探す。肩を叩かれダグオンが振り向くとケイトが居て彼は安堵する。ケイトはダグオンが自分に顔を向けるとさらに尋ねる。
「それはどこで採れるの?」
「さぁ? 今はどこで採れるでしょうかね……」
首をかしげたダグオンに体を前に倒してケイトが詰め寄っていく。
「はっ!? どういうことよ!! あんたが言ったんでしょ!」
「はい。えっとレインポイズンフロッグは巨大な池に雨の日にしか現れない魔物です」
ケイトに詰め寄られたダグオンだったが、顔を背けるようにして前に向け視線を手帳へ戻し平然とパラパラとページをめぐっていた。
「かつてはタイタロス王国の”雨露洞窟”に生息していたんですが…… 魔王軍との戦いで洞窟は埋められてしまいました」
レインポイズンフロッグは池などの流れがない水たまりの底に、魔力を帯びた雨が降り魔力が溜まると生まれる紫色の巨大な蛙の魔物である。生まれる条件が特殊でさらに雨が降らないと地上には出てこないため、ほとんど見かけることなのない希少な魔物だ。
ダグオンの言う通りに以前はタイタロス王国の雨露洞窟に生息していた。雨露洞窟はタイタロス大森林の地面に出来た垂直の洞窟で底には地底湖がある。タイタロス大森林は雨が多く、また近くに魔導石を豊富に排出する鉱山があり掘削作業により降る雨に魔力を帯びていた。世界でも唯一と言っていいレインポイズンフロッグの繁殖地だった。
雨露洞窟はタイタロス王国の王都にほど近く、魔王軍にレインポイズンフロッグが協力し地下からの侵攻作戦を実行し被害が出た。王国軍の奮闘により王都への侵攻作戦は失敗に終わった。その後、タイタロス王はとある勇者候補と共にレインポイズンフロッグ殲滅作戦を実行した。王都侵攻に使用したトンネルを逆に利用し雨露洞窟内に突入し魔王軍と共にレインポイズンフロッグを殲滅した。二度と利用されないように雨露洞窟は埋め立てられた。
「もうどこにもいないの?」
「わかりません。雨の日に忍耐強く池の前で待つしかないですね…… もちろん出会える保証はありません」
手帳を見ながらケイトに目を合わさず淡々と答えるダグオンだった。ケイトは彼の言葉に残念そうにうつむいた。しかし、すぐに目を見開いて何かに気づいた。
「でも! あなたは実験したんでしょ? どうしたのよ?」
「僕がレインポイズンフロッグの体液を使えたのは…… 帝都研究所に保管されていたからです。あなたたでは使用許可は下りないでしょうね……」
「なによ! それ!」
「わっわ!? なんですか!? やめてください」
ケイトはダグオンの肩に手をかけ強く引っ張り自分の方を向かせようとした。急に引っ張られたダグオンは手帳を落としそうになり、手帳を落とさないように抱きかかえるようにした彼は振り向いてケイトに叫んでいた。
「やめろ! ダグオンが困っているだろ!」
「あっ!?」
手を伸ばしてグレンが慌ててケイトの手をつかんで止めた。顔をやや青ざめさせてケイトはダグオンに謝罪する。
「ごっごめんなさい」
「いえ…… 大丈夫ですよ」
ダグオンは右手をあげケイトに笑顔を向けた。彼はすぐに手帳を閉じた。ケイトを見てグレンは小さく息を吐き尋ねる。
「ふぅ。まったく…… いきなりどうしたんだよ?」
顔をケイトにむけてジッと見つめるグレンだった。ケイトは一瞬だけ顔をしかめてすぐに落ち着いた表情をして口を開く。
「お金になりそうだから私にも分け前もらえないかなって思っただけよ……」
「ふふ。冒険者さんですね」
「そうですね」
ケイトの答えに並んで座っていたクレアがキティルが微笑む。グレンは渋い顔をして頭をかいた。笑顔でクレアはグレンに視線を向けた二人は顔を見合わせてうなずくのだった。
数時間後…… 天候が回復するまで洞窟で過ごしたグレン達は移動を再開した。しばらくして道からそれたグレン達は雪が積もり真っ白になった丘を頂上を目指して歩いていた。
「この丘の上からなら周囲を見渡せるようですわ」
「あぁ…… わかった…… でも」
「えぇ」
「ふふ。厄介そうですわね」
先頭を行くクロースが振り向いて頂上を指して声かける。グレンの答えにクロースは笑顔で前を向く。丘の頂上にはオレンジ色の目立つ巨大なテントと小さなテントが二つ見える。丘で何人かが野営をしているようだ。
テントの前に立っていた男二人がグレン達に向かって丘を駆け下りて来る。男は焦げ茶色のコートを着てフードを被っている。一人は槍を持って腰に剣をさしている。もう一人は大きな二枚刃の戦斧と丸盾を背負い首から小さな笛をぶら下げていた。
「止まれ! 何者だ?」
二人の男はグレン達の手前までくると立ち止まった。斧と盾を背負った男が両手を振って止まるに叫び、もう一人は槍をグレン達に向け構えた。
グレン達も立ち止まりクロースと並んで先頭にいたクレアが一歩前に出て胸に手を当て男に答える。
「私達は冒険者です。ここの探索中をしているんですよ」
「なんだと!? 嘘をつくな! ここはロック中のはずだ! 冒険者が入れるわけないだろ」
斧に手をかけ男が叫ぶとクロースがグレンとクレアを手で指して答える。
「A2以下の冒険者ですわよね。彼らはA1の冒険者ですの」
「なっ!? なんだと? A1の…… クソ!」
クロースの返事を聞いて男は慌てて胸から下げた笛に手をかけた。直後にクレアの姿が男の視界から消えた。クレアは右手の人指し指を立てた姿で男の前に出現し、指先を彼の心臓に向けた。彼女の指先が白く光り剣が伸びていった。視界が真っ白に光った男はクレアの接近にようやく気づく。しかし、男が出来ることは既になかった。
「あっ…… ぐはあああ!!」
「グレン君!」
クレアの指から伸びていった光の剣が男の心臓を貫いた。隣に居た槍を構えた男がクレアに気づいて槍の刃先をクレアに向ける。男の動きに気づいたクレアは素早く振り向きグレンに向かって叫ぶ。
剣にかけたグレンが槍を持った男の背中へ瞬時に回り込んだ。
「がはっ」
グレンは剣を抜きながら同時に背中を斜めに斬りつけた。槍から手を離し膝をついてうつ伏せに倒れた。剣を返したグレンは右腕を伸ばし、倒れた男の背中に剣を突きさした。男の胸から流れる血が雪の積もった白い地面を赤く染める。グレンは振り向いて口を開く。
「クロース! テントの中をやれ!」
「かしこまりましたわ!」
返事をしたクロースが右腕を天に向けて突き上げた。真っ黒な雷雲がテントの上に現れた。直後に青白い光が走り雷鳴が轟いた。いくつもの稲妻がテントへと落ちて行った。
「「「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」」」」
白く稲光に包まれたテントから悲鳴が聞こえ白く雪が積もった丘に響くのだった。




