第411話 長くて短い空の旅
飛竜船が飛び立ってから数十分がすぎた。窓から見える景色は平原のままで、時折魔物や動物が駆ける姿がちらほらと見えている。
後方からタイトスカートにストッキング姿の褐色肌に黒い猫耳の女性船員が、ティーカップとポットを乗せたワゴンを押してやって来る。
「どうぞ」
ティーポットからカップにお茶を注ぎ、ソーサーに乗せ猫耳の女性はグレン達の前に置いていく。
「こちらはコールドニアの白兎をイメージしたケーキです」
次に猫耳の女性はワゴンに乗っていたケーキをグレン達の前に置く。皿にピンク色のイチゴムースで兎をかたどった可愛らしいケーキだった。
「ごゆっくりどうぞ」
茶とケーキを出し終わると女性はワゴンを押して次のテーブルへと向かう。女性が去るのを確認してからグレン達は茶とケーキに手を付ける。ちなみにララとラピはすでに手をつけている。
「このお茶…… オーサム茶ですね。美味しいですねぇ」
「はい。飛竜船ってサービス良いですねぇ。途中で食事のサービスもありますもんね。それにケーキも!」
茶と一緒に置かれたケーキを持ってにっこりと微笑むキティルだった。クレアは嬉しそうにうなずいた後遠い目をして景色を見た。
「えぇ。ただ…… 料金はその分高いですけどね……」
「はは…… 確かに……」
クレアの言葉に苦笑いをするキティルだった。飛竜船は大陸の南北を高速縦断でき、雪道の厳しい陸路や川が凍結する心配もなく飛竜により安全な旅を保証されサービスも良い。その為、料金は魔導起動船や鉄道や砂上船と比べるとかなりの高額になるのだ。
話をするキティルとクレアの横で先に食べ始めたララとラピのケーキはなくなった。
「ふぅ。うめかった!」
満足げに深く椅子に座り腹をさする、ラピに横でまだ食べているグレンは優しい笑顔を向ける。グレンは離陸してしばらくしてララとラピに呼ばれて席を移動していた。
名残惜しそうにフォークを口に咥えララはグレンの残ったケーキに照準を合わせた。
「グレン! あんたの分! 頂戴!」
「おっと! ダメに決まってんだろ ったく……」
「チッ!」
素早くフォークをグレンのケーキに向かって突き出したララだったが、間一髪グレンは皿を彼女から遠ざけてかわした。舌打ちをするララをグレンは鼻で笑う。
「ふっ。元気だな。あんまり暴れるなよ。まだまだかかるんだからな」
「えぇ!? もう半分くらいでしょ?」
驚くララにグレンは首を横に振り残念そうにする。
「いや。ここから長いぞ……」
「なげえってどのくらいだべ?」
「着くのは確か今日の夕方だったような……」
「うへえ。長い……」
飛竜船の到着予定は本日の夕方である。大陸の中部に位置する聖都ギガンゴスシティから、北部との境界付近にあるセントリバティ山脈までは数百キロは離れている。
「何を言っているんだ。飛竜船じゃなきゃ馬で移動しても半月はかかるんんだぞ。一日で行けるだけましだ」
セントリバリティ山脈は雪深い寒冷地で、川は春の終わりから夏の短い間以外は凍っているため魔導起動船は運航されていない。汽車は現在寒冷地仕様の物を開発中のため、移動は徒歩か飛竜船しかない。
「そりゃそうだけどさ…… はああ…… 窓の外でも見てよ」
横を向き頬杖をついて窓の外を見て不服そうに口を尖らせるララだった。グレンはそんな彼女を見てあきれて笑う。ふとグレンが視線に気づき横に目を動かす。ラピがジッとグレンを見つめていた。いや正確にはグレンではなく彼の前に置かれた食べかけのケーキだった。
「どうした?」
「なんでもねえ……」
グレンに声をかけられ頬を赤くして慌ててそっぽを向くラピだった。グレンは彼女に笑顔を向けフォークをケーキにさしてすくった。
「ほら一口やるよ! あーん!」
「えっ!? 良いんだか?」
「いらねえなら俺が食うよ」
「まっ待って!」
フォークを引っ込めるグレンにラピは慌てて口を開いた。グレンは笑ってケーキが乗ったフォークを彼女の口元へと持って行く。
「あっあーん。パク! やっぱうめな!」
満足そうにケーキを頬張るラピだった。ララは彼女の声に反応してすぐに振り向いた。
「あっ!? ずるい! 私も!」
「ララは全部食うだろ! お前も一口だぞ! ほら」
グレンは左手で残ったケーキが乗った皿をララから遠ざけ、ラピの時と同じようにフォークで一口すくってララに向ける。
「わーい! パク! 美味しい! ありがとう! グレン」
「はいはい」
頬を押さえて満足そうに笑いながら心のこもってない礼を言うララだった。グレンは彼女の言葉に適当に返事をするのだった。
「なっなんだよ…… ララ!?」
「良いじゃない! ほら私が一緒だと怖くないでしょ?」
「はいはい。ありがとう」
ララは立ち上がりグレンの膝に乗った。自信ありげに一緒に居てやるという彼女にグレンは適当に返事をするのだった。
「ふふーん。素直でよろしい。報酬はそのケーキね!」
「ったく…… これが目的かよ……」
文句を言いながらもグレンはララと自分の口にケーキを運ぶのだった。ラピはララにあきれて笑っていた。ただ…… 隣のテーブルは悪意と憎悪が黒い感情が渦巻いていた。
「ララちゃん…… また…… なんでそういうことするの……」
「まったくグレン君は…… ララちゃんも……」
キティルとクレアはララとグレンを見て、眉間にシワをよせ苦虫をかみつぶしたような表情をしていたのだった。
翼を広げ高速で飛ぶドラゴンの四方に延々と広がっていた緑が、徐々に緑から土色へと変化した。さらに時間が過ぎると真っ白に代わる。セントリバリティ山脈が近づいて来たようだ。
青空はどんよりとした曇りに変わり、窓の外には雪が降り始め徐々に強くなっていく。ララとラピは雪の景色を物珍しく見ていた。また席を移動しクレアとキティルの隣にグレンは移動していた。
「えー! 船長のドドンガです。まもなく当飛竜船は天井監視所へと到着します。外は極寒となっていますので防寒の用意をお願いいたします」
伝声管からドドンガの声が聞こえてきた。クレアは伝声管からの声を聞き外へ視線を向けたつぶやく。
「コートを出さないとですね」
「だな…… 二人のって用意してあるか?」
「はい。大丈夫ですよ。ハンター協会を作る時にサイズはたくさん用意しましたから」
クレアは膝の上に鞄を乗せて開けた。クレアとグレンの話を聞いていたキティルが口を開く。
「私は大丈夫ですよ。火を使えるんで」
「わかりました。ララちゃん、ラピちゃん! ちょっと来てください」
「なーに」
「んだ」
立ち上がって二人はグレン達の元へとやって来た。クレアは二人が来ると鞄の中から分厚いコート折りたたまれたを引っ張り出し二人に渡す。
「はい。これ。コートです。外は寒いですからね」
「おぉ! すごいべ」
「ありがとう」
ラピが受け取ったのは水色で、ララは赤いコートだった。二人は喜んでコートに袖を通したのだった。二人はコートを着て一回転して喜んでいた。喜ぶ二人を見てクレアは優しくほほ笑んだ。
「ふふふ。じゃあ席に座ってください。すぐに着きますからね」
「わかった! ありがとうクレア」
「んだ。ありがと!」
クレアに手を振って二人は席へと戻って行った。
窓の外に見える雪がさらに深くなり。壁のような白い雪の下から真っ黒な岩が突き出た山が窓に映った。飛竜船はセントリバリティ山脈に入ったようだ。飛竜船ドンドラゴが翼を広げ山と山の間を飛んで行く。
やがて塔が見えて来た。薄茶色の塔は山々を突き抜けるように空へと伸び、先端ははるか空の上へと消え見えない。これが天井監視所だ。天井監視所は切り立った山の中腹を切り開いてほぼ円形の形をした盆地のような場所の中心にそびえ立つ。
飛竜船が天井監視所へ近づくと塔の根元にぽつぽつと灯りが見えて来た。天井監視所の内部は迷宮で未だに最上部へ到達した者はいない。アーリア教会は天井監視所の攻略拠点として、その根元に町を開発していた。町は天井監視所攻略拠点としての役割が主だが、セントリバリティ山脈を通る旅人や商人さらに飛竜船の補給所としても利用されている。
「ガウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
鳴き声を上げた飛竜がゆっくりと旋回しながら降下を始めた。天井監視所の町はずれにある雪原に飛竜船が着陸するのだった。




